71話「五大将現る」
ナプタから北東に進むこと数時間。俺たちは次の町フュスコへと到着した。
幸いなことに、フュスコの衛兵たちは俺たちのことを温かく歓迎してくれた。味方であることが確定し、懸案事項が一つ減ったことになる。
レジスタンスの部隊はレオンさんの指示により、本陣をフュスコの近くに構え、その北部に位置するユネ盆地に前線を張ることになった。
フュスコの街からも見える位置に、王国軍の緑の旗が見える。俺たちよりも少し早く、やつらは盆地に到着したようだった。
「状況は?」
「王国軍の先鋒隊はすでに布陣を固め始めておる」
1000人の私兵を連れて駆けつけた領主ビスクが、レオンさんに戦況を説明する。
「守りを固められては、数で劣るこちらが不利だ。機を先んじて、こちらから攻めよう。陣形や作戦についてはニコラスから説明を」
「あい分かった」
ニコラスさんとビスクが会話を始めたのを見とめると、レオンさんはこちらに向き直った。
「アケビさんたちは東側の本隊と一緒に敵陣を攻めてください。よろしくお願いします」
「分かりました」
みんな無事に生き残れるだろうか。これから戦が始まると思うと、なんだか体が震えてくる。
そんな俺の様子を見たニアは、俺の右手を優しく握った。
「安心して。わたしたち、強いから」
「そうだな」
四人とも、俺が強さを認めた仲間だ。そんな彼女たちの活躍を、そして彼女たちのリーダーである俺の活躍を、俺自身が信じなくてどうする。
「もう大丈夫だ。ありがとう」
「うん」
俺が手を握り返すと、ニアはにこりと笑った。不思議と体の震えは止まっていた。
俺たちビヨンドは、戦闘部隊の副隊長ダグラスさんが率いる本隊とともに東に陣取り、出陣の合図を待つ。
まず西側の守りの薄いところを大勢に見せかけた少数精鋭で突き、その後に隠れていた本隊が頃合いを見て攻めるというシンプルな作戦だ。
程なくして、ニコラスさん率いる先行部隊の戦闘が始まった。
戦闘の騒乱を前にしてじっと息を潜めているのはなかなかに緊張感がある。俺は何度もつばを飲み込んだ。
「全隊突撃!」
ダグラスさんはさっと立ち上がり、後方に向かって叫んだ。
鬨の声とともに隊員たちが斜面を駆け下りていく。俺たちもそれに合わせて移動を開始した。
レオンさんが言っていた通り、敵の兵力はこちらよりも多い。しかし作戦が功を奏し、我々本隊は敵の陣を横から突く形となった。そのおかげで、泡を食った敵兵たちを隊員たちが次々に倒していく。
俺たちも負けじと、それぞれの能力を活かして戦場を立ち回っていった。
魔剣の切れ味に、敵兵の鎧がバターのように切れる。ユウキの目にも止まらぬ早業に、敵兵たちは成す術なく倒れる。
ニアの雷魔法が逃げ惑う敵の群れをなぎ倒し、タオファとシエラが向かいくる敵をちぎっては投げていく。
戦場では、〈動作予知〉はもちろんのこと、タオファからもらった〈俯瞰視点〉も非常に役立った。
後ろからの見えない攻撃も、第三者の視点を使えば簡単に察知できるからだ。おかげで、不意打ちを警戒する心配なく敵と戦うことができた。
そんな風に快進撃を続ける最中、俺は違和感を覚えた。
敵兵が蜘蛛の子を散らすようにバラけているとはいえ、敵陣の内部に突っ込みすぎているような気がしたのだ。言うなれば、まんまと誘い込まれている。そんな感じだった。
(このまま敵の本陣を叩ければいいけど――)
俺がそう思った次の瞬間、右方で戦っていたレジスタンスの隊員たちが宙に舞った。
「五大将だ! 五大将が出たぞ!」
「俺の名はザガン! やり合いたいやつは俺んとこに来い!」
騒がしい戦場に響き渡るほどの大声でザガンは叫んだ。
驚くべきことに、その肩からは左右二本ずつ、合計四本の腕が生えており、全ての手に剣を握っている。
周りの隊員たちはすっかり怖気付いており、なかなかそちらに行こうとはしない。一方、戦闘に巻き込まれるのを嫌ったか、敵兵たちもザガンとは距離を置いている。
その結果、ザガンの周囲には小さなスペースが空いていた。
「なんだ、誰も来ねえのか? だったらこっちから行くぞ!」
「待て! 俺が相手になる」
俺はそれまで相手していた敵兵を一刀の下に斬り捨てると、ザガンの前に進み出た。
ザガンは俺のことをじろじろと眺めた後、嘆息した。
「なんだよ、ほんのガキじゃねぇか。期待して損したぜ」
「そんなガキに負けるとしたら?」
「はん、言うじゃねぇか。その減らず口、後悔すんじゃねぇぞ!」
ザガンは四本の剣を構え、こちらに斬りかかってきた。俺は〈動作予知〉を使い、その連撃を事もなくいなしていく。
上下から挟み込むような一撃を身を屈めて避け、斜め下からのかち上げを〈身体強化〉と魔剣で弾く。そして返す刀で、わき腹目掛けて薙ぎ払った。
ザガンはそれを慌てて剣で受け止めたが、その勢いを完全には止めきれなかったらしい。魔剣の刃が鎧に食い込み、わずかに血がついた。
すると、ザガンはにやりと口角を上げた。
「斬ったな?」
刹那、ザガンはそれまでよりも一層強い力で魔剣を押し返した。
ザガンのユニークスキルは〈不退転〉。傷を負えば負うほどに力が強くなるというスキルだ。
皮膚をかすった程度でこの変化だとすると、深手を負ったときのパワーは想像するだけで恐ろしい。隙を突いて一気に畳み掛けるのが良さそうだ。
とはいえ、そう簡単に押し切らせてくれるような相手ではない。俺は苦戦を覚悟しながら魔剣を握り直した。
「お前、名前は?」
「アケビ・スカイだ」
「活きのいいやつがまだいたもんだな! とことんやり合おうぜ!」
「俺は御免だね」
この男、どうやら戦闘狂らしい。楽しそうに嗤いながら斬りかかってくるザガンに、俺は眉をしかめながら切り結んだ。
まだ戦いは始まったばかりだ。この暑苦しい四つ腕の男をここで倒さなければ、レジスタンスの戦況は悪化に転じるだろう。
なんとしても俺がここで食い止め、倒す。俺はその決意を胸に、ザガンと打ち合っていった。