75話「本丸突入」
後ろ手で縄につながれた俺たちは、イシュレムの城の正門をくぐり、内部へと足を踏み入れた。
石レンガで作られた重厚な城壁に囲まれており、そう簡単に攻め落とすことは出来なさそうだ。正攻法でいけばかなりの犠牲者が出るだろう。
「アニキ、そろそろ限界ですぜ……!」
エントランスホールで、スラッシュは俺に耳打ちしてきた。
兵士たちから聞き出した話では、この城には地下牢があるらしい。捕虜を連れた状態で、用のない上階にこれ以上近づけば、他の兵士たちから不審がられるだろう。
「ありがとう、スラッシュ。一階は任せた!」
「了解ッス!」
俺たちはそれぞれ縄を一気にほどいて、上階に向かう階段へと駆け出した。目指すはバリーのいる居室だ。
ぎょっとした巡回の兵士が、こちらに近づいてくる。スラッシュはそれを剣で斬り伏せた。
「ご武運を!」
「ああ!」
一階の騒ぎを聞きつけた兵士たちが駆けつけてくるのとばったり遭遇した俺たちは、それを力ずくで突破した。それがさらに騒ぎを大きくし、城内が騒然とし始める。
「五人だと動きづらい! 二手に分かれよう! タオファと俺はこっち! 残りはそっち!」
「分かった!」
とっさに口から出たチーム分けにも、理由がないわけではない。
剣士と武闘家でペアになった方がバランスがいいと思ったからだ。
俺はタオファを連れて右の廊下を走っていく。一方、ユウキたちは左の廊下を駆けて行った。
並み居る兵士たちを打ち倒しながら、俺とタオファは廊下を進んでいったが、そのうち進むべき方向が分からなくなってしまった。
「これ、どっちだ!?」
「分かんねぇ! とりあえず入ってみっぞ!」
俺たちは大扉を開き、室内に入った。
そこは大きなホールになっており、その中央では、上下赤いスーツを着た一人の男がステップを踏んでいるのが見える。
その男はこちらに気がつくと、くるりと優雅にターンしながら振り返った。
「ようこそ、冒険者諸君。まさか直接乗り込んでくるとはね」
男は短い金髪を両手で撫で付けながら、こちらへ近づいてくる。
タオファはそれを見て、腰を落としつつ構えた。
「行け、アケビ!」
「でも――」
「バリーに逃げられたらどうすんだ! おらは大丈夫だから! 行け!」
「分かった!」
俺はタオファの肩を叩いてから、男を迂回して奥の扉へと向かう。
「おっと、それは困るなぁ」
「おめぇの相手はこっちだ!」
俺の方に向かおうとする男に向かって、タオファは鋭く踏み込み、その腹に掌底を食らわせた。そのはずだった。
「がっ……!」
タオファの体は回転し、地面に叩きつけられた。攻撃を受け止めた様子もなく、男はふっと笑った。
「危ない危ない。君、見かけによらず結構パワーあるんだねぇ」
「いまのが〈回転〉か……!」
「おや、知ってたのか。それじゃ説明する必要もないね」
間違いない。やつは五大将の一人、ヘンゼル。
ユニークスキルは〈回転〉。触れたものをなんでも回転させることができるというスキルだ。
いまのはおそらく、タオファの攻撃の向きを回転させて、防御と投げを同時に行ったのだろう。単純明快にして強力なスキルだ。
タオファのことはもちろん心配だが、彼女の申し出を無碍にするわけにはいかない。
俺はみんなの無事を祈りつつ、ホールを通り抜けた。
◆◆◆
兵士たちを倒しながら、ユウキたちは赤い絨毯が敷かれた廊下を進んでいく。
「これはどっちじゃ!?」
「こっちだよ!」
「本当か、ニアくん!?」
「分かんない! なんとなく!」
アケビたちが城内で迷っていたちょうど同じ頃、ユウキたちもまた行き先に困っていた。
しびれを切らしたシエラは、ユウキたちから離れて駆け出した。
「ええい! こうなったらもう、手当たり次第に扉を開けていくか!」
「ちょっと、それじゃ時間がかかりすぎるだろう!」
「ここじゃ!」
「言ってるそばからやってるし!」
シエラは狭い廊下の突き当たりのドアを開き、中に駆け込んだ。はぐれるわけにはいかず、ユウキとニアも仕方なくそちらに足を運ぶ。
そこは開けた部屋になっており、いくつもの長机が並んでいた。その一番奥で、丸々と太った巨漢がガツガツと食事をしているのが見える。
「もごふごほごめむ? んぶはぐごもごご!!」
「何言っとるか分からんわ! ちゃんと食ってから話せ!」
シエラのツッコミに、男はごくんと口の中のものを飲み込んで、それからコップの中の水を飲み干した。
「ふぅ」
「食い終わったか?」
シエラが呆れ顔で尋ねると、男は手のひらをこちらに向かって突き出し、もう片方の手で口元を押さえた。
「あ、ごめん、待って。げええええふ!」
「汚いなぁ……」
盛大なゲップをして、口の周りの汚れをナプキンで拭き取ってから、男はようやく落ち着いた様子で口を開いた。
「君たちがビヨンドだね。バリー様から話は聞いてるよ」
「そう言うお前は、五大将のムッシュ、で合っているかな?」
「よく知ってるね! 誰かから聞いたのかな? まぁいいや。それじゃあ早速やろうか」
ムッシュは立ち上がり、拳を構える。それに倣って、ユウキたちも即座に戦闘態勢に入った。
双方がにらみあい、視線がぶつかってバチバチと火花を散らす。
そうしてしばしの沈黙が流れた後、ムッシュは唐突にぽんと手を叩いた。
「あっ、そうだ、忘れてた。一個頼みがあるんだけど、テーブルをどけるの手伝ってもらえる? このままじゃ戦いづらくて」
「「「最初からやっとけ!」」」
ユウキたちはずっこけた後、そろってツッコんだ。
とはいえ、これではこちらも戦いにくくてしょうがない。ユウキたちは仕方なく、テーブルをどかす作業に入った。
「この人、本当に強いのかな?」
「そうだと思うよ、多分ね」
敵との共同作業という珍妙な展開に肩透かしを食らいながら、ユウキは肩をすくめた。