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93話「たかがそれだけ、されどそれだけ」

 俺たちはダグとその隣町ラディスを結ぶ街道を歩きながら、周囲に気を配っている。

 そんな最中、シエラは後頭部に両手を当てながら大きな欠伸をした。


「それにしても、熊の討伐っていうのは、なんだか退屈そうじゃなぁ」


「仕方ないだろ。興味の湧きそうな依頼が特になかったんだから」


 ダグの冒険者ギルドで依頼を物色したものの、目ぼしいものは見つからなかった。


 結局、次の町に向かう上での障害はできる限り片付けておきたいということで、消去法で選んだのが熊の討伐依頼だった。


 依頼主であるダグの町長の話によれば、先日から凶暴な熊が町の近くに出没するようになったらしい。街道を通る人たちにも頻繁に危害を加えるので、狩猟してほしいとのことだ。


 魔物の討伐に比べれば、さほど難しい内容の依頼ではない。ちゃちゃっと片付けてしまおう。


 問題の熊はおそらく、街道脇にあるこの森の中に生息しているはずだ。俺は〈地獄耳〉で熊の気配を探りながら、街道を進んでいく。


 とはいえ、向こうがそう都合よく襲い掛かってくるとは思えない。

 熊に遭遇するため、わざと森の奥深くに分け入るべきかどうか考えていた、そのときだった。


「グルルルル……!」


 木立の中から、大きな茶毛の熊がのそりのそりと現れた。

 四つん這いの状態でも背丈2メートルほどはあるだろうか。その目は、新たな敵に対する戦意に爛々と輝いている。


「出たぞ!」


「この熊で合ってるよね?」


「間違いねぇ。聞いた話の通りだ」


「こんなにすぐ会えるなんて、運がいいね!」


 俺たちは別段怯えることもなく、いつも通りの戦闘態勢に入った。


 にらみ合う俺たちと熊。

 ほどなくして戦いが始まるだろう。そう思った、次の瞬間。


 突如として砂嵐が巻き起こり、俺たちは思わず顔を覆った。


「reirrab egesuf!」


 ニアがとっさにバリアを張ったことで、俺たちはすぐに打ち付ける砂礫(されき)の脅威から身を守ることができた。

 すぐさま〈熱感知〉を使った俺には、舞い上がる砂の向こうで、森の中へと逃げ込んでいく熊の姿が見えた。


「ぺっ、ぺっ! 口の中が砂だらけだよ~」


「こんなときに砂嵐が?」


「いままで晴れてたよな?」


 まるで熊を守るかのようなタイミングで都合よく発生した砂嵐に、俺たちは首をかしげた。

 自然発生した砂嵐ならば、その前兆があったり、遠くから移動してきたりするはずだからだ。


 いずれにしても、このままでは身動きが取れない。立ち往生した俺たちが困っていると、それまで透明化していたエーリカがドロンと現れ、俺に耳打ちした。


「アケビ、注意するのだ。そこに誰かいるのだ」


「なんだって?」


 〈熱感知〉の発動を維持したまま、俺は目を凝らした。


 本当だ。何者かが遠くの方で、吹きすさぶ砂嵐のただ中に立っている。

 さっきまではいなかったはずだ。いつの間に現れたのだろうか。


 その人物が腕を振るうと、砂嵐は瞬く間に治まっていった。


 俺たちの眼前に現れたのは、灰色のフードを被り、橙色の長髪を両肩の前に出して結んだ女性だった。


 彼女はそっと口を開き、よく通る声でこちらに語りかけてきた。


「あの熊を狩ろうとしているのは貴方たちですね?」


「ああ、そうだよ。俺たちはダグの町長から正式に熊の狩猟を依頼された『ビヨンド』っていうクランだ。あんたは?」


「私はこの近くに住んでいるしがない魔道士。人々には『砂の魔女』と呼ばれています」


「魔女って……あんたも『空白(ブランク)』から来たのか?」


 砂の魔女は驚いた様子で目を見張ったが、すぐに目を細めた。


「どうやら訳知りのようですね。ですが、だからといって貴方たちの行動を見過ごすわけにはいきません。いますぐにこの森からお引き取り願います」


「そうはいかないな。あの熊には、これまでに何人も襲われてる。肩を食いちぎられて死にかけた人だっているっていうじゃないか。このまま放ってはおけないよ」


 俺が彼女の申し出を断固として跳ねのけると、砂の魔女は残念そうに嘆息した。


「仕方がありませんね。私とあなたたちとでは物事の価値観が違いすぎる」


 砂の魔女は瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気を湛えたまま、俺たちをギロリとにらみつけた。


「あの熊をどうしても狩るというのなら、その前にまず私を倒してから行ってください。ですがもし、私がこの勝負に勝ったら、あの熊には二度と関わらないで頂けませんか」


「ちょっと待て。そんなことをして、あんたに何のメリットがある? 俺たち、別に戦う必要なんてないじゃないか。まずは話し合おうぜ」


「あなたたちには分からないことです! さあ、どこからでもかかってきなさい!」


 どうしても強情な態度を崩さない砂の魔女に、俺はやれやれと頭をかいた。

 なんだか少しすれ違っているような気もするが、戦わなければもはや口すら聞いてくれなさそうだ。


「分かったよ。どっちかが気絶するか『参った』って言ったら勝負あり。それでいいか?」


「いいでしょう。受けて立ちます」


 俺はメンバーたちの前に進み出ると、魔剣を抜かずに拳を構えた。

 砂の魔女が俺たちのことをどう思っているかは分からないが、俺には彼女を必要以上に傷つけるつもりはないからだ。


「なぜ腰の剣を抜かないのです? 手加減のつもりですか?」


「いや、違うよ。これは俺のわがままさ」


「私のこと、バカにしていますね! それとも、女だからといって舐めているのですか! 後悔しても知りませんよ!」


「だから、そんなこと言ってないだろ!」


 妙にずれた会話を交わしながら、俺と砂の魔女の勝負は始まった。

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