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79話「ニアvsゾフィ」

 ニアとひげの老人ーー五大将ゾフィはそれぞれ部屋の端に立って向かい合っている。各々の両手には、魔法を撃つ際に触媒となる杖が握られている。


「貴様、魔道士だろう? 撃ってくるがいい」


 それを聞いたニアは、ムッとした顔でゾフィをにらみつけた。


 (こと)に魔道士同士の戦いにおいて、先手を打つというのは非常に重要な要素である。後手は相手が打った魔法に対応することを否応なくにも迫られるからだ。

 その手番を目の前で譲られたということは、侮辱にも等しい舐めプレイだった。


 ニアは杖をかざし、ヤンテ語の呪文を詠唱する。杖全体にマナがほとばしり、先端の魔晶石が光り輝く。


「emalf erakaseom!」


 声の響きに応じて空中に巨大な火球が出現し、ゾフィに向かって飛んでいく。しかし、彼はそれに対応する素振りなく、杖を構えたまま直立している。


 やがて、ニアは目を剥いた。火球はゾフィに当たる寸前で、何かに弾かれたかのように四散したからだ。


「ふぅん、こんなものか。大したことはないのう」


 ゾフィはほうとため息をつくと、攻撃が効かずに呆然とするニアを見据えた。


「こんな小娘、一発で捻り潰してくれるわ。ヴァル・カグファ!」


 その詠唱に応じて、空中に巨大な火球が出現した。ゾフィが杖を振るうのに合わせて、その火球が飛来する。


「rairrab egesuf!」


 我に帰ったニアは、冷や汗をかきながら慌てて詠唱した。ドーム状の半透明な膜がニアの全身を覆い隠す。

 しかし火球がぶち当たると、そのバリアは徐々にひび割れ、そのうち形なく崩壊した。

 迫りくる火球の余波がニアの全身を包み、容赦なく焼き焦がす。


「きゃああああああっ!」


 絶叫とともに、着弾した辺り一帯を煙が覆う。ゾフィは肩をすくめながら背を向けた。


「他愛もない。未熟な魔道士がワシに楯突くなど、百年早いわ」


「rednuht ekorodot!」


 そのとき、一筋の電撃が煙の中から走り、バチンと音を立てて弾かれた。


「ぬう?」


「わたし、まだやれる……!」


 晴れた煙の中から現れたのは、まだしっかりと自らの足で立っているニアの姿だった。先ほどの一撃で左足を損傷した彼女は、両手で杖に寄りかかって体重を支えている。


小癪(こしゃく)な。すぐに倒れていれば楽だったものを。まあいい、次で終わりにしてやる」


「そんな簡単に終わらせない!」


「ほざけ、死に損ないめ!」


「emalf erakaseom!」


「ヴァル・コルド!」


 詠唱を終えた二人の間で火球と氷塊が衝突し、轟音を上げながら爆発する。

 それからニアは、その結果を見終える前に、間髪入れずに叫んだ。


「trobrednuht ekadukihcu!」


 生み出された雷の奔流がゾフィに襲い掛かる。しかし、それはやはりゾフィの体に直撃する直前で弾かれ、あらぬ方向へ飛び散った。


「こやつ、マナを練り上げるのが早い!」


「grebeci etateibos!」


「マグクンド!」


 続けて、現れた巨大な氷塊がゾフィに向かって飛んでいく。ゾフィは生み出した円形の大きな火の盾でそれを防いだ。

 氷塊が砕けると同時に、火の盾も原型をとどめきれずにゴシャリと潰れる。


 そこでニアはさらに詠唱を続けた。


「grebeci etateibos! grebeci etateibos! grebeci etateibos!」


「そんなバカな! 一秒も経っていないぞ!?」


 現代の魔法において、マナを練り上げる作業は必須である。

 各魔法の性質に応じた変化をマナに与え、触媒に注ぎ込む。その動作には、魔法の威力に比例して数秒から数十秒の時間を要する。それが全ての魔道士の間の共通認識だ。


 しかし、ニアはその摂理をいとも簡単に超越し、魔法を連発している。発動の手順を簡略化する魔法陣すら使わずに、だ。

 常識を逸脱したその魔法の行使を初めて目の当たりにしたゾフィが驚くのは、無理からぬことであった。


 驚愕の声を上げながら、砕け散っていく氷塊たちに思わず目を細めるゾフィ。体に直撃しないとはいえ、それが大きな脅威であることに変わりはない。


「ちいっ! ヴァル・ダンデ!」


 ようやくマナを練り終えたゾフィが杖をかざすと、空中に巨大な岩の槍が現れた。だが、放たれたそれを見据え、ニアは臆することなく詠唱する。


「teah cirtcele esukustikay!」


「複合魔法だと!?」


 電気を纏った火球が、岩塊にぶち当たる。そして、その威力を相殺した火球から電撃が放たれ、ゾフィの周囲にある見えない壁を打った。


「まずい……このままでは結界の耐久値が……!」


「nogard emalf oyesniruok!!」


「な、なんだその魔法は……!」


 ニアの杖から現れたのは、部屋を覆い尽くすほど長い体躯を持つ炎の龍であった。それはニアを護るようにとぐろを巻きながら、ゾフィを見下ろす。


「魔物の細胞で肉体を強化したこのワシが、魔法戦で負けるわけがない! 五大将になったこのワシが!」


 自分に言い聞かせるように叫んだゾフィは、最大限に練り上げたマナを杖から放出した。


「ザシュモ・コルディス!」


 天井まで伸びる巨大な氷の剣が出現し、炎龍に斬りかかる。炎龍はそれを両手でがっしとつかみ、鋭利な牙で噛み砕かんとする。


「こおおおおおおおおお!!」


「はあああああああああ!!」


 叫び声と共に、魔法がぶつかり合う。


 互いのマナを絞り出すような激闘の末、競り勝ったのはニアの方だった。

 氷剣が中ほどで豪快に折れ、目を見開くゾフィの下に炎龍が突進する。


「ぐわああああああっっっ!!!」


 豪炎に包まれたゾフィは、真っ黒に焦げながら床に突っ伏した。ニアの魔法は、その絶大な威力で彼を守る不可視の結界を貫いたのだ。


 ニアはがくりと膝をつき、ようやく一息ついた。勝ったからといって、左足の怪我がなくなったわけではないのだ。


「アケビ……わたし、やったよ……!」


 それでもニアは、敬愛する少年の名を真っ先に口にしながら、安堵の笑みを浮かべた。

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