77話「それぞれの正義」
ユウキとニアは石造りの階段を上り、大きな広間に到着した。
天井には豪奢なシャンデリアが垂れ下がり、部屋全体を明るく照らしている。
壁には垂れ幕が下がり、その上には大きな絵画が額縁に入った状態で飾られている。
部屋の中央には、木の杖を持った白髪の老人が、長いあごひげをなでつけながら立っている。
「冒険者が侵入したというからどんな奴かと思えば、ただのガキ二人じゃあないか」
「ガキで悪かったね。それで、ここを通してくれるかな?」
ユウキがそう尋ねると、老人は杖を両手で握って体の前に掲げた。
「ふん……貴様ら、中に入ったな?」
「なに?」
老人はしかめ面で杖の端を床に打ち付けた。すると、三人の周囲を囲む魔法陣が赤く光り輝き、半球状の半透明なドームが覆いかぶさるように姿を現した。
「ワシが相手になろう。二人まとめてかかってこい」
老人は人差し指をくいくいと曲げて挑発する。
刀の柄に手をかけ、戦闘態勢に入ろうとするユウキを制止すると、ニアは口を開いた。
「ここはわたし一人でやる。ユウキは先へ」
「大丈夫なのかい、ニアくん?」
「わたしを信じて、ユウキ」
その両の瞳には強い意思が垣間見えた。
ユウキはすんなりうなずき、ニアとすれ違う。
「それじゃ、悪いけど先に行かせてもらうよ」
「無駄なことだ。私の結界を壊せる者など――」
ユウキが炎をまとった刀を振るうと、結界の一部に穴が開いた。
老人はあんぐりと口を開けた。
「壊れた――ッ!?」
「これくらい壊せなきゃ魔道士とは言えないからね」
「貴様……覚えておけ! この小娘を倒したら、次は貴様を叩きのめしてやる!」
「覚えていられたらね。それじゃニアくん、頑張って!」
「うん!」
杖を持って向かい合う魔道士二人を背にすると、ユウキは両開きの扉に手をかけた。
開いた先にあったのは、傾斜の急な螺旋階段だった。
ユウキは壁面についている小さな窓から外をのぞき見る。
いまいる階の高さからして、これを上れば、おそらく最上階に着くはずだ。バリーの居所は近い。
若干の緊張を覚えながら、ユウキは段を一気に駆け上がる。
やがてその階段を上りきり、回廊を抜けると、そこには広いテラスがあった。
日の光を浴びて、鎧を身にまとった金髪の男剣士が一人たたずんでいる。
「やあ、よく来たね、冒険者さん」
剣士は穏やかな表情でユウキの方を振り返った。
透き通るような青い瞳に、掘りの深い骨格。世間では美形とされる類の顔立ちだろう。
「僕の名前はマリウス・カエサル。君は?」
「ユウキ・エンフィールド」
「へえ、いい名前じゃないか」
マリウスが微笑む一方、ユウキは肩幅に足を開き、剣の柄に手をかける。
間違いない。彼こそがラピスタン一の剣士と謳われる五大将マリウスその人である。
彼のユニークスキルは〈心眼〉。人や物のわずかな動きから結果を予測するスキルだ。それが“鷹目”と呼ばれるずば抜けた動体視力と合わさって、驚異的な戦闘力を生み出すのだという。
「単身で敵陣に乗り込み一個大隊を壊滅させた」「飛んできた魔法を全て斬り落とした」など数々の逸話を持つ彼の実力は、前ラピスタン王の折り紙つきだそうだ。
油断してかかれば、即座に斬り捨てられるだろう。
「まあまあ、そう血気にはやらなくてもいいじゃないか。少し話をしようよ」
マリウスは剣を抜かず、両手を広げながらゆっくりとユウキに歩み寄ってくる。
ユウキは引き続き警戒しつつ、その姿を見据えた。
「君たちはどうしてアーシャ王女に加担するんだい?」
「愚問だね。むしろ、私が君に聞きたいところだよ、マリウス。どうして王を裏切った?」
「ふむ」とあごに手を当てて考え込んだあと、マリウスはテラスから見える街に向かって両腕を広げた。
「たしかに、ラピスタン王は優れた統治者だった。民は豊かな生活を送ることができていたし、重臣たちはみな彼を尊敬し、忠誠を誓っていた。ただ一つ、彼に足りなかったものがある」
「足りなかったもの……?」
「あの方は優しすぎたんだよ。外交ではへりくだり、相手国から不利な条件を突きつけられる。領地に攻め込まれれば、守りに徹するばかりで、積極的に反撃しようとしない。そんな頼りないリーダーについていきたいと思うか?」
振り返ったマリウスは、右の拳をぐっと握る。
「民衆はより強い王を求めていたはずだ。バリー様はその役割を果たしただけさ」
「軍部を掌握し、クーデターを起こしてまでか?」
「そうさ」
「それは民衆の一部を犠牲にしてまでやることなのか?」
「そうだよ。改革のための必要な犠牲だったんだ、仕方ないさ」
ノエルから聞いた話を思い出しながら、ユウキはマリウスをにらみつけた。
デモを起こした人々が、鎮圧される際にたくさん犠牲になったそうだ。
いまでも、反体制的な動きを少しでも見せれば、処罰の対象になるのだという。
「『仕方ない』の一言で終わらせていいと、私は思えないけどね」
「意見の相違だね。そっちこそ、王女様の私怨に付き合わされているだけなんじゃないのかな?」
「私怨にだって正義は宿るさ」
「そうか。君たちはあくまでそういう立場に立ち続けるってことだね。残念だよ」
マリウスは腰に下げた剣をすらりと抜き払った。
その刀身は黄色く輝いている。アケビが持っているものと同じ、魔剣だ。
「それじゃあ、話し合いよりもっと簡単な方法で決着をつけようか」
「ああ、そうしよう」
言葉のぶつかり合いが終わり、力のぶつかり合いが幕を開ける。
マリウスが正眼の構えを取るのに合わせて、ユウキは腰を低く落とし、再び刀の柄に手をかけた。
しんと静まり返ったテラスで、二人はじっとにらみ合う。
そして、永遠にも思える静止状態の均衡がついに破られた。