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8話「ヤンテの悲劇」

 寂れた鑑定屋に到着した俺たちは、遠慮なく店内に入っていった。

 ヨーゼフさんは俺たちを見るなり、両腕を開いて歓迎してくれた!


「ニアちゃん! アケビくん!」


「ヨーゼフ、おはよう」


「ぐふっ、ついにペテリア語を覚えたんですね、ニアちゃん……ぐふふ……」


「なんか怖いですよ……」


 にやけるヨーゼフさんに苦笑しながら、俺は二階の書斎に向かった。


 ヨーゼフさんは机に着席すると、俺たちにも背もたれつきの椅子に座るよう勧めた。座ってみると、なめらかな木の感触が伝わってきて心地よい。


「さて、ここに来たということは聞く覚悟ができたということですな」


「ええ」


 俺とニアは互いに顔を見合わせ、うなずきあう。どんな真実であろうと、受け止めるつもりだ。


 そんな俺たちを見たヨーゼフさんは、いつになく真剣な表情で、一冊の本を開いた。


「歴史を紐解くには、まずヤンテ文明がどうして滅んだのかを説明しなければなりません」


 開かれたページの挿絵には、火山が噴火する様子と人々が逃げ惑う様子が克明に描かれている。


「火山の噴火によって、ヤンテの町は一夜にして滅びました」


「たった一晩で?」


「はい。現在の研究では、溶岩流が押し寄せてきたことにより町が埋まってしまったのだという学説が有力です」


「それで『ミダルモスの神殿』も地中に埋もれてたのか」


「おそらくそうだと考えられます」


「otoketnan……」


 ニアはその挿絵を見ながら、口をあんぐりと開けている。自分が暮らしていた文明が滅んだ原因を知ってしまったのだから、無理もないだろう。


「そして、ここからがニアちゃんに関わるところになってきます」


 ヨーゼフさんは隣に置いてあるもう一冊の本を広げた。


「ニアちゃんが身につけていたあの衣装や装身具は、ある儀式のために使われていたようなんです」


「儀式?」


「これを見てください」


 ヨーゼフさんは壁画の挿絵を指差した。そこには、台座に横たわる人間とそれを取り囲む人々の絵が描かれている。


「ヤンテには、人身御供の文化がありました。神の怒りを鎮めるため、定期的に生贄を捧げていたのです」


「生贄って……まさか」


「ニアちゃんは生贄として選ばれた人間だった可能性が極めて高い。『ミダルモスの神殿』はそのための儀式の場だったのでしょう」


 俺はひゅっと息を呑んだ。こんな若い少女が、神への生贄として命を絶とうとしていたなんて。

 いや、ちょっと待て。それでは話が合わない。


「じゃあ、どうしてニアは生きてるんです?」


 ニアは壁画の絵をじっと見つめていたが、やがてぽつりと呟いた。


「enusedonatisiappis ah ikisig……」


「何らかの要因で儀式が中断して、仮死状態のまま放置されたということなんでしょう。そして、そのおかげで奇しくも彼女は火山の噴火から生き残った」


 生贄は生き残り、他の人々は死に絶えた。なんとも皮肉な話だ。


 ずんと重い空気が室内を満たす。

 俺は何と声をかけていいのか分からず、困りながらニアを見つめた。

 ニアはしばらく黙りこくっていたが、ふと立ち上がると、笑顔で俺を見返した。


「アケビ、わたし、大丈夫! ikneg! ikneg!」


「ニア……」


 痛々しく見えるほどにニアは満面の笑みを浮かべている。

 人々を守るため神にその身を捧げようとしていた人間が、それに失敗したどころか、一人生き残ってしまった。その心中は察して余りある。


 俺はいま自分にできることは何か考え、そして実行した。


「アケビ……?」


 俺に抱きしめられたニアは、きょとんとした声音で俺の名を呼んだ。


「いいんだ、ニア。我慢しなくてもいいんだ。つらいときは泣けばいいんだよ」


「アケビ……わたし……」


 じっとしていたニアだったが、そのうちすすり泣く声が聞こえてきた。


「うっ……ううっ……」


 家族から引き離され、たった一人で見知らぬ土地に放り出されたのだ。つらくないわけがない。

 そういう意味では、身寄りのない俺も同じようなものだ。

 俺たちは心の寂しさを埋めるように、ひたすら二人で抱き合った。俺も両親のことを思い出したら段々悲しくなってきて、声を上げて泣いた。


 どれくらいそうしていただろう。俺とニアは絡めていた腕をほどくと、互いに見つめ合った。


「ニア。俺たち、頑張って生きていこうな」


「うん」


 ニアの泣き腫らした顔がなんだかおかしくって、俺は思わず笑ってしまった。すると、ニアも釣られて笑った。

 一人なら苦しい道のりも、二人なら乗り越えていける。そんな気がした。


「いやぁ、感動的なシーンでした。私もついついもらい泣きしてしまいましたよ」


「あ、いたんだヨーゼフさん」


「いましたよ! ずっと!」


 ヨーゼフさんはそう言うと、壁際に立てかけてある先端に紫色の水晶がはまった金属製の杖を手に取り、ニアの前に持ってきた。


「これはヤンテの別の遺跡から発掘された杖です。あなたのようなヤンテの末裔が持つにふさわしい杖だと思います」


「そんな、俺たち遺物を買うようなお金なんてありません」


「いえ、お代は結構。これはニアちゃんへの餞別(せんべつ)です」


 ニアはおもむろにその杖を握った。すると、先端の石が一瞬眩い光を放ち、それから静かに収まっていった。


「やはりそうだ! ヤンテの血筋に反応する杖だったんだ! もっと調べさせてください、ふふ、うふふふふぐえっ」


 気持ち悪い笑い声を上げながら近づいてきたヨーゼフさんのみぞおちを、ニアは杖で思い切り突いた。

 ヨーゼフさんはたまらず、両手で腹を押さえながらその場にくずおれた。


「ヨーゼフ、きらい」


「何もそこまでしなくても……」


 俺は苦笑しながら、未だにぐふぐふと笑っているヨーゼフさんが起きるのを手伝ってやった。


「色々とありがとうございます」


「いえ、私にはこれくらいしかできませんで。これからのお二人の生活に、どうか幸あらんことを」


 ヨーゼフさんに見送られ、俺たちは階段を降りていく。

 別れる直前、遺物に詳しいヨーゼフさんならもしかしたらと思い、俺は両親を見つける手がかりについて尋ねてみることにした。


「そうだ。一つ聞きたいんですけど、『世界の果て』という単語に聞き覚えはありませんか?」


「さあ、聞いた試しがありませんね。申し訳ない」


「そうですか。いえ、大丈夫です」


 ダメで元々、そう簡単に分かるとは思っていない。俺は重ね重ね礼を言うと、ニアを連れて鑑定屋を後にした。


「またね、ニアちゃん」


「いってきます」


「ふひっ、い、いってらっしゃい」


 ニアは露骨に嫌な顔をしながら、それでも手を振ってあげていた。

 最後の一言がなければカッコよく別れることができたのに、つくづく残念な男だと俺は思った。

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