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96話「引っ越し大作戦」

 俺は〈隠密〉を使って木陰に隠れつつ、近くの地面に置かれた高級生肉を見張っている。

 もちろん、熊をおびき寄せるための罠である。


「来るかな?」


「野生の動物っちゅうのは、人間の気配とか匂いには敏感だかんな。もしかしたら警戒して近づいてこないのかもしんねぇ」


「とにかく、いまはただ根気強く待つしかないね」


 暇つぶしにニアたちの会話を〈地獄耳〉で聞きながら、俺はふうと息を吐いた。


 まずはこの罠に引っかかってくれなければ、どうしようもない。

 これ以上の犠牲者を出さないためにも、これで上手くいってほしいところだ。


 そうしてじっと身をひそめたまま、待つこと数時間。

 ようやくそのときはやってきた。


「来た!」


「本当か!?」


「うん!」


 熊の親子を目にしたニアたちがにわかに活気づいた。俺はすかさず、作戦を決行する態勢に入った。


 母熊に連れられて、子熊がひょこひょこと歩いてくる。まだ生まれたばかりだと一目で分かる、小さな子熊だ。


 地面に置かれた生肉に気が付いた母熊は、その匂いを嗅いだり周囲を見回したりして十分に安全を確認した後、子熊にそれを食べるよう促した。


 そして目を輝かせた子熊が生肉に食らいついた、その瞬間。


「はっ!」


 熊たちの頭上に舞い上がったエーリカは、勢い良く両手を伸ばし、霊能力を発揮した。


 金縛り状態にされた熊たちが、念動力によってわずかに持ち上がる。

 俺はすかさず、〈質量操作〉で持ち上げていた檻を地面に置いた。


「いまだ!」


「了解なのだ!」


 エーリカが手をにわかに動かすと、その動きに合わせて熊たちもゆっくりと移動していき、やがて檻の中でぴたりと止まった。


 そのとき、上空高くに控えていた砂の魔女が、俺のすぐ隣に降りてきた。

 俺と彼女は急いで檻の扉を閉め、鍵をかける。


 エーリカが念動力を解除すると、熊たちは困惑した様子で俺たちを静かに眺めた。

 幸いなことに、暴れるような気配はない。よかった。


「ごめんな。少しの間、そこでじっとしててくれよ」


 俺は熊の親子にそう呼びかけると、遠くで待機している仲間たちに手を振ってこちらに呼び寄せた。


 全員が合流したことを確認してから、俺たちはエーリカの念動力で檻の上に登り、腰を下ろした。


「よし、それじゃ始めてくれ」


「分かりました。少し揺れますから、気をつけてください」


 その言葉の通り、がくんと檻が揺れ、空に向かって浮上していく。

 独特の浮遊感を楽しみながら、俺はそばに浮かんでいる砂の魔女に目をやった。


「目的の森まではどれくらいかかりそうかな?」


「そうですね、途中休憩も入れると二時間くらいでしょうか」


「そうか。結構早く着くんだな」


「当然です。あまり私を舐めないでください」


「だから、舐めてないって!」


 口をとがらせる砂の魔女をなだめながら、俺は眼下に広がる景色を眺めた。


 イルスティナの国土は、豊かな森林が広がる東部と、荒涼とした平地が広がる西部に分かれている。

 ちょうどその東西の境目あたりにあるのが、この熊の親子が生息していた森林だ。


 俺たちはいま、そこからずっと東にある別の森に向かって飛んでいる。

 人里離れたその森なら、森の中に分け入った人間とばったり出会う、なんてことは皆無だろう。もう悲劇が起こることはないはずだ。


「それにしても、こうして見ると、ずいぶんと長い道のりを旅してきたんだね、私たちは」


「そうだな。アーシャとノエルさんを連れてイルスティナを駆け抜けたのが、まるで昨日のことみたいだよ」


「あのときは大変(てぇへん)だったな。途中で何度も刺客に襲われて」


 しみじみとそう言う俺たちを見て、砂の魔女は眉を上げた。


「ずいぶんと危険な旅をしてきたんですね、あなたたちは」


「まあな。別に、好き好んでそうなったわけじゃないんだけどな」


「ねえ、聞いておくれよ、砂の魔女。このクランマスター、すぐ厄介事に首を突っ込むんだよ。おかげで私たちはいつもてんやわんやさ」


「おい、俺のせいにするなよ! たまたま流れでそうなったってだけだろ!」


「ふーん、どうだかね?」


 ユウキは半目で俺を見つめながら笑った。困った俺はたまらず、シエラの肩に手をやり、その体を揺さぶった。


「おいシエラ、なんとか言ってくれよ!」


「なっ、なんでそこで妾に振るんじゃ! 噛むぞ!」


 シエラは俺に向かっていーっと歯をむき出した。それを目にしたエーリカは、途端に俺とシエラの間に割って入る。


「アケビを噛んじゃダメなのだ! もし噛んだら呪うのだ!」


「そ、それは勘弁してくれ! 頼む!」


「どんな呪いがいいのだ? 腹下しの呪い? それともズッコケの呪い?」


 エーリカはにやにやと笑いながら、シエラに向かってささやく。

 すると、シエラは耳を手でふさぎながら、必死に顔を逸らした。


「ひいぃ! どれも嫌じゃあっ!」


 話題が入り混じってもはやカオスと化した俺たちの会話に、砂の魔女は呆れ顔でため息を漏らした。


 そんな騒がしく和気あいあいとした雰囲気で、空の旅は順調に進んでいく。

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