92話「アーシャからの贈り物」
イルスティナを通過するにあたって、大きく分けて二つのルートがある。
前回ラピスタンを目指す際に通ったのは、山脈を横切る南ルートだった。アーシャの命が狙われていたから、少しでも早く着けるようにということでそちらを選んだ、というのは記憶に新しい。
一方、今回俺たちが選んだルートは、平地を行く北ルートだ。こちらは時間がかかるものの、街道が整備されており、また地形の起伏が少ないため歩きやすい。
現時点では別に急ぐ旅でもないし、安全にゆっくり進んだ方がいいだろうと思ったのだ。
そんなわけで、イルスティナの北方に位置する町ダグに到着した俺たちは、久しぶりに冒険者ギルドへと向かっている。
街中で幽霊騒動が起きては困るので、エーリカには透明化して上手く隠れてもらった。どこにいるのかは分からないが、みんなの会話はしっかり聞いているので大丈夫とのこと。
「どうする? 久々に依頼でも受けるか?」
「ありだね。それと、賢者の末裔について情報収集もしておきたい」
「そうだなぁ。なしのつぶてじゃなぁ」
ケシムが封印された暁光の杖の行方は未だつかめていない。
そろそろ手がかりの一つでもほしいところだ。
俺たちは若干の期待を抱きながら、冒険者ギルドに足を踏み入れた。
都市部にあるギルド支部と比べると建物は小さいものの、十分な活気がある。
聞き込み調査をするため、俺は早速カウンターのスタッフに話しかけた。
「すいません、ちょっと聞きたいんですけど」
「なんでしょうか」
サイドテールの女性はにこやかに俺を見返した。
ここは単刀直入に聞くのがいいだろう。
「この辺りで物騒な事件ってありませんでしたか? 人が誰かに殺されたり、襲われたり」
その女性はあごに手を当てて考え込んだ。
「物騒な事件、ですか? うーん、私が知っている限りでは、そういうことは特に起きていませんね」
「そうですか」
「何かそれらしい情報が入ってきたら、お伝えしますよ。冒険者カードを拝見してもよろしいですか?」
「あっ、はい」
俺はバックパックから冒険者カードを取り出し、スタッフの女性に手渡した。
女性は慣れた手つきでそのカードを機械に読み込んでいく。
すると彼女は、途端に驚いた様子で目を見開いた。
「アケビ・スカイ様。とてもいいニュースがあります」
「なんですか?」
「冒険者ランク、Sランクに昇格なさっていますよ」
「えっ?」
俺は耳を疑った。そう簡単にSランクには昇格できないと聞いていたからだ。
「昇格した理由とか分かりますか?」
「少々お待ちくださいね」
スタッフの女性は大慌てで機械を操作した後、画面を凝視しながら口を開いた。
「ラピスタンにおける紛争解決に多大な貢献をしたため、と書いてありますね」
「そうですか」
俺はそこで合点がいった。これは間違いなくアーシャの推薦によるものだ。
アーシャが言っていた「プレゼント」というのは、このことだったのだろう。全く、粋な真似をしてくれる。
そのとき、俺とスタッフのやり取りを横で聞いていたシエラが身を乗り出し、会話に割って入った。
「妾は!? 妾はどうじゃ!?」
「ビヨンドのクランメンバーの方ですね? いまからお調べ致します」
機械をいじくった後、スタッフの女性は首を横に振った。
「他の方々は残念ながら変動なしのようですね」
「ああ、そうか……」
シエラは肩を落とし、がっくりとうなだれた。
せっかくあれだけ活躍したのに昇格なしとは、他のメンバーたちが不憫ではある。とはいえ、昇格の基準がブラックボックスである以上、仕方のないことだった。
「アケビ! 頑張ってよかったね!」
「ああ、そうだな」
ニアは自分のことのように喜んでいる。
昇格したと言われても実感がいまいちわかない俺だったが、その様子を見ていると釣られて少し嬉しくなってきた。
「そういえば、Sランクっていうと最上級ランクですよね。何か特典とかあるんですか?」
「はい、ございます」
ユウキの質問に対し、スタッフの女性はすらすらと返答した。
特典は多岐にわたっており、協賛する店舗におけるギフトや割引、依頼の優先受注、そして高難易度の依頼のあっせんなど、様々なメリットがあるようだ。
「すごいじゃないか、アケビくん。いいことがいっぱいだ」
「これからはご相伴に預からせてもらうぞ」
「おう、大船に乗ったつもりでどんとこい」
俺は胸を叩いた。マスターとしてクランに貢献できるなら、それほど嬉しいことはない。これからはSランク冒険者の特権をじゃんじゃん使っていこうと思った。
「それでは、これから冒険者カードを更新して参りますね。少々お待ちください」
「お願いします」
俺の冒険者カードを持って、スタッフの女性は奥に入っていく。
それからしばらくして、戻ってきた彼女が手に持っていたのは、光り輝くプラチナのカードだった。
「こちらが新しいカードになります。どうぞお確かめください」
「ありがとうございます」
天井のライトに当てると、表面の加工が光を反射して輝きを放つ。宝石のようなその美しさに、俺は思わず息をのんだ。
「これがSランクの冒険者カードかぁ」
「きれいだね!」
「初めて見たよ。そうそうお目にかかれるものじゃないからね」
〈すごいのだ! おめでとうなのだ!〉
「くぅっ、先を越されちまった! すぐに追いつくかんな!」
「妾もじゃ!」
それぞれが十人十色の反応を返す中、俺は自分のカードを恐る恐るバックパックにしまい込んだ。なくしたら大変だからな。
「それじゃ、次は掲示板でも見るか」
「了解」
Sランク冒険者として上手くやっていけるかどうか、若干の不安を感じながら、俺は掲示されている依頼書やチラシを物色するのだった。