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第102話 獄炎魔竜の短刀


 日々平穏が一番。

 孤児院教会では、のどかで平和な日々が続いている。

 けれど私は毎日各所に出向いて、その度に何らかの詐欺に遭い――数日が過ぎていた。


 私が遭った被害総額はそれなり以上。


 巷では異国のバカなエルフが鴨になっているらしい、とのこと。

 被害はどんどんと膨らんでいく。

 なぜそのエルフはそれほど愚かなのか。

 どうやら毎日孤児院教会の子供のため、身銭を切って食事や遊び道具を買ってきて子供に配っているのだという。だが、そいつは世間知らずな無知蒙昧。


 なんとも美しい人類愛。

 なんとも美しい隣人愛。

 そんなお人よしはめったにいない。

 だからこそ、何度騙されても反応しない。

 愚かな田舎者のエルフは騙されていることに気付かないのだろう。


 そんな私の姿は多くの者が目撃していて、誰かひとりの口を封じれば済むという数を超えている。


 一つの詐欺が次の詐欺を誘い。

 詐欺の連鎖は、雪だるま式に加速していく。


 たった数日で私は稀代のお人よし。

 ようするに、バカだと周囲には伝わり――。

 今も【映し鏡】の中では悪事を企む者たちの、姿と声が映されていた。


 これは遠見の魔術。

 釣られた者達は何も知らずに、私を今日もバカにしている。

 今度はうちが騙して大金を稼ぐと、自らを鼓舞する貴族を眺めていたのだが。


 見えない釣り糸を垂らす私の膝に、誰かが乗ってくる。

 孤児院の子供たちだった。

 食事が満足にできるようになった少年少女は、ピカピカになった頬を紅葉色に輝かせ。


「なになに、これ! これなーに!?」

「エルフの賢者様~、これはなにをみているの~?」

「こら、あんたたち! 賢者様の邪魔をしちゃだめでしょう!」


 今の私は教会で休むエルフの賢者様。

 教会では――どこか異国の王族であるが、穏やか過ぎて政権争いに負け追放された聖人。

 ということになっているようだ。


「問題ありませんよ。魔術の訓練をしているだけですから」


 だから私はそんな勘違いされた役割を演じ、道化の笑み。


「すみません、賢者様。もう! あんたたちいい加減にしなさい! 賢者様の膝から降りなさいってば!」

「へへーん! やなこった!」

「ずるい! あたしもぉ! あたしも!」


 もちろん私から吹聴したわけではなく、周囲が勝手に誤解しているだけである。

 ただ魔王としての性質か――。

 まだ復讐を考えカルバニア王国に潜んでいた時は、意図的に噂の操作をしていたが、ある程度の噂の操作が自動的にできてしまっているようだ。


 本格的に噂を調整するのなら、いまだ現役で交流のある風の勇者ギルギルスに頼むのだが。

 これはただの嫌がらせ。

 そこまでするつもりはなかった。


 色々と策を巡らせてはいる。

 楽しんでもいる。

 しかしこれはあくまでも平和のため。

 バアルゼブブの溜飲を下げるための、世界のための暇つぶしともいえるので私は悪くない。


 そんな思考を巡らせながら、私は孤児院の子供たちに微笑みかける。


「これは魔術の一種。町の人々を眺める鏡ですよ。覗いてみますか?」


 解説しながら鏡を操作し、私は子供たちに街の景色を見せてやる。


「すごいすごい! 町の噴水が見える!」

「あ、これ! 冒険者ギルドですよね! ぼく、十五歳になったら登録するつもりなんですよ!」

「あ……で、でも、これ。勝手に見ちゃっていいんでしょうか?」


 勘のいい子供がいるようである。

 もちろん本来ならばよろしくない。

 なので私は人を騙せる、人の好い笑顔のまま。


「この国では【遠見の魔術】……遠くを眺める魔術での観測が禁じられていません。禁じられていないのなら合法ですので、問題ありませんよ。まあ勝手に見てしまっているのは少し心苦しいですが、これは実験していたのです」

「実験ですか?」

「ええ、孤児院から遠くに出たことのない子のために、山や川を見せてあげたかったのですが――先にバレてしまいました」


 山や川を見せてあげたいと思ったのは本音だが、訓練も実験も大嘘である。

 言い切ったもの勝ちというやつだ。


 何故この国では遠見の魔術が禁じられていないのか。

 答えは簡単だ。

 遠見の魔術が使える魔術師など限られているからである。


 おそらくはこの国の老体……魔術王なら使えるだろうが、それを禁じてしまったら王は自らのアドバンテージを失ってしまう。

 だからこそ遠見の魔術の存在を知っていても、禁じることはできていないのだろう。


 当然、私の国フレークシルバー王国でも禁止行為なのだが、私が禁じたのは明確に分類すると別の魔術。

 あくまでも禁止したのは――水の揺らぎと共に発生する魔力の渦に映像を浮かべ、遠くを眺める水鏡。

 水を使用しての遠見の魔術であり、鏡の魔術であるこれは該当しない。


 鏡を使っての盗撮、盗聴は違法ではないのだ。


 そんな私の中の言葉遊びを知らぬ孤児院の子供たちの足元に、気配が生まれる。

 ウナーと鳴く丸っこい猫。

 孤児院の護衛に呼んだニャースケである。


 髭を前に膨らませ、立てた尻尾を震わせたニャースケによる、魅了が発動される。

 猫からの遊びの依頼を断る子供はいない。

 彼らの興味はすっかり猫に移っていた。


「じゃあエルフの賢者様!」

「この子と遊んできますから、また後でね~」

「後でまたお話を聞かせてくれるとうれしいです! こら! 走ったら危ないでしょう!」


 猫の誘いに導かれた子供たちが草原へと駆けていく中。

 私が目線で合図を送ると、ニャースケは頷き。

 承知したと、音のないサイレントニャーで合図を返してくる。


 普段ならば問題ないが、最近この周囲は私という存在のせいで何かと物騒になっている。子供たちを誘拐しようとする愚かな輩も出る可能性があるだろう。


 だからこその護衛猫である。

 猫の寿命は人間ほど長くはないが、このニャースケは特別。

 かつて、私による魔術伝授を受けていて――その時点でただのネコから猫魔獣へと進化。

 いわゆる魔王配下の眷属となっているのだ。


 寿命の方もほぼ無限に近く、アシュトレトの加護を受けている主人の女暗殺者達と共に、百年経ってもまだ私に仕えてくれているのである。


 前から更に栄養状態が良くなり、毛並みも良くなっていたが。

 今はかなりの大型猫。

 肥満とまではいわないが、なかなかにボリュームのあるもふもふフォルムである。


 百年を生きる魔王の眷属なので、その実力はかなりのモノ。

 今や勇者よりも強いとは、女神アシュトレトの弁。

 そんな強者が――ただの人懐っこい猫のふりをして子供の腕の中で、ゴロゴロゴロ。

 瞳を細めて喉を鳴らしている。


 一見すると人畜無害な毛玉だが。

 ニャースケもかつて非道な人間に捕まっていた事もあり、弱者を狙う輩には容赦をしない。

 間違いなく、子供たちは安全と言えるだろう。


 そんな子供と猫の背を眺め、私の陰から黒い聖女が顔を出していた。


「……バアルゼブブ。どうしたのですか?」

『せ、せっかくだから。ぼ、ぼくも一緒に、行ってくるね?』

「おや、珍しいですね」


 基本的にバアルゼブブは私達以外への興味は皆無。

 ウジ虫が蠢いているようにしか思えていないようだったのだが。


『へへ、へへ、こ……子供たちは、き、きらいじゃないし。な、なんだか……な、懐かしい気持ちに、な、なるかも?』


 穏やかな日差しの下で、バアルゼブブの声が響いていた。

 私はしばし驚いていたのだと思う。

 バアルゼブブの口に浮かんでいたのが、穏やかな微笑みだったからだ。


 女神アシュトレトがそうであったように。

 それは出逢った頃にはなかった変化。


「――そうですか。あなたも少し変わってきているのですね」

『か、変わったら、ダメ?』

「いいえ、変わることが悪いことだとは私は思いません」


 バアルゼブブ。

 彼女は逸話を歪められる前の、大神として崇められていた時代を思い出しているのかもしれない。

 だが。


「念のために言っておきますが……食べてはダメですからね?」

『あ、あの子たちは、た、食べないよ。で、でも……』

「ああ、もし輩がでたら、そちらはご自由に――」


 バアルゼブブが子供たちの影に潜んだ途端。

 ニャースケはボフっと猫毛を逆立て、キョロキョロと全力で周囲を索敵し始めていた。

 ……まあニャースケは女神や私の事を”強い”と観測できるほどの強者。突如として強さの頂点にある女神がやってきて驚いたのだろう。


 子供たちと女神と猫魔獣が去った、その後。

 私は鏡に目線を戻していた。


 大きく撒き続けた不穏の種に、そろそろまともな人材が気付くとは思っていたのだが。

 その第一号が出たようだ。

 鏡に反応があったのである。


 私は鏡に手を翳した。



 ◇◆『商業ギルド』◇◆



 場所は商業ギルドの小さな一室。

 それはおそらく商業ギルドの受付の女性。

 私が魔術師崩れの風体と判断した、眼帯をした女性である。


 彼女はどうやらワイバーンの短刀の詐欺を独自で調査し、犯人を縛り上げ、上司に報告したようなのだが。

 明らかに狼狽していた。


 ガシガシと眼帯に被さる髪を掻いているが、その表情は極めて深刻。

 指の爪をかじり思考に耽る様子から察するに、彼女は本当に賢いようだ。


 街の噂と私との関連に気付きはしないまでも、おそらくなにか違和感を覚えているのだろう。


 魔術を調整し、私は盗聴を開始。

 秘密厳守を信条とする商業ギルドゆえに、応接室は魔術結界で覆われていて本来ならば盗聴も盗撮も不可能――だがそこはそれ、私は魔王なのでどうとでもなる。

 本来なら密談するための部屋にいるのは三人。


 捕縛された詐欺の受付嬢と、詐欺を見つけた魔術師崩れの女。

 そして商業ギルド・インティアル支部の代表である。

 威勢のいい魔術師崩れの怒声が響きだす。


『客を騙して買い取り商品をすり替えるたぁ、どういうことだい!?』

『ひぃ! ご、ごめんなさい』

『ごめんで済んだら騎士団も憲兵も要らねえって、大の大人なら分かってるだろう!』


 犯人は竦んでいる様子だが、半分は演技だろう。

 商業ギルドの代表の男が言う。


『まあまあ、ダブルス=ダグラスちゃんいいじゃない。相手は旅人風の人だったんでしょう? 騙される方が悪いとまでは言わないけど、相手は気付いていない。ここは穏便に、内々で処理すれば……ね?』

『はぁ!? 商人ギルドは信用第一。たった一件の不正が全てを崩す。それが分かんないっていうんすか?』


 代表の男は融通の利かない新人を見る目で。


『あのねえ、ここは商業ギルド。確かに信用は大切よ? だから内々で処理しましょうって話よ?』

『隠蔽するってのかい』

『うわぁ、怖い顔。でも仕方ないじゃない』


 代表の男は巨体を大きく揺らし。


『あたしだって、ちゃんと公にしたいけど……』

『なら!』

『あのねえ、だってダブルス=ダグラスちゃん、受付したときに冒険者としての登録確認も、商業ギルドとしての登録者確認もしなかったんでしょう? これは商業ギルドとしての取引には登録されていない。あなたのミスよ?』


 どうやらミスのせいで、最悪を避けたようだ。

 契約上では、あくまでも詐欺女と私個人の取引となっているのだ。


『そ、それはそうなんすけど――っ』


 魔術師崩れの方も事務ミスがあったようで、強くは言えないようだ。


『けどっすよ!? このままっていうのは不誠実ですし、隠蔽して後でバレるのが一番ヤバいって分からないんすか!?』

『もう、分かった分かった。相手を探せばいいんでしょう! それで頭を下げて、許してもらうしかないわ』


 魔術師崩れは癖なのか、やはり眼帯に被さる髪を掻き。


『まあ被害者を見つけて謝罪するってのはあたいも賛成っすけど。それにしても――ウチで詐欺、ねえ』


 彼女が鋭い眼光で睨むは、詐欺女。


『あんた、今までどんだけやらかしてるんだい』


 返事はない。

 その手は自分可愛さに胸元をぎゅっと掴むのみ。覚えていないほど細かい詐欺をやっているようだ。

 代表が言う。


『面倒なことしてくれちゃって……詐欺を働いたあんた! そうあんたよ! 被害者を見つけ次第、一緒に謝罪に行って貰うからね』

『あ、あたしがですか!?』

『あんた以外にいないでしょう!』

『で、でも』


 加害者の受付女だが、自覚がないのか、まるで被害者のような怯えようである。

 さすがに代表も腹に据えかねたのか。


『お黙り! あんただってこのまま、騎士団やら憲兵に全部話されたくないでしょう!? 今までやらかした分、きっちり話して貰うから覚悟しておきなさいよ!』


 彼には一応の倫理観はあるようである。

 大激怒の空気の中、冷静な声で魔術師崩れが言う。


『とりあえず、魔竜の短刀の鑑定をあたいがするよ。あたいなら元の所有者を探索できるかもしれないし、できなくとも製作者の銘を確認できる。これだけの業物だ。しかも、市販品とは思えないオートクチュール。作られた工房に問い合わせれば一発でわかるだろうさ』


 代表も頷き。

 魔術師崩れが眼帯を外し、その下から覗く【鑑定の魔眼】を発動――獄炎魔竜の短刀の上で魔法陣を刻む。

 おそらく、瞳そのものに上位の鑑定魔術を刻んでいるのだろう。


 製造された武器を正確に鑑定。

 素材や産地、製作者を特定できることからすると、本当に腕利きなのだろうが。

 魔術師崩れの伸ばす腕が震え始める。


 彼女のそんな顔は代表も初めてだったのだろう。


『ちょっと、どうしたの真っ白になって。あんた、汗凄いわよ?』

『やばいね……これ、魔竜の短刀じゃなくて、獄炎魔竜の短刀だよ』


 何がヤバいのか。

 それはまあ、常人では手に入れることができない装備であることだろう。

 私は遠見の魔術で、遠くから眺めているだけだが、冷えていく空気感が伝わってきていた。


 詐欺女が言う。


『な、なにか、違いがあるんですか?』

『バカ! あんたそれでも査定係なのかい!? 詐欺ばっかりしてて、腕も目も頭も腐っちまったようだね!』


 怒鳴る魔術師崩れに続き、代表が全身を汗で濡らし。


『人類未踏の地とされる死の火山の奥、伝説の魔獣、獄炎魔竜の牙から作られる短刀なのよ。獄炎魔竜は稀にしか縄張りからでてこない……出会うだけでも奇跡で、その素材は超一流の武器となる。けれど、武器に加工するのが極めて困難で、達人級の鍛冶師であっても、その成功率は三割を切ると言われているわ』


 どうやら――私の見積もりよりも高価らしい。

 獄炎魔竜の牙の方も、レアはレアだが。アシュトレトが使っているかつて貴族だったエルフたちの使用人が、いつもの押し付けられた無理難題のついでに手に入れ、献上してきたアイテムの一つという認識だったのだが。


 乾いた声で詐欺女が言う。


『は、はは。じゃ、じゃあ砦ぐらい建っちゃう値段、なんですね』

『この無知が! 砦なんてダース単位で建っちまうわ! バカじゃねえのか!?』


 ……。

 ま、まあ私が言われたわけではないから気にしないが。

 魔術師崩れが言う。


『まずいねえ……これはさすがに、内々で処理ってわけにはいかないよ』

『だわね。それで、製作者や工房名はどうなのよ? ギルドシステムを通して問い合わせてみるから。被害者に報せるのなら早い方がいいでしょうし』

『あ、ああ――ちょっと待っておくれ』


 そうして。

 彼女は製作者と前の所持者。

 作られた場所を特定したのだろう。


 おそらく、呆然としたまま固まった彼女の頭の中はグルグルとしていた筈だ。

 足元もおぼつかなくなっているのだろう。

 遠くから見ている私には実感がないが、現場にいる者なら一瞬で冷えたその表情に動揺をした筈だ。


 代表が問う。


『ダブルス=ダグラスちゃん?』


 しばしの沈黙の後。

 ごくりと生唾を飲み下し。

 女は言う。


『……作られたのは、フレークシルバー王国の王城工房。使用者も、製作者も共に……レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー』

『それって――』


 乾いた声に、頷き。

 魔術師崩れダブルス=ダグラスは、震える声を絞り出した。


『実在が確認されている唯一の魔王。あの大森林のエルフ王です』


 敬語であったことが。

 その強い動揺を物語っていた。


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