69話「レジスタンスの町」
ルイフ川を渡ってから、荒涼とした丘陵を歩くこと数時間。
俺たちを先導していたノエルさんはふと指を差した。
「あそこがヤーマドです」
周囲を岸壁に囲まれた岩場に、その町はひっそりと存在していた。
レジスタンスの本拠地というだけあってその守りは固く、町の周辺には木の柵が張り巡らされており、巡回中の警備兵の他、見張りのやぐらにも兵士が配備されている。
「天然の要害って感じだね」
「まさに隠れ家だな」
味方が守りやすく、敵が攻めづらい場所を選んだのだろう。
町というよりは、簡素な砦といった雰囲気だった。
町の入口には二人の守衛が立っており、俺たちを値踏みするように、警戒の目つきで眺めてきた。
そのうち、右側の一人がこちらに歩み寄ってきて、口を開いた。
「用件は?」
「トウガラシを売りに来たのですが」
ノエルさんがそう言うと、守衛はぴくりと眉を動かした。
「どうぞ、こちらへ」
手で促され、俺たちはヤーマドに足を踏み入れた。
街の雰囲気は、普通の街と何ら変わりがない。日常を感じさせるその風景に、俺は心の中にどこか抱いていた緊張を緩めた。
守衛に連れられて、俺たちは石造りの建物へと入っていく。
しばらく廊下を歩くと、彼は大きな両開きの扉の前で立ち止まった。
「リーダー、冒険者様ご一行をお連れしました」
「よし、入れ」
守衛がその扉を開き、俺たちを室内へと招き入れる。
出迎えてくれたのは、一人の青年だった。茶色い頭髪は後方になでつけてあり、切れ長の目はこちらを穏やかに見据えている。
「ようこそ、レジスタンスへ。俺が頭領のレオンです」
レオンは執務机から立ち上がってにこやかに微笑んだ。その堂々とした立ち居振る舞いは、頭領の座にふさわしい威厳をまとっている。まだ若いのによくやるなぁと俺は感心した。
「私は執事のノエル。そして、こちらにおわすのが王女のアーシャ様。後方にいるのは、道中護衛を務めてくださった『ビヨンド』の方々です」
「遠路はるばるご足労いただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ受け入れてもらえて助かりました」
「これより我々は全力でアーシャ王女をお守りいたします。ご安心ください」
「あ、ありがとう……」
レオンはアーシャの前にひざまずくと、その手をうやうやしく取った。アーシャはその仕草に慣れていないようで、照れくさそうに顔を少し背けた。
「それにしても、王女様に来ていただけて本当に助かりました。このところ敵方にやられ通しで、士気がずいぶんと低まっていたものですから、いいカンフル剤になります」
「敵方というと、王国軍のことですか?」
「はい。やつらの勢いと強さは日に日に増しています。その攻勢に、俺たちはいま手を焼いている状態なんです」
「先日受け取った手紙では膠着状態だと聞きました。なぜそれほど急に戦況が悪化してしまったのでしょうか?」
「“五大将”と呼ばれる強者が突如として現れ、戦場に立つようになったのです。彼らの強さは桁違いで、並大抵の兵士では敵いません」
「そうですか……」
「間者の話によると、『果て』につながる術をついに手に入れたと、バリーはそう言っていたそうです。やつらとなにか関係があるかもしれません」
そのキーワードに反応した俺は、思わずびくんと身を震わせた。
「いま『果て』って言いましたか?」
「ええ。なにかご存知なんですか?」
「俺たちはその『果て』を目指して旅をしているんです。あなたたちの力になれるかもしれません」
別に、ただで協力してあげようという善意から出た言葉ではない。
「世界の果て」につながる核心的な情報が得られるのなら、この戦に身を投じるのもやぶさかではないと思ったからだ。
「本当ですか? ありがとうございます。冒険者のみなさんが手伝ってくれるなら百人力です」
「この男、こう見えてAランクじゃからな。こき使うとよいぞ」
「そうだったんですね。それは頼もしい」
レオンさんは俺の手を取って固く握った。ごつごつとしたその手は、戦う男の手だった。
そのとき、アーシャは後ろを振り返って頭を下げた。
「みんな、アタシのわがままに最後まで付き合ってくれてありがとう」
「何言ってんだよ。ここまで来て、他人行儀はやめようぜ」
「あはは、それもそうだね。改めてよろしく、みんな」
俺はアーシャとも握手を交わす。
これでもはや部外者とは言えなくなった。
もちろん、俺たちだってアーシャの行く末を案じていなかったわけではない。これからもアーシャの助けになれるなら、それは光栄なことだ。
「みなさまお疲れでしょう。作戦会議は後日にして、今日のところはごゆっくりお休みください」
「お主、なかなか気が利く男じゃのう」
「こら、そんな言い方失礼だろ! すいません、ありがとうございます」
「はは、いいんですよ。王女様を護衛してくださったあなた方も、立て役者の一員なのですから」
庶民っぽいアーシャの振る舞いにすっかり慣れ切っている俺たちだったが、ラピスタンの人々にとっては王位を継ぐ立場にいる重要人物だ。だから当然、それを護衛している俺たちも、大役を任された人材ということになるわけだ。
この国の行く末を俺たちが左右してしまうかもしれない。未だ実感はないが、その役割の重要性に俺は震えた。
「おい、この方々を居室に案内してやってくれ」
「はっ。お部屋はすでに用意してあります。どうぞこちらへ」
守衛に連れられて、俺たちはレオンさんの部屋を後にした。
泊まる場所の心配をしなくていいのはとても助かる。これまでの道中、この大所帯で宿泊できる場所を探すのに苦労してきたから、その不安がなくなるだけでも大きかった。
俺たちは建物の中にある空き部屋に通された。
部屋は全部で四つ。アーシャが一人で部屋を使い、残りは男女に分かれて、それぞれペアになって泊まることにした。もう刺客に襲われるおそれはないから、バラバラになっても安心だ。
「もうしばらくの間、アーシャ様のことをよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
ノエルさんと同じ部屋の空気を分かち合いながら、俺はベッドに腰かけた。
これはアーシャのためだけではなく、自分自身のための戦いでもある。
レジスタンスの一員として、最後まで戦い抜いてみせる。
俺は腰の魔剣を見下ろしながらそう決意した。