70話「大義の旗の下に」
ヤーマドに到着して数日が経った。
レオンさんに招集された俺たちは、レジスタンスの作戦会議に加わることになった。
「いよいよ動き出すんだね」
「不安か、アーシャ?」
「ううん。むしろやる気満々って感じ?」
アーシャはぎこちない笑顔を見せた。
これはおそらく、レジスタンスの今後を左右する重要な会議だ。俺だって、緊張していないと言えば嘘になる。
レオンさんの執務室に足を運んでみると、俺たちの他に、レジスタンスのメンバーが数名集まっていた。
「斥候部隊隊長のアンジェラよ。よろしく」
赤毛の長髪をサイドテールにまとめた女性はにこりと笑った。その浅黒い肌と鋭い眼光はクロヒョウを彷彿させる。
「戦闘部隊隊長のニコラスだ。よろしく頼むぜ」
続いて、側頭部を剃り上げた筋骨隆々の男性が軽く手を挙げた。屈強な肉体と、そのところどころに残る傷跡は、彼が歴戦の猛者であることを物語っている。
「補給部隊隊長のセインです。食糧のことなら私にお任せを」
最後に、少しぽっちゃりした金髪の男性が会釈した。食堂で部下に指示を出しているのを昨日見かけたが、その役職を聞けば納得だ。
「彼らは各部隊の隊長です。なにか困ったことがあったら、相談するといいでしょう」
「分かりました。それじゃ、俺たちも自己紹介を」
戦場ではお互いの連携が重要になる。味方とは親しくなっておくに越したことはない。
一通りの顔合わせが終わると、レオンさんは机に身を乗り出した。
「では、これからの進軍計画を決めよう。まずアンジェラには、各地に檄を飛ばしてもらった。これで、国軍派や中立派の領主たちを少しでも多く味方につける」
「王女様が生きていたと分かれば、気が変わる連中も出てくるでしょうからね」
「アーシャ王女が我々の側に参加したことによって、俺たちは『王政を守る』という大義を得た。この絶好の機会を逃す手はない。このまま一気に攻め立てる」
王女であるアーシャをトップに立て、レジスタンスという組織の正統性を主張するということか。
たしかに、ただの反乱軍と王女直属の軍隊とでは、世間の位置付けは全く違ってくるだろう。
レオンさんは机上に広げた地図を眺めながら、さらに言葉を紡ぐ。
「いま現在、俺たちに協力してくれている町は三つ。そのうち一番西側にあるナプタから首都イシュレムに向かって、町を順番に攻めていくことにする」
レオンさんはそう言うと、地図の上に乗っている円錐状の駒をナプタの町の上へと動かした。
「もし途中で五大将が来たらどうするんだ? 強すぎて、正直手に負えんぜ」
「そのときは俺たちが相手をします」
俺はすかさず、意気揚々と手を挙げた。
すると、レジスタンスのメンバーたちは驚いた様子で俺を見つめた。
「良いんですか? そう簡単に戦える相手ではないんですよ」
「俺たちだって、ここまでいくつも修羅場をくぐり抜けてきました。実力でやつらに劣るとは思いません」
そう言って真っ直ぐに見据えると、レオンさんはふっと笑った。
「分かりました。王女様を刺客たちの魔の手から守り抜いた、あなた方の強さを信じましょう。五大将軍の対処は全てあなた方に一任します」
「ありがとうございます」
別に自分たちの強さを過信しているわけではなく、手を挙げたのにはそれなりの理由がある。
それは、王国軍の幹部なら「世界の果て」の秘密を知っているかもしれないからだ。なんとしてもぶっ倒して、情報を吐かせてやる。
「では、作戦の細かいところを詰めていこう」
レオンさんの指摘を主として、俺たちは進軍の子細な内容について話し合った。
もし道中の町が敵勢力のままだった場合、どうするか。どこに布陣して、どう攻めるか。
そこはさすが経験豊富なレジスタンスのメンバーたち、次々と計画を立てていった。
アーシャは部隊の最も後方で待機し、身の安全を図る。刺客に狙われた経緯を作戦に反映した結果、そういうことになった。
アーシャは自分も前線に立とうと思っていたらしく、少し不満げな顔をしていたが、いま自分が置かれている立場の重要性をノエルさんに諭され、渋々うなずいた。
一方、戦場における俺たち「ビヨンド」の役割は、戦況をかき回してレジスタンスを優位に立たせること。いわゆる遊撃部隊という扱いだ。
隊の一員として動く戦い方もあるが、それだと俺たちの冒険者としての長所が活かせないということで、そういうポジションになった。
「他に疑問点はあるか?」
最後にレオンさんが問いかけるが、誰からも返事はない。つまり、これで作戦はまとまったということになる。
「では、作戦会議を終了する。出発は明日の早朝4時だ。みんな今日のうちに英気を養っておいてくれ」
「「「ラジャー!」」」
こうして会議を終えた俺たちは、ぞろぞろと廊下に出ていった。根を詰めて話し合っていたせいか、少しばかり疲労を感じ、俺は軽く肩を回した。
「この作戦、どう思います?」
俺は隣を歩くニコラスさんにふと尋ねた。このメンバーの中で一番戦に長けていそうだと思ったからだ。
彼は首をすくめた。
「諸侯をどれだけ味方につけられるかによるな。寝返りが少ないようじゃ厳しいだろう。まぁ、実際のところはやってみなきゃ分からんな」
「そうですか」
たしかに、出たとこ勝負というのはあるだろう。アーシャ王女という隠し玉がどれくらい機能するかが、この作戦のカギだ。
「いずれにせよ、俺たちはやれることをやります」
「おう。期待してるぜ、兄ちゃん」
ニコラスさんに背中を叩かれ、俺は改めて気合が入ったような気がした。