66話「砂上の激闘」
さんさんと照りつける陽の光の下、ラクダの一群がゆったりと進んでいく。俺は殺風景な砂景色を眺めつつ、額の汗を腕でぬぐった。
「ラクダって案外揺れるんだな」
「そうだね。慣れるまでが大変そうだ」
「歩くより全然マシでねぇか。わがまま言うでねぇ」
「あはは、違いないな」
俺は苦笑しながら手綱を握りしめた。たしかに、この広々とした砂の海を自分の足で進むのは骨が折れそうだ。
「それはそうと、魔物が全然出てこないんだけど、そういうものなのか?」
「砂漠の過酷な環境では、魔物もなかなか育たないらしい。ただ、そんな中でも一部の魔物たちは――」
言葉を止めたユウキは、周囲をぐるりと見渡した。その表情はいつになく険しい。
「これは……まずいね。まんまと引っかかってしまったみたいだ」
「どうしたんだ?」
「砂漠地帯には注意すべき魔物が何種類かいるんだけど、その中でも一際危険度の高い魔物がいる。それがオオアギトヘルワームだ」
ユウキが語るにつれて、だんだん地表の砂が流動し始めた。ザーザーと音を立てながら、近くにあるくぼみへと吸い込まれていく。
「普段は地面に埋まってじっとしているが、獲物が近づくと、周囲の砂ごと引き込んで捕食してしまうんだ! いま、私たちはそいつに狙われてる!」
「つまり、めちゃくちゃまずい状況だってことか!?」
「そういうこと! 早く吸引の範囲外へ!」
俺たちは流れる砂の外側へ向かってラクダを駆った。砂に沈まないラクダの大きな足が、俺たちの体を力強く運んでいく。
やがて俺たちが蟻地獄の外へ出ると、砂の流れはぴたりと止まった。
もしこの砂漠を徒歩で移動していたら、ひとたまりもなく食われていたに違いない。
「なんとかなったね」
「早めに気づけてよかったよ。まだ別の個体がいるかもしれないから、注意していこう。地面がくぼんでいるところはできる限り避けて通るんだ」
無事に逃げ切った俺たちの背後で、オオアギトヘルワームはどこか恨めしそうに頭を出した。
悪いが、食われてやる気はないんでね。他を当たってくれ。
気を取り直して俺たちが先へ進もうとしたとき、アーシャがふと声を上げた。
「みんな、ちょっと待って。なんかこっちに飛んできてる」
俺は〈千里眼〉で遠くの空を確認した。たしかに、こちらに向かって真っ直ぐに飛来してくる影が見える。
それはちっぽけな豆粒程度のサイズからだんだんと大きくなり、そのうち目を見張るほどのサイズになった。
「今度はなんじゃ!?」
「でかい!」
「サンライズイーグルだ! 急降下してくるから気をつけて!」
それは鮮やかなオレンジ色の巨鳥だった。
その鳥は俺たちの頭上で旋回すると、ユウキが言った通り、ニア目掛けて高速で降下してきた。ニアは辛うじてそれを避けたが、そのせいで鞍から落下してしまった。
「大丈夫か!?」
「うん、大丈夫!」
こう開けた場所では逃げ場がないし、機動力は向こうの方が高い。厄介なやつに絡まれたものだ。
そのとき、俺たちの眼前を、自分の存在をアピールするかのように、ルナが飛び回った。
「ニャーゴ!」
「ルナ、行ってくれるのかい?」
「ニャ」
「分かった。それじゃあ頼んだよ」
自信満々だといいたげに鳴いたルナを、ユウキは両手で送り出した。
〈縮小化〉を解いたルナは、上空の巨鳥に飛びかかっていく。そして、手に汗握る空中戦が始まった。
巨鳥のユニークスキルは〈火炎放射〉。口から噴射される火をかいくぐりながら、ルナは爪と牙で応戦する。
「いまのうちに少しでも先へ!」
「おう!」
俺たちはオオアギトヘルワームの巣に引っかからないよう気をつけながら、ラクダを走らせた。
そのうち砂原が途切れ、俺たちは起伏の激しい岩場に差し掛かった。大岩に挟まれた狭い道を通ろうとしたそのとき、右側にある岩がぐらりと揺れながら持ち上がった。
岩の下から現れたのは、巨大なハサミを持つ多脚の魔物だった。
「サバクイワヤドカリだ!」
「また魔物!? 勘弁してよ……!」
アーシャの泣き言も魔物には通じない。俺たちは仕方なくラクダを降り、臨戦態勢に入った。
「行くぞ、みんな!」
「うん!」
◆◆◆
「はぁ……はぁ……これでようやく片付いたか?」
周囲に横たわる小型の二足歩行トカゲたちの亡骸を眺めながら、俺はつぶやいた。
「そうみてぇだな。ジャメノスって言ったか?」
「うん。群れで狩りをする魔物なんだ。それにしても、これだけ立て続けに襲われるとは思わなかったね」
「アケビ、魔物出てこないって言ったけど、違ったね」
「それについては俺が悪かった。まさかこれほど色んな魔物がいるとは思わなかったよ」
「砂漠には何もいないっていうイメージが強いけど、決してそんなことはないんだ。普段は身を隠してるだけで、危険は他の地域と変わりないよ」
ユウキは饒舌に語る。その内容の正しさは、いま身をもって知ったところだ。
俺たちはようやく一息つくと、ラクダでの移動を再開した。今日はもうこれ以上、魔物に絡まれないことを祈りたいところだ。
それから岩場を進むことしばらく、ノエルさんがふと声を上げた。
「どうやら見えてきたみたいですよ、みなさん」
俺たちは視線を向けた。岩の陰に隠れるようにして、建物が垣間見える。
「やっとついたのか?」
「町だ!」
俺はすがるような思いでそちらへ向かっていった。
街には質素なレンガ造りの家々が立ち並んでおり、都市部ほどではないが人通りもある。俺は安心して、ほっと息をついた。
「これで今日は野宿しなくて済みそうじゃな」
「砂まみれで寝るだなんて、考えたくもないな」
「たしかに」
俺たちは笑い合いながら、ラクダを降りて町の中へ入っていった。