72話「アケビvsザガン」
ザガンの手数はとても多い。それもそのはず、腕が四本あってそれぞれの手に剣を握っているから、単純計算で俺の四倍だ。それを四方から常人以上の膂力で振り回すのだから、厄介なことこの上ない。
俺は〈動作予知〉と〈身体強化〉に頼りながら、五合、十合と切り結ぶ。
徐々にだが、押し負けているのを俺は感じていた。それでも歯を食いしばりながら、剣をいなし続ける。
どんな相手であれ、必ずどこかに油断や隙が生じる。それを突いて倒すというのが俺の得意な戦い方だ。だから、いまは耐える。
そんな考えを見透かすかのように、ザガンは鼻で笑った。
「おら、どうした! 手が止まってるぞ!」
「くっ……!」
四本の腕を操っておりエネルギー消費が俺より激しいはずのザガンだが、その勢いは全く衰えない。
痺れを切らした俺は、ザガンの胸元を狙って剣を突いた。しかし、やつはそれを完全に見切っており、あえて表面にかするようにして斬撃を受けた。
「また斬ったな!」
しまった、また無駄な攻撃をしてしまった。ザガンのパワーがさらに上がり、魔剣越しに手が痺れるほどの強烈な連撃が襲いかかる。
俺はたまらず、よろけながら後退した。
「いいねえ! たぎってきた! まだやれるよな、アケビ!」
「当たり前だ!」
俺は魔剣を構え、再び突撃する。
浅く斬りつけてはダメだ。相手を〈不退転〉で強くしてしまうばかりで、こちらにメリットがない。致命の一撃を加えるのだ。
そのためには、こちらもそれ相応のリスクを負わなければならないだろう。肉を切らせて骨を断つ。これしか方法はない。
ザガンはフェイントを織り交ぜながら、連続で突きを放ってきた。俺は魔剣を使ってそれらの攻撃を横に受け流していく。
そのとき、やつは残った右下腕を横に薙いだ。なんとか受け止めて弾き返したものの、パワー差で俺は大きく吹っ飛ばされた。
度重なる刀傷を受け、ザガンの斬撃の威力はさらに強化されている。〈粘着〉で魔剣を手に貼り付けておかなければ、いまごろ弾き飛ばされていることだろう。
その後も四本の剣による乱舞をかいくぐりながら、俺はタイミングを見計らう。
そして、ついにそのときはやってきた。
(いまだっ!)
俺は〈質量操作〉で体重を重くすると、〈硬化〉した左腕で、ザガンが横薙ぎに振るう二本の剣を受け止めた。腕が千切れ飛んだかと思うほどの激痛が走り、俺は苦悶した。
それでも俺は前進をやめない。そのままの勢いで懐に潜り込み、魔剣を下から上に斬り上げた。深々と食い込んだ刃が血しぶきを上げ、ザガンは数歩後ずさった。
「ぐふっ……!」
それでもザガンはまだ倒れない。口から血を吐きながら、しっかりとその足で立っている。
「俺は退かない! 戦い続けるのが俺の生き様だ!」
ザガンはそう叫ぶと、四本の剣を自分の体に突き立て、ザクザクと斬り刻み始めた。〈不退転〉が数え切れないほど発動し、ザガンのパワーが膨れ上がる。
「なっ……! そんなのありかよ!」
「へへっ、最後まで付き合ってもらうぜ、アケビ!」
ザガンは駆け寄ると、四本の腕を力一杯に振るった。俺は本能的にヤバいと思い、それを避けた。
ごうという風切り音がして、俺の鼻先を剣の切っ先がかする。
おそらく、一撃でもまともに食らったら致命傷になるだろう。
左から右へ、そして上から下へ。流れるような連撃を俺は必死に受け流す。
とはいえ、パワーは増しているものの、負傷によりスピードは多少落ちている。上手く捌き切れないほどの攻撃ではなくなっていた。
ザガンはこちらに一歩踏み込み、下から上に向かってかち上げるような一撃を繰り出す。俺は身をひねってそれをかわした。
すると、ザガンは左上腕で横薙ぎに剣を振るった。俺は姿勢を低くしてそれを避ける。
それを見たザガンは、下の両腕を曲げ、斜め十字に剣を振るった。
俺はさらに地を這うように身を屈め、ザガンの斬撃の下をかいくぐった。
そして、やつの心臓目がけて魔剣を突き刺す。
「がっ……!」
剣を引き抜いた俺の前に、ザガンは倒れ伏した。
その瞬間、俺の体に新たな力が宿った。
〈超越模倣〉のスキルによって〈不退転〉を習得したのだ。
「いい戦いだったぜ……アケビ……! 最後の相手としては悪くねぇ……!」
ザガンは口から血を吐きながら笑う。彼が差し伸べてきた手を俺はぎゅっと握った。
そのとき、隙ありと見た敵兵の一人が、背後から俺に斬りかかってきた。
ザガンはそれを見とめると、手に握った剣をそいつ目がけて放り投げた。
「ふん!」
「がっ……!」
剣は兵士の胸部へ真っ直ぐ飛んでいき、見事に貫通した。
「俺が好敵手と喋ろうってときに手を出すんじゃねぇよ、馬鹿野郎」
「ザガン、お前……」
俺はその行為に驚いた。彼には彼なりに、戦いの流儀というものがあるのだろう。
「この俺を倒したんだ。ちんけな死に方したら承知しねぇぞ」
「ああ。当然だ」
その返事を聞いたザガンは、俺の顔を見つめながら、満足そうに目を閉じた。戦いにとことん真摯な男の最期に、俺は敬意を抱きながら立ち上がった。
「五大将ザガン、討ち取ったり!」
俺が首級を上げたのを見た敵兵たちは、どよめいた。それはやがて戦場全体に波及していき、敵兵たちは次第に戦闘を放棄して逃走を始めた。
「アケビ!」
「みんな!」
合流した俺たち「ビヨンド」メンバーは、互いの無事を確かめ合った。
敵兵たちは陣地には目もくれず、一目散に逃げていく。今度は作戦ではなく、本当の敗走だろう。
「五大将の一人を倒したんだってな?」
「すごいじゃないか。さすが我らがリーダーだ」
「まあな」
満身創痍の体を引きずりながら、俺は笑ってみせた。
ボロボロにはなったが、勝ちは勝ちだ。
その後、ザガンの撃破を皮切りに戦況は一変。ユネ盆地を完全に制圧する形となり、我々レジスタンスは大勝利を収めたのだった。
アケビの現在の所持スキル
〈超越模倣〉〈能力視認〉〈速算〉〈質量操作〉〈身体強化〉〈粘着〉〈分身〉〈地獄耳〉〈剛腕〉〈硬化〉〈熱感知〉〈動作予知〉〈縮小化〉〈加速〉〈精神防護〉〈詠唱破棄〉〈俯瞰視点〉〈雲泡〉〈隠密〉〈千里眼〉〈水面歩行〉〈不退転〉