第103話 第一発見者
遠見の魔術:【映し鏡】による盗撮は続いている。
趣味が悪いと言われるかもしれないが、彼らが今回の異常事態に気付いた第一発見者。
その行く末には些かの興味があった。
魔術師崩れダブルス=ダグラス。
眼帯と眼帯に被さる髪が特徴的な彼女と、商業ギルド・インティアル支部の少し乙女な代表の大男は即座に動いていた。
街を駆ける二人は鑑定の魔術や聞き込み、情報屋の手を借りて――ようやく事の深刻さに気付き始める。
商業ギルドから支給されている制服を着崩すダブルス=ダグラスが、ギリリと歯を食いしばり。
「まずい、これ、本気でまずいでやがるぞ……っ」
「地下組織のアントンに賭博場のユーズ。資産家のマキネライアに……あぁぁぁっぁ! もう、なんなの!? インティアルの王都全体で詐欺にかかって、しかも、とんでもない金額のアイテムを奪われているって、エルフ王って賢いって話じゃなかったの!?」
そう。
前述したが私は各所で詐欺に遭っていた。
おそらく、魔術王の病をきっかけにこの国は腐りかけ始め、時間経過とともに箍が外れ始めているのだろう。
見張る者なき国では外道な者ほど増長する。
はじめは悪を忌避していても、だんだんと周囲の環境に染まり悪を躊躇わなくなる。
ダブルス=ダグラスが言う。
「ああ、賢いさ。賢すぎて、だからやべえんだよ」
「なになに!? もっとあたしにも分かるように言ってちょうだい!」
「どう考えてもこれはワザとじゃねえか」
「ワザと詐欺に遭う? なんのために!?」
頬に汗を浮かべるダブルス=ダグラスが悪い女の顔で作ったのは、男勝りな笑み。
「バカ! 考えてみなよ、相手は一国の王だぞ? 他国の王族相手にインティアルの連中は、各所でよってたかって詐欺をふっかけて、金銭を巻き上げた」
「やあねえ、ダブルス=ダグラスちゃん。やっぱりバカなのは王様じゃない」
「この男女! 少しは自分の頭で考えな! あんた、それでも商人ギルドの代表かい!?」
「商業ギルドですぅぅぅ!」
「だぁあぁぁぁぁぁぁぁ! そういうのはいいんだよ、今は!」
ダブルス=ダグラスは私の痕跡を辿りながら、焦燥を浮かべつつ。
「じゃあ聞くけど。インティアル国内で、貴族や王族相手に故意に負債や損害を与えた場合の賠償金は?」
「決まってるじゃない。被害額の倍の賠償金でしょう?」
「じゃあ、その賠償金を支払えない場合は?」
「そりゃ死ぬか……奴隷になるしかないでしょうね。身の丈に合っていないアイテム合成に手を出して破産する商人がよく通るルートじゃない」
「死んで許されるのは国内で、国民同士の借金の場合だよ。今回の相手は他国の王族、その権利と人権は中立たるウチと冒険者ギルドに守られている。有耶無耶にはできないってことさね。で、たとえ犯罪者側が死のうが破産しようが、その負債は上にあがって国が補填する義務が発生するんだよ」
それは、冒険者ギルドを設置する際のルール。
本部から支部を派遣要請した国家の義務である。
国王だから。
王族だから、貴族だから――といって冒険者ギルドにまでは圧力をかけることができない。
ギルドとは独立した組織なのだ。
まだ厳密なルールが定められていない時代。
魔物との大規模戦争を口実に、悪事をたくらんだ王族が冒険者ギルドに圧力をかけ、強力な武器の用意を要請した事件があったのだ。
圧力に従うしかなかったギルドは渋々に装備を用意。
他国から集めた職人に、装備を作らせ販売させた。
非常時という事で後払いを条件にしていたのだが――魔物との戦争後、王族は結局その代金を踏み倒し、逃げ切った。
他国から派遣されてきた職人は無報酬かつ、素材まで奪われ大損害。
詐欺として訴えたが相手は王族、返答はないどころか王族の名誉を傷つけたと罰せられた者まででる始末。
さすがに問題視され、冒険者ギルド本部が商業ギルドとの連名で抗議。
個人の職人に代わり組織として料金の支払いを要求したのだが――王族は更に悪知恵を働かせて抵抗。
契約したのは国ではなく、個人でありその個人は既に戦死し故人である、と借金を踏み倒す屁理屈のような手段を取ったのだという。
実際にその時の財務大臣は哀れ、犠牲者となったらしいが。
ともあれ。
その国は多くの反感を買い、冒険者ギルドも商業ギルドも撤退。
後に滅びたらしいが――。
その反省を活かして生まれたのが、他国からの冒険者を守るこのルール。
冒険者ギルド側の自衛策として、派遣した支部を好き勝手にされないためにも、賠償金や借金には厳格なルールが定められているのである。
もちろん冒険者ギルドを不要と考え、支部の設置・派遣要請をしなかった場合は適用されないが――。
世界は危険で満ちている。
魔導技術もスキルも戦いのノウハウも、魔物のデータもすべてがギルドの知的財産。冒険者ギルドなしでは国は成り立たない。
ギルドがなくなれば数年以内に魔物に滅ぼされてしまうだろう。
それは既に滅びたその国が、自らで証明していたと言えるか。
代表が言う。
「倍の賠償金が国に……って!? それって!」
「ああ、商人ギルドがエルフ王に与えた損害は”獄炎魔竜の短刀の不正な買い取り”の一点。賠償金はダースで建っちまう砦の倍の金額だ。まだなんとかなる額だ。代表であるあんたと犯人の首が飛ぶ代わりに、ギルド本部から賠償金の立て替えをして貰えるだろうが……うちの組織じゃねえ連中はそうはいかねえ。借金は全部、国のモノになっちまう」
「あたしの首って、いやそれよりも!」
代表がぞわぞわっと鳥肌を浮かべ。
「これだけの被害の倍の請求って、国が傾くんじゃないの!?」
「ああ、そうさ。エルフ王レイドなんちゃらってやつは……っ、わざととんでもない金額の詐欺ばっかり遭って、その倍の金額の請求を国にするつもりなんだよ。おそらくは、詐欺の証拠は全部押さえられてるって思っていいだろうね」
正解である。
「ちょちょちょちょ! ちょっと待ってよ、ダブルス=ダグラスちゃん!?」
「んだよ、気持ち悪い声出すんじゃねえ!」
「だ、だだ、だ、だって! これ国の大ピンチじゃない!?」
「そうだよ!? だからあたいはこれほど焦って、したくもない全力ダッシュで駆け回ってるんだろう!?」
代表は化粧の乗った顔で考え。
「で? で? で? これあたしたち、どこに向かってるのよ?」
「決まってるだろう、エルフ王陛下がいらっしゃる孤児院教会だよ」
最も早く異常事態に気付いた魔術師崩れの行動は、なかなかに迅速。
道すがらに注意喚起がされているが、もう後の祭り。
既に私は多くの被害に遭っている。
私も知らない加速の魔術が使われているようで、その足も速い。
優秀な魔術師、だった、のだろう。
彼女たちは孤児院教会を訪ね、穏やかな老婆のシスターに私の所在を聞き。
そして彼らはやってきた。
◇
落ち葉を踏みしめ駆ける音が二重に聞こえる。
穏やかな日差しの中。
タルトケーキと紅茶が並ぶテーブルにて、木陰で鏡を操作していた私は振り返り。
「おや、壁掛け時計の人。数日ぶりですね。そんなに慌ててどうなさったのですか?」
「どうなさった、じゃねえだろう……っ」
お怒りのようであるが。
その視線が私の使用する【映し鏡】を捉えると、その怒りは更に強くなっていたようだ。
だが、彼女は極めて冷静に。
「全部、見てたのかい?」
「一応弁明させていただきますが、違法行為は一切行っておりませんよ? 全てが法の範囲内。そしてむしろ法を犯していたのは魔術国家インティアルの民と、そしてその王族」
「王族?」
「ええ、そもそも最初に私に仕掛けてきたのはあちらなのですから。これは臆病者の私による、正当防衛……そう考えていただくと理解しやすいかと」
私は慇懃に立ち上がり。
魔王の仕草で礼を尽くしていた。
「自己紹介がまだでしたね。私はレイド。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。これでもエルフという種を束ねる一国の王にして、女神の使徒。人は私をこう呼びます、すなわち。幸福の魔王――と」
どうやら相手はプアンテ姫と違い、私という存在の圧力にまでは気付いていない。
勇者や魔王の域には程遠いのだろう。
まあ、強さだけが世の中の全てではないので、そこで軽視したりなどはしないが。
それでも緊張した面持ちで。
ダブルス=ダグラスは選んだ言葉を声に流し込んでいた。
「恐ろしい魔王だって聞いちゃいたが、随分とお綺麗な顔をした御仁じゃねえか。なんだい、エルフってのはみんなあんたみたいな神秘的な美形なのかい?」
「まあ、種族として顔の造形が優れていることは否定しませんが。ただ一つ、私は純粋なエルフではなくハーフエルフだとは訂正させていただきます」
「そうかい、そりゃあ悪かった」
相手は話術スキル【フレンドリー】を使っているようだ。
効果対象との会話を円滑に進める効果があるのだが、レベル差のせいで私には届いていない。
聞こえない程度の舌打ちをし、女は言う。
「こっちの自己紹介は必要かい?」
「いえ、あなたがダブルス=ダグラスさん、そしてそちらが商業ギルド・インティアル支部の代表の方ということは存じておりますので」
「そうかい、なら――……まずは此度の件、獄炎魔竜の短刀をワイバーンの短刀と偽り鑑定し、買い取った件を謝罪させていただく」
「いえ謝罪は結構ですよ。こちらも確認を怠っておりましたから」
私の営業スマイルを相手は睨んでいる。
「おや、何かご不快ですか?」
「罠にはめておいて、よくもいけしゃあしゃあと」
「誤解です。初めは本当に罠にはめる気などなく、子供たちのためにこのタルトケーキを買う資金が欲しかっただけ。けれど、買い取りして貰おうと思ったら、どうやら獄炎魔竜の短刀をワイバーンの短刀と勘違いなさっているご様子。しかし、私も子供のために早く帰る必要があった。護衛もなしで旅をしていたので、揉めたくはない――途中で気付いたのですが、泣く泣く諦めるしかなかった」
全てが真実ではないが、ほとんど嘘は言っていない。
ダブルス=ダグラスは訝しむように眉間にしわを寄せ。
「子供のためにって、あんた王族だろう? わざわざこんな大層な代物を売らなくとも、金ぐらい持っていただろうに」
「実はこの国についてすぐに、詐欺に遭ってしまいまして」
「また詐欺かい」
疑っている相手に私は苦笑し。
「困りました、事実なのでそのように睨まれてしまうのは心外なのですが」
「それを信じろってのかい? あれほどに負債を作りまわっている男の言葉を?」
「まあいいでしょう。ともあれ、私は無実。それなりに持っていた財産を徴収されてしまいまして、路銀に困っていたのは事実なのです。そしてそこに救いの手を差し伸べてくださったのは、この教会。私はただ恩を返しているだけですよ」
代表が言う。
「さ、詐欺にあったっていうのなら、国に直訴すればいいじゃない! 他国の王族に詐欺を働くなんて、魔術王が許しはしないわ!」
「ふむ。そうできれば良かったのですが――」
「なによ?」
「さあ、なんでしょうね」
私がのらりくらりと言及を躱していると。
ダブルス=ダグラスは女性にしては豪胆に髪を掻き。
「できねえんだよ、今の魔術王は休眠期。寝てるんだろうさ」
「そういやあんた、元は宮廷魔術師だったんだっけ。ダブルス=ダグラスちゃん、何か知ってるの?」
「まあな……」
訳ありそうなダブルス=ダグラスはしばし考え。
「なあ、エルフ王さんよ」
「なんでしょうか」
「とりあえず獄炎魔竜の短刀はお返しする、迷惑料も当然支払おう」
「お返しいただくのは宜しいのですが、迷惑料は結構ですよ。これは商業ギルドではなくあの受付嬢個人との取引となっているのでしょう?」
「やっぱ見てたんじゃねえか」
指摘への返事はせず。
「後日、冒険者ギルド本部から正式な抗議文と賠償金の請求がそちらに届くでしょう。ああ、一応言っておきますがこちらは王としての圧力を使ってなどいませんから、誤解をしないでいただきたい。あくまでも正規の手続きで、正規な手段での訴えが通ったという事です」
「よく言うねえ、一般人の訴えならそんなに早く冒険者ギルド本部は動かないだろうさ」
勝手に忖度したのはギルドであって、私は一切手を出してはいない。
「獄炎魔竜の短刀の件の続きは、書面が届いてから。互いに公平な判断を下してくださる公証人がいる場で致しましょう」
「こちらが加害者だ……仕方ないね。けれど、あんたがしていることは国に報告させて貰うよ」
「どうぞご自由に」
「それと、その鏡で人を眺めるのは止めな。金をとるよ」
私は頷き、”鏡”による遠見の魔術を停止する。
彼女は鑑定の魔眼で魔術停止を確認後。
静かに、しかし急ぎこの場を立ち去ろうとする。
ダブルス=ダグラスは、不安そうにこちらを覗いている、施設に残っている子供たちに目をやり。
「この国は、いつからこんなに孤児だらけになっちまってるんだい」
代表は子供に笑顔で手を振りつつ、朽ちた教会の鐘を見上げている。
「仕方ないでしょう。魔術王が最近調子が悪いのかしらね、どーも悪手が続いちゃってるし。困窮しているのよ、うちの国は」
「……」
「なによ、やっぱりあんた何か知ってるの?」
「まあな、このまま王宮に向かうよ。アポもないが緊急事態だ、あたいは嫌われてるから商人ギルドのあんたの顔が必要だ、ついてきてくれ」
彼らは急ぎ王宮に向かうが――。
当然、このまま観測を止める気などなかった。
鏡ではない別の手段、具体的には”紅茶の揺らめき”を【遠見の魔術】の媒介に使い、魔法陣を展開。
違法にならない手段を徹底し。
私はダブルス=ダグラスの動向を追った。
波紋に映像が広がっていく。