9話「乙女の決意とその実力」
いつもと変わらない朝。俺が依頼をこなしに出かけようとしていたとき、それは起こった。
「アケビ」
「ん、どうしたニア?」
いつもは笑顔で送り出してくれるニアが、今日は引き止めてくる。
寂しくなってしまったのかと思いながら俺が向き直ると、ニアの口から思いもよらぬ一言が飛び出した。
「わたし、冒険者、なる!」
「うぇえ!?」
どこからそんな言葉を覚えたのか、ニアの発言に俺は驚いた。
ニアは指を出して数えながら言葉を続ける。
「冒険者一人、アケビつらい。冒険者二人、アケビうれしい」
つまり、一人だと大変な依頼でも二人なら楽にこなせると言いたいわけか。
「無理に冒険者にならなくてもいいんだぞ? 俺はニアに痛い思いをしてまでお金を稼いでほしいとは思ってないんだ」
「わたしとアケビ、同じになる……!」
ニアはそう言うと、パンチを何発か空中に向かって繰り出した。
そうか、同じ戦場に立ちたいということか……。俺としてはあまり嬉しくない提案なのだが、どうしてもそうしたいというのなら止める権利はない。
「分かった。一緒に登録しに行こう」
「ありがとう、アケビ!」
ニアは笑顔でぎゅっと抱きついてきた。
急にそういうことをされると、ドキドキするのでやめてほしいのだが。ニアのスキンシップはどうにもダイナミックで困る。
そういうわけで、楽しそうにスキップするニアを連れて、俺は冒険者ギルドへと向かった。
ニアはこの街並みをすっかり見慣れたようで、別段驚くこともなくなっていた。
嬉しいことだが、あの驚きようをもう見られないと思うとちょっぴり悲しい。
ギルドにつくと、俺は顔見知りになった女性スタッフのリルラに手を挙げて挨拶した。
「こんにちは、アケビさん。精が出るわね」
「おはよう、リルラ。今日はちょっとお願いがあってきたんだ」
「はい、なにかしら?」
「ニアの冒険者登録をさせてくれ」
俺がカウンターに肘をかけながら言うと、リルラは俺の隣に立っているニアの方をのぞきこんだ。
「あら、そちらのお嬢さんがニアさん? こんにちは」
「こんにちは!」
「やる気満々って感じね。それじゃ、ちゃちゃっと登録しちゃいましょうか」
差し出された用紙に記入して手渡すと、リルラは手際よく冒険者登録を済ませてくれた。
ニアは手に入れた冒険者カードをキラキラとした目で見つめている。
「さて、冒険者についての説明はいるかしら?」
「ああ、いらないよ。必要なら俺から教えるから」
「ふふっ、私のお仕事なくなっちゃったわ。それじゃあ、これで手続きはおしまいよ」
リルラは笑いながら両手を開き、肩をすくめた。
俺は礼を言うと、ニアを依頼書が収納されている木箱のところへ連れていった。Gランクの冒険者でも受けられる依頼を探すためだ。
「えーっと、これとこれと……これだな」
俺が選び取ったのは、採取依頼が二つと討伐依頼が一つ。俺は左手に前者を、右手に後者を持ってニアに向き直った。
「楽なのとつらいの、どっちがいい? こっちの二枚は楽ですぐに終わる。こっちの一枚は戦わないといけないからつらいぞ」
「つらいの!」
「えっ、お前大丈夫なのか? 戦闘できるか?」
「大丈夫! ニアつよい!」
ニアは不敵な笑みを浮かべながらえっへんと胸を張った。もしかして、とんでもない戦闘力を秘めているとか、そういう流れだったりする?
まあ、危なかったら俺が手助けしてやればいいか。そう思い、俺は討伐依頼の依頼書を手に取ってカウンターに戻った。
「これ、頼むよ」
「分かりました。Gランク以上ってことは、二人で受けるのかしら?」
「ああ、そういうこと」
「上手くいくといいわね、二人パーティ」
リルラは会話をしながら俺たちの冒険者カードを読み込むと、しなやかな手つきで返却してきた。
「はい、登録完了よ。いってらっしゃい、頑張ってね」
「ありがとう! いってきます!」
丁寧にお辞儀をするニアに、リルラはにっこりと笑いかけた。冒険者として初々しいニアの姿が可愛らしく見えたのかもしれない。
俺たちは冒険者ギルドを出て、キセニアの北部にある峠に向かって歩いていく。
達成目標はそこに出るゴブリンの討伐だ。
いまの俺の実力なら簡単に倒せるし、ニアの力量を試すにはもってこいだろう。
道を進むに連れて、景色は平地から段々と坂に変化していった。
俺たちは木々に囲まれた坂道を上りながら、周囲に気を配る。そう簡単に現れるとは限らないが、周辺で張っていればそのうち遭遇できるだろう。
頻繁に出現が確認されている位置につくと、俺たちは草むらに身を隠した。
そして静かに待つこと十分、いや十五分くらいだろうか。大きな荷車を馬に引かせた一人の商人が道を通りかかったときだった。
「ギィーッ!」
「ひ、ひいっ!」
どこからともなく現れた五匹のゴブリンたちが、荷車に群がった。商人は腰を抜かしてへたり込んでしまった。
俺は道に躍り出ると、拾った石をゴブリンたちに投げつけた。
「ギ……?」
「やい、お前ら! こっちを見ろ!」
そう叫んだ途端、ゴブリンのターゲットが荷車からこちらに向かう。
いちおう〈熱感知〉で総勢何匹かを確認しておく。よし、他にはいないみたいだ。
「早く逃げてください!」
「は、はい……!」
商人は馬を急き立てながら逃げていく。
それを追いかけようとする一匹のゴブリンに、俺は〈身体強化〉と〈質量操作〉を使って、拳大の石を豪速球で投げつけた。
「テメェの相手はこっちだろうが」
「ギィ……!」
怒ったゴブリンたちは、こちらに向き直ると、棍棒を振りかぶって襲いかかってきた。
「ニア! 何か出来るのか!?」
今回の目的はニアの戦闘力を知ることだ。俺が倒しては意味がない。
ちなみにニアのユニークスキルは〈動作予知〉。簡単に言えば相手の動きを予知することができるスキルで、使い方によっては様々な用途に使えそうだ。
ニアは早速〈動作予知〉を発動すると、杖を体の前に構えた。
「いくよ! erif oreom!」
ニアがそう唱えると、杖の先端についている魔晶石が輝き、巨大な火の玉が飛び出した。
それは一匹のゴブリンの頭部を寸分違わず穿ち、撃沈させた。
「おお……!」
「erif oreom!」
ニアはさらにもう一度呪文を唱える。もう一匹のゴブリンが火球にぶつかって散った。
残りは三匹。火球の威力に若干たじろいでいるゴブリンたち目掛けて、ニアは最後の呪文を詠唱する。
「rednuht ekorodot!」
魔晶石から放たれた指向性のある電撃がゴブリンたちをバチバチと貫く。その直後、やつらは倒れて動かなくなった。
「す、すごいじゃんかニア……!」
「言った、ニアつよい!」
「おう、そうだな! ニア強い!」
俺はニアと満面の笑みでハイタッチした。
これなら俺が補助してやる必要はない。立派な冒険者としてやっていけるに違いない。
俺はゴブリンのもっている持ち物を漁ると、バックパックにしまった。光り物が好きなのか、宝石や貴金属などの高級品が多い。
おそらく大部分は盗品だろうが、こういう魔物の所持品は基本的に全て冒険者がもらっていいということになっている。おかげで、今回は結構稼げたはずだ。
「よし、帰ろうか」
「うん」
ニアは率先して意気揚々と歩き出した。
今回の戦果は全てニアのおかげだ。今夜はごちそうにしてあげようと思う。