67話「水面下の悪魔」
砂漠の町ラナンを出発した俺たちは、順調に歩を進めていた。ラクダたちとはお別れして、ここからは徒歩での移動になる。
「ここから先はたしか川を渡るんですよね?」
「はい。その先にテルスノミゴスがあります」
この護衛任務もそろそろ終わりが見えてきたようだ。名残惜しくはあるが、アーシャのためにも最後まで役割を全うしよう。
ごつごつした岩場を抜けると、やがて広々とした川が見えてきた。大海と見まごうその川幅に、俺たちは驚いた。
「こんなにでかい川があるのか!」
「すごい!」
「おらの地元の川とは比べ物になんねぇな」
これは泳いで渡るというわけにはいかなさそうだ。
どうしたものかと様子をうかがっていると、ノエルさんが口を開いた。
「渡し舟を借りましょう。この辺りに停泊所があるはずです」
沿岸を歩きながら、俺たちは川を上っていく。
そうして数分ほど歩いたところで、それらしき木製の小屋が見えてきた。近くの係留所には数隻のボートがつながれている。
ノエルさんは俺たちに外で待つよう伝え、小屋の中に入っていった。
「すみません、ボートをお借りしたいんですが」
「ああ、はいはいボートね。遊覧かい? それとも渡り?」
「渡りで。七人いるのですが、一隻で大丈夫でしょうか」
「大丈夫だと思うよ。不安なら二隻借りるかい?」
「いえ、それじゃあ一隻で」
カウンターに立っているひげもじゃの老人が、どこか退屈そうに応対をする。
貼り紙には一回1000ジラと書いてある。この広い川を渡れるなら、それくらい安いものだ。
ノエルさんが料金を支払うと、中年の男が一人、小屋の奥から出てきた。
「船頭です、よろしく」
「よろしくお願いします」
「ではこちらへ」
船頭に促されて、俺たちは係留されているいくつかのボートのうちの一隻に乗り込んだ。
小さいながら操舵室がちゃんとついており、しっかりしたボートだ。これなら転覆や沈没の心配なく乗っていられそうだ。
「念のため見ておきますか」
「そうですね。お願いします」
俺は〈能力視認〉を発動した。
船頭のスキルは〈整頓〉。物を効率的に配置できるスキルだ。
これで、ユニークスキルを使って襲われる可能性はなくなった。
「攻撃性はありませんでした。大丈夫みたいですよ」
「良かった。おかげで安心しました」
ノエルさんはほっとした様子で笑った。ここまでの道中、何度も刺客に襲われてきたのだから、警戒するのは至極当然のことだといえよう。
「では行きまーす」
備え付けのベンチに全員が座ったのを確認すると、船頭はボートを出航させた。
エンジンの震動と水の揺れがブルブルと船体を揺らし、涼しい風が頬をなでる。
「いい景色だねぇ」
「そうだな。ここまで荒れ地続きだったから、湿った空気が心地いいよ」
「ほんとほんと」
アーシャは川を眺めながらにっこりと笑う。
立て続けに命を狙われていながらも景色を楽しむ余裕があるなんて、肝が据わった女性だと俺は思った。そういうことも含めて、王女としての資質ということなのかもしれない。
その後もボートは順調に進んでいき、川のちょうど中ほどへと差し掛かった。
そこで俺たちを待ち受けていたのは、想定外のトラブルだった。
ボートは相変わらずエンジンを吹かしているが、なかなか対岸が近づいていないような気がする。
その証拠に、しばらく経っても景色が全く変わらない。
異変に気がついたのは、俺だけではなかった。他の仲間たちも怪訝そうに顔を見合わせている。
「あれ? もしかして進んでない?」
「おかしいな。そんなに流れの強い川じゃないんだけどね」
船頭は首をかしげながら、エンジンをかけ直した。それでもボートは前に進んでいかない。
どうしたものかと腕組みしていると、そのうち川の水面が不自然にざわめきだした。
立つ波は次第に大きくなり、果てには大きな渦となって、ボートを飲み込み始めた。
「どうなってんだ、これは!」
船頭はパニック寸前になりながら、なんとか舵を取ろうとしている。
俺は慌ててユウキに視線を向けた。
「魔物の仕業か?」
「これほどまでに水を操れる魔物というと、指折り数えるほどしかいない。この川にそんな大物が住み着いたら、すぐに噂が立つ」
「つまり、違うってことだな」
「うん」
だとすると、考えられる原因はただ一つ。アーシャを狙う刺客が攻撃を仕掛けてきたのだ。
「どうする、アケビ?」
「決まってる。元凶を見つけ出して、ぶっ潰す」
俺は〈熱感知〉を発動した。水中に目を凝らすと、渦を発生させている主はすぐに見つかった。そいつは渦の中心にいる。
しかも辛うじて〈能力視認〉の範囲内だったため、敵のユニークスキルも判明した。それはズバリ〈液体操作〉。直接触れた液体なら何でも操作できるという恐ろしい能力だ。
敵の土俵である水中に飛び込むのは分が悪い。なんとか水上から攻撃を加えたいところだ。
「ニア、渦の中心に向かって雷魔法を頼む」
「rednuht ekorodot!」
指向性を持った雷が水中に向かって進んでいったが、渦の中心に届く前に分散して消滅した。
敵までの距離が遠い上に、水の量が多すぎる。魔法による攻撃はまず届かないと思っていいだろう。
「仕方ない。シエラ、一緒に来てくれるか?」
「うむ、分かった」
こうなれば直接、物理攻撃を叩き込むしかない。〈水面歩行〉を持つシエラと、〈硬化〉で一時的に水面を固められる俺の二人で、渦の中心まで足で向かうことにした。
「気をつけてね、二人とも!」
「ああ!」
俺とシエラは波を蹴って進んでいく。俺はシエラと違って水面にそのまま留まっていられないから、飛び石のように〈硬化〉した水面を飛び渡るしかないのだ。このときばかりは〈水面歩行〉をシエラから習得しておけば良かったと後悔した。
そのとき、水面から触手のように水の柱が現れ、俺たちを捕らえんと伸びてきた。
「そんなことまで出来んのかよ……!」
俺たちはその攻撃をかいくぐりながら必死に先を目指したが、そこは水を制する〈液体操作〉の独壇場、二人ともあえなく捕らえられてしまった。