81話「ユウキvsマリウス」
イシュレムの城下町を眼下に据える広々としたテラスで、ユウキとマリウスは互いに剣を打ち合っている。
驚くべきことに、雷魔法で加速したユウキの動きにマリウスはピタリとついてきていた。
ユウキが斜めに斬り上げた刀を、マリウスは身をひねって避け、反撃の横薙ぎを繰り出す。ユウキはそれを刃の根元で的確に受け止めた。
「ぐっ……!」
力負けしたユウキは、押し返されて体勢を崩した。そして、その隙を見逃すマリウスではない。魔剣の刃がガードの隙間を蛇のように縫って、ユウキの左肩を切り裂いた。
ユウキは新たに開いた傷をかばいながら距離を取った。
血はそこまで出ておらず、関節も普段通り動かせることからして、辛うじて浅い傷で済んだようだ。
再び刀を構え、マリウスに対峙するユウキ。
肩で息をし、額に汗をにじませているユウキに対して、マリウスは呼吸を全く乱さず、汗一つかいていない。
「どうしたんだい? 休憩タイムかな? いいよ、少しだけ待ってあげる」
「はぁ……はぁ……」
屈辱的な煽り文句を投げかけられても、ユウキには返す言葉がない。本当にスタミナが足りないのだ。
ユウキとマリウスの間には、それだけの実力差があった。
「はぁ……一つ、気づいたことがある」
「なんだい?」
「このままじゃ、私はお前に勝てない」
「だろうね」
マリウスは手首を使って魔剣を器用にくるくると回しながら首肯した。その仕草には圧倒的な余裕がうかがえる。
「それでも、私はお前に勝ちたい」
「だったら、どうするんだい?」
マリウスは、戦闘中の敵に語りかけているとは到底思えない、極めて穏やかな口調で問いかける。
ユウキは両手でぐっと刀の柄を握りしめた。
技量でも筋力でも速度でも負けている。いまの言葉通り、このままではマリウスに勝つことは絶対できないだろう。
ならば、別の手段を取るしかない。
「私は、もう一段上に行く――!」
バチッと音を立てて、ユウキがその場から消えた。刹那、マリウスの脇腹が切り裂かれ、鮮血が噴き出す。
マリウスは困惑した表情で、背後に立っているユウキを振り返った。
「なんだ、その姿は……!?」
ユウキの全身は帯電しながら光り輝いている。まさに雷の化身であった。
「もう誰にも負けない。そう誓ったんだ」
それは、ユウキが茨の魔女に敗北した後、旅路の中で編み出した新たな魔法だった。
先ほどまでユウキが使っていた魔法は、あくまで身体の筋力や反応速度を強化するだけのものだ。それは人体が出し得るギリギリのラインまでスピードを高めることができる。
一方、ユウキが今回新たに考案した魔法は、通常の雷魔法において空中の魔素を雷に変換するのと同様に、自らの肉体を雷に変換する。
これまでとは比較にならないほど高速で動ける反面、少しでもマナ操作を誤れば肉体が電気となって四散する、非常に危険な魔法だ。
しかし、ユウキには覚悟があった。この命を賭してもマリウスに必ず勝つという、強い覚悟が。
「いくぞ、マリウス。いままでとは一味違うぞ」
そう言い終えるや否や、バチッと音を立てて、ユウキが姿をくらます。マリウスは魔剣を縦に構え、なんとかユウキの一撃を防ぐことに成功した。
そう思ったのも束の間、右の太ももがざっくりと切り裂かれ、マリウスはわずかによろけた。
「っ……!」
間髪入れず、次の攻撃がマリウスを襲う。
マリウスは斬撃のうち一部を防ぐのがやっとといった体で、全身を着実に切り刻まれていった。
しかし、彼の両の瞳に灯る闘志はまだ消えていなかった。獲物が来るのを待ち受ける狼のように、鋭い視線を巡らせる。
そして、マリウスは目を大きく見開いた。高速で動き回るユウキの姿をついにとらえたのだ。
その雷は刀を携え、マリウスの下に正面から真っ直ぐ向かってきている。
いくら速いとはいえ、それは極めて直線的な動きであり、マリウスの実力をもってすれば対応できないものではなかった。
マリウスは突進にタイミングを合わせ、魔剣を思い切り横に振り抜いた。飛び込んできたユウキの胴体が真っ二つに切断され、全身がバチバチと音を立てながら飛散する。
その直後、マリウスの耳元で声が響いた。
「残念、それは分身だ」
腹部を背中まで貫かれたマリウスは、がくりと膝をついた。
刀身を引き抜いたユウキは雷魔法を解き、刀の切っ先をマリウスの顔に向けた。
「〈心眼〉の弱点は、相手の動作を見てから予測が発動することだ。だから、動作が見えなければ予測はできないし、予測できたとしても体が反応できなければ意味がない」
「その通りだ、よく分かったね。完敗だよ」
マリウスは魔剣を床にそっと置くと、嘆息しながら両手を挙げた。ユウキは気を抜かずに刀を向けたまま、その姿を見下ろす。
「でも、剣士としては私の負けだ。マリウス、あなたはとても強かった。魔法がなければ勝てなかった」
「戦いは勝つか負けるか、それだけだよ。そうだろう?」
そう言いながらよろりと立ち上がったマリウスに、ユウキは警戒の目を向ける。それを一瞥したマリウスはふっと笑った。
「ああ、大丈夫だよ。もう君に攻撃する気はないから。その刀を納めてくれないかな」
ユウキは少し考えた後、ゆっくりと刀を鞘に納めた。マリウスは腹を手で押さえながら、ユウキに懇願するような視線を向けた。
「それより、一つだけ頼みがあるんだ。テラスの端まで僕を連れていってほしい。最後にこの街を一目見たいんだ」
「……分かった」
ユウキに肩を借りて歩いていくと、マリウスはテラスの手すりに寄りかかった。ここからはイシュレムの街並みが一望できる。
「本当に良い国だよ、ラピスタンは。これからもっと良くなる、その様子を見届けられなくて残念だよ」
マリウスはしみじみと呟いた。それを横目に、ユウキは口を開く。
「大丈夫。これからは王女様がしっかり統治するから」
「君たちのリーダーが、バリー様に勝てるとでも?」
「ああ、勝つよ。アケビくんは強いからね」
ユウキは心からそう言った。
マリウスは何か言いたげにしばらくユウキの顔を眺めていたが、やがて観念したように目を閉じた。
「そうかい」
かくして、全ての五大将は「ビヨンド」メンバーの前に破れることとなった。
残るは敵の総大将バリー・ホーガン、ただ一人である。




