98話「情けは人の為ならず」
ウィンゲアにいともたやすく到着した俺たちは、バスを降りて周囲を見回した。
それほど大規模な都市ではないらしいが、行きかう人々の活気は他の国の首都にも負けていない。
さらに、人だけではない。魔導車もひっきりなしに道を通っていく。空中には魔法で投影された宣伝広告が所狭しと並び、繁華街の賑やかさを増している。
魔法都市と呼ばれる所以が、この景色を見ただけでも分かるような気がした。
人ごみをかき分けながらすいすいと進んでいくユウキに、俺たちは慌ててついていった。
「いやあ、久しぶりに帰ってきたって感じがするよ」
「ずいぶんと進んでるんだな、ウィンゲアって」
「そりゃもう、国が魔法の開発に力を注いでるからね。最先端の技術がこの街には集まってるのさ」
ユウキは自慢げにふんと鼻を鳴らした。たしかにこれだけ魔具や魔法が一般的に普及している国は、他にないだろう。
「それにしても、いつもこんなに混んでるもんなんか?」
「それなんだけどね。なぜかって考えてみたんだけど、いまはちょうど魔導大祭が行われる時期とかぶってるんだよ」
「魔導大祭?」
「年に一度開かれる大きなお祭りだよ。現代において使われる魔法の体系を確立したと言われ、リンギス建国の父でもあるとされる、開祖イリウスの生誕を祝うんだ」
「へえ、そんなイベントがあるのか。俺たちも参加できたりするのか?」
「もちろんだよ」
「見ようよ、アケビ!」
〈うんうん、私も気になるのだ!〉
「そうだな。せっかくだし、見ていこうか」
「よし、祭りだから酒が飲めるぞ!」
「ホント、花より団子だよな、お前……」
風情の欠片もなくガッツポーズするシエラに苦笑していると、近くの通りから何やらざわつく声が聞こえてきた。なにかあったみたいだ。
俺たちが様子をうかがうためにそちらの方へ向かうと、野次馬の通行人たちが輪になってその現場を囲んでいた。
「大人しくしなさい!」
「いーやーだー! 誰か助けてー!」
輪の中央では、数人の男が緑のロングヘアーの少女を追い詰めていた。そのうちの一人は、反抗する少女の腕を無理やり引っ張っている。
その様子を見て、いてもたってもいられなくなった俺は、観衆に分け入っていき、その輪の中に飛び込んだ。
「おい、その手を放せよ。その子、嫌がってるだろ」
「なんだ、お前?」
男の手首をつかむと、その拍子にその男は少女を放した。
少女はすかさず俺の背中に隠れ、男たちを指差した。
「この人たち、悪い人です! 私をいきなり連れ去ろうとしたんです!」
「ほう?」
「え!? あの、いや、そういうわけでは!」
慌てて首を横に振る男たちに、少女はさらに食ってかかる。
「言い逃れしてもダメ! やっつけちゃってください!」
「だ、そうだが?」
「ええい、面倒くさい! やっちまえ!」
さっきまで少女の腕をつかんでいた男の一声で、男たちは俺に向かって一斉に殴りかかってきた。
俺は〈動作予知〉〈俯瞰視点〉〈質量操作〉〈身体強化〉〈加速〉を同時に発動。周囲の状況を把握しながら、瞬く間にやつらを放り投げていった。
地に伸びた男たちを見下ろしながら、手についたほこりをはたくと、観衆たちから拍手が巻き起こった。どうやら、いい見世物になってしまったようだ。
一方、後ろに隠れていた少女は、一息ついた俺を見上げながら「おお」と声をあげた。
「やるね、お兄さん! 私、感心しちゃったよ!」
「ああ、そりゃどうも」
暴漢に襲われたにも関わらず、怖がっている様子が全くない少女に、若干の違和感を感じながら、俺は駆け寄ってきたクランメンバーたちと合流した。
「また厄介事に首を突っ込んで。その癖、なんとかならないのかい?」
「しょうがないだろ。頭よりも体が先に動いたんだから」
「まあまあ。悪いことしたわけではねぇんだからいいだろ」
「そうだよ! あなた、私の救世主!」
「そ、そうか?」
そこまで褒められると、悪い気はしない。
なにはともあれ、これで一件落着だ。
「さて、どこまで送っていこうか?」
男たちの仲間にまた襲われるということも考えられる。安全な場所まで同行するのが良いだろう。
そう思った俺は、少女を優しくのぞき込んだ。
すると、少女は俺を見返しながら少し考えた後、ぽんと手を叩いた。
「そうだ。これも何かのご縁だから、お礼にこの町を案内させてよ。あなたたちがもしよければ、だけど」
「いいのか?」
「任せて! 私、ここの生まれだから、結構詳しいんだよ! さあ、行こう!」
少女はそう言うと、鮮やかな緑の髪をたなびかせながら、すたすたと歩き出してしまった。
「あっ、おい! ちょっと待てって!」
俺たちはまだ名前も知らない少女の後を追いかけて、魔法にあふれたウィンゲアの街を早足で歩いていく。




