80話「関係ない」
タオファと別れた俺は、並み居る雑魚兵士たちを倒しながら、ひたすらに城内を駆け回っていた。
「どこだ、バリー!」
まさか、すでに城外に避難してはいないだろうな? なかなか厄介なことになるから、それだけは勘弁願いたいところだ。
そうして道に迷いながらも闇雲に進んでいると、ようやくそれらしい大きな階段を発見した。重厚な手すりがついており、いかにもという雰囲気だ。
俺はその階段を一段飛ばしで駆け上がり、両開きの大扉の前にたどり着いた。白いその扉には豪華な金色の装飾がされており、これまでに通ったドアとは一際違う存在感を放っている。
俺は間違いなくここにバリーがいるだろうと直感した。金色の取っ手に慎重に手をかけ、ゆっくりと開いていく。
そして俺の眼前に現れたのは、大きな広間だった。
壁際には、白い石造りの太い柱が立ち並んでいる。それと同じ素材でできた床には、長い赤絨毯が敷かれ、玉座に向かって続いている。
天井にはランプ式のシャンデリアが設置されており、室内を明るく照らしている。
おそらく、ここが謁見の間だろう。
部屋の中央奥にある大きな玉座には、一人の男が腰掛けている。黒い鉄鎧を身につけたその男は、茶髪を後ろに撫でつけてオールバックにしており、左まぶたには縦に大きな傷痕がついている。
そしてその左手には、赤ワインで満たされたワイングラスを握っている。
「我が城へようこそ、アケビ・スカイ」
「ようやく会えたな、バリー・ホーガン」
バリーは右手を優雅に広げながら微笑んだ。
俺は一歩一歩踏みしめながら、やつの下に近づいていく。
「君がここに来た理由は分かっているよ。あらかた、あの元王女様に唆されたんだろう?」
ふんと鼻で笑った後、バリーは首を横に振った。
「しかし残念ながら、俺と君が戦う理由はない」
「こっちにはあるんだよ」
立ち止まって魔剣の柄に手をかけた俺に対し、バリーは動じることなく、こちらに手のひらを向ける。
「まあ、とりあえず話を聞け。君にもよく分かるように説明してやる」
俺の不審な眼差しを受け取ったバリーは、ワイングラスを脇のテーブルに置いて立ち上がった。それから腰に手を当てて、おもむろに玉座の前を歩き始める。
その動作は極めて無防備で、戦う意思を全く感じなかった。俺は少し肩透かしを食らった気分になりながら、剣の柄にかけていた手を仕方なく下ろした。
「だって、そうだろう? この国に関係のない、ただの冒険者である君が、俺と戦う道理がどこにある?」
「それは……」
とっさに言い返せず口ごもる俺を見て、そうだろうと言わんばかりにうなずくと、バリーは話を続けた。
「この内戦は徹頭徹尾、このラピスタンという国の政治的な問題だ。そういうものは全て関係者に任せて、部外者は黙っておくべきだ。そうは思わないか?」
バリーは両手を広げて熱弁した。
それは耳当たりの良い言葉に聞こえた。理屈としても、一本筋が通っているように思える。国内の事情は国内だけで解決すべきだと言われたら、たしかにそうなのかもしれない。
しかし、それをクーデターの首謀者が言うとなると話は変わってくる。「俺の下剋上に文句を言うな」などと、そんな言い訳が通用するわけがないだろう。
それにそもそも、いまの俺にとって、そんな細かい話はどうでもいいことだった。
「関係のないことをごちゃごちゃ言ってるのはお前だろ」
「なに……?」
冷たいように思われるかもしれないけど、俺はラピスタンのために戦っているわけではない。
両親を失った悲しみと怒りに暮れるアーシャのため、そして自分自身の夢に近づくために戦っているのだ。
だったら、いまやるべきことはただ一つだ。
「俺は! お前を! ぶっ飛ばしに来たんだ!」
俺は勢いよく魔剣を抜き払った。
それを目にしたバリーは、自分の頭に手を当てながら肩を震わせた。
「くくく……はははは! これだから知的レベルの低い人間は困る! 分かった、俺が直々に相手をしてやろう。ただし後悔するなよ?」
バリーも俺に続いて、腰の白刃を抜き払う。
お互いに剣を構え、対峙する。
〈動作予知〉は、この男がのっぴきならない戦士であることを告げていた。さすが、一国を乗っ取るだけの実力はあるということらしい。
俺はタイミングを見計らって駆け出した。まずはユニークスキルを使わず、相手の出方を探る。
バリーもその点については俺と同じ考え方だったようで、何のスキルも使わず真っ当に切り結んできた。
俺たちは五合、十合と刃をかち合わせた。
膂力では向こうに軍配が上がるが、剣を振るうスピードについてはこちらが一枚上手だ。
太刀筋は違えど、互角の戦いであると言えた。
そうしてだいたい相手の力量が分かったところで、いったん距離を取り、互いに様子をうかがう。
「俺が送り込んだ刺客を葬ってきただけのことはあるな」
「他人事みたいに言いやがって。部下たちのことをなんとも思ってないのか?」
「強き者が勝ち、弱き者が敗れる。ただそれだけのことだ」
バリーは顔色一つ変えずにさらりと言い放った。
どうやらこの男、頭のてっぺんから爪の先まで全くの冷酷軍人らしい。仲間を大切にする俺とはやっぱり相容れないみたいだ。
「では、ここまで乗り込んできた勇気に敬意を表して、俺の本気を見せてやろう!」
バリーのまとう雰囲気が変わり、俺は身構えた。
(来る……!)
「はっ!」
そしてついに、やつのユニークスキルが発動した。