82話「アケビvsバリー その1」
ついにユニークスキルを発動したバリーは高々と両手を挙げ、叫んだ。
「我が重圧の前にひれ伏せぃ!」
その瞬間、謁見の間全体がずしんと揺れた。天井からはパラパラと塵が舞い落ちる。
バリーのユニークスキルは〈重力操作〉。自分を中心として一定範囲内の重力を操れる、という規格外のスキルだ。普通の相手なら、体を動かすことさえままならないだろう。
当然、重力を加えられた俺も床にへばりつく。バリーの予想によれば、そのはずだった。
「ん? どうかしたか?」
俺はその場に立ったまま、あっけらかんとバリーを見つめた。
一瞬の沈黙の後、バリーはたじろいだ。
「な、なにぃっ!? ならばもう一度! ひれ伏せぃ!」
今度は俺に向かって右の手のひらを向けながら、〈重力操作〉を発動する。しかし、やはり俺はピンピンしたまま何食わぬ顔で立っている。
それもそのはず、俺には〈質量操作〉のスキルがある。空間の重力が大きくなったなら、それに合わせて体を軽くすればいいだけの話だ。
だが、そのことを知らないバリーはあんぐりと口を開けた。
「バカな! 俺のスキルが通用しないだと!?」
「遊びはもう終わりか? 来ないならこっちから行くぞ」
「ふざけた真似を……!」
バリーは明らかに狼狽しながら俺に斬りかかってきた。渾身の〈重力操作〉が通用しなかったことが影響しているのか、太刀筋に精彩を欠いている。
俺はバリーの剣を跳ね上げると、〈身体強化〉と〈加速〉を使って、やつの胴体を袈裟懸けに斬りつけた。
魔剣はバリーの黒い鉄鎧をバターのように斬り裂き、その内側にある身体まで刃を通した。
「ぐっ……!」
バリーは追撃のために翻った魔剣を打ち据えながら、一歩後退した。
(このまま押し切る!)
俺は手数を増やしながら、バリーに向かって詰め寄っていった。
俺の上段からの二連撃を、バリーは辛うじて受け止める。その直後、俺は横薙ぎに剣を振るった。ガードの上から刃が右肩に食い込み、バリーは苦悶の表情を浮かべた。
続いて、俺はやつの脇腹目掛けてミドルキックを放った。その速度に対応しきれず、蹴りをもろに食らったバリーは、体を折り曲げながら肺の空気を吐いた。
それを見た俺は、下がったあごをかち割るようにして魔剣を振るった。とっさに体をひねることで危うく回避したバリーだったが、わずかに斬られた頬を血がつうっと伝う。
そうして何合も切り結ぶうち、バリーは段々と防戦一方になっていった。時折攻撃を受けながら、なんとか体勢を立て直そうとするも、上手くいかないようだった。
「やむを得ん……!」
俺の魔剣を弾き返したバリーは、ふわりと大きく飛びずさると、近くにある窓を開けて身を乗り出した。
「おい! 逃げる気か!」
「なんとでも言え!」
何の躊躇もなく窓から飛び降りたバリーを、俺は目で追いかけた。どうやらやつは城の裏手にある扉に逃げ込んだらしい。
俺は〈粘着〉を使って城の外壁を降りていった。そして、バリーの後を追って小さな扉をくぐり、地下に向かう階段を下っていく。
(ただ単に逃げたいなら、城の外に出ればいいだけの話だ。それなのに、こんなところに逃げ込んで、一体何を……?)
バリーの意図が読めず、困惑しながらも歩を進めていくと、そのうち大きな地下室へたどり着いた。
壁にはマナランプが等間隔で並んでおり、ぼんやりと部屋を照らしている。
石畳の床には、刻まれた幾重もの魔法陣が鮮やかに光り輝き、その中央にはバリーが立っている。
得体の知れない魔法陣の中にいきなり踏み込むと、何が起こるか分からない。俺は十分に警戒しながらバリーを見据えた。
俺の存在に気がついたバリーは、両手を広げた。
「この魔法陣が何だか分かるか?」
俺が黙りこくっていると、それを否定と受け取ったのか、バリーは饒舌に語り出した。
「この国では古来より、『世界の果て』と呼ばれる、無尽蔵のマナに満ちた空間を活用してきた」
バリーはその場でしゃがみ込み、陣の内縁に手を当てる。
「内側にあるのは『世界の果て』からマナを引き出すための陣だ。そしてそれを囲むようにして、魔物細胞を活性化する陣を刻み込んである」
それは、ルイさんが復元してくれた宵闇の蔵の魔法陣と瓜二つだった。どうやら、あの魔法陣は「世界の果て」とこちらの世界を繋げる効果を持つらしい。
「そして、この私の体にはアビスデーモンの細胞が組み込まれている。それが一体どういう意味なのか、バカなお前でも分かるだろう?」
アビスデーモンといえば、討伐難易度Sランクの強力な魔物である。つまり、それだけの強さを持つ細胞をバリーは取り込んだということだ。
それが魔法陣で活性化されたらどうなるかは、想像に難くないだろう。
「まさか……!」
「気がついてももう遅い!」
空中に開いた次元の穴から、バリーの体に向かって、マナの奔流が流れ込んでいく。
「おおお……! 来た……来た、来た!」
バリーは恍惚の表情で両腕を広げた。やつの肉体が、人間のものから魔物のそれへと変質していく。
俺は身の危険を承知で駆け寄り、変身中のバリーに斬りかかった。
しかし、バリーはそれを片手で正確に白刃取りすると、ちっちっと舌打ちしながら指を振った。その手はすでに、鋭い爪が生えた黒い悪魔の手になっていた。
「邪魔は良くないなぁ!」
バリーは俺の腹部に前蹴りを加えた。とっさに〈硬化〉した俺だったが、その蹴りのすさまじい威力には耐えきれず、壁まで吹き飛ばされた。
「がはっ……!」
やがて変身を終え、全身真っ黒な悪魔と化したバリーは、首をコキコキと鳴らしながら、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「さあ、第二ラウンドと行こうか!」
両の拳にマナを纏いながら、バリーは言い放った。
魔物の肉体に変貌を遂げるまで魔物細胞を取り込んだバリーの実力は未知数だ。
だが、やるしかない。ここでやつを止めなければ、もっと多くの犠牲者が出る。そして、それができるのは俺しかいないのだ。
俺は心の中で自分自身を奮い立たせると、立ち上がって魔剣を構えた。




