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63話「その男、殺し屋につき」

 ダーニッケの街に到着した私たち一行は、ここで一泊することにした。

 一日がかりでキルゲ山脈を越えたものだから、みんな疲労困憊しており、日が暮れたということもあって、今日はもうこれ以上移動できそうにはなかったからだ。


 そんな私たちはいま、風呂から上がった後、宿屋のラウンジでゆったりと過ごしているところだ。火照った体を冷ましながら、思い思いの場所でくつろいでいる。


 そんな中、私はふと立ち上がり、刀を手に取った。


「ちょっと夜風に当たってくるよ。すぐに戻る」


「ああ、行ってらっしゃい」


 ラウンジのマッサージ機に座ってくつろぐアケビくんに見送られて、私は宿屋を出た。


 大丈夫だ。この件は私だけで片付ける。アケビくんたちにこれ以上の心配や苦労はかけない。


 私は静かに道を歩いていき、やがて人通りの少ない路地に来ると立ち止まった。


「出てきなよ。私たちの後をつけてるのはもう分かってるんだ」


 私が虚空に向かって声を上げると、物陰からぬるりと現れ出たのは一人の男だった。

 頭髪を刈り上げた狐顔で、大柄な体型をしている。私よりも数回りガタイが大きく、力勝負では到底敵いそうになかった。


「へっへ……バレちゃあしょうがねぇな」


 男はポケットから手を出し、私を指差す。


「隙を見て不意打ちしようと思ってたんだが、案外用心深いんだな、お前ら」


「当たり前だろ。お前みたいな不届き者がアーシャさんの身柄を狙いに来るんだからな」


「へっへ、そこまで知ってるんじゃ仕方ねぇな。このナイフのサビになってもらうぜ」


 男は懐からナイフを取り出し、左手に握って低く構えた。小慣れた身のこなしから見て、相当の手練れであることを私は感じ取った。

 これは気が抜けない戦いになりそうだ。そう思いつつ、私も刀の柄に手をかける。


 男はじりじりと近づきながら距離を測っていたが、やがて一気に駆け出した。

 それを見た私はすかさず雷魔法で体を加速させ、男の首筋を狙う。


 刃同士がかち合い、ガチンと音を立てる。

 私の太刀筋に対し、男は見事に対応してきた。しかも、やつの返す刃は私のわき腹を軽くかすめ、うっすらと傷をつけた。


 私は間髪入れず、体を反回転させて男の背中に斬りかかった。男は身をひねってそれを避け、私の首筋目掛けてナイフを突き出す。


 しかし、直線的なその攻撃を私は読んでいた。身を屈めて刃を避けつつ、左側へクロスするように踏み込み、さらにもう一閃、横薙ぎに刀を振り払う。


 その高速の三連撃に、完璧には対応しきれなかったらしい。男は腹部に軽い傷を負いながら、数歩退いた。


「魔剣士か。なかなかに厄介だが――その速度、もう慣れた」


「なんだって?」


 男が駆け寄ってくるのに合わせて、私は再び雷魔法を身にまとう。


 男の胸部に向かって斬り上げた私に対し、男は足捌きだけで対応し、的確に回避してみせた。それからやつは深く踏み込み、がら空きになった私の腹を横薙ぎに斬りつけた。


 慌てて身を引いたものの、ざくりと皮膚が切り裂かれる感覚がして、私は思わず顔をしかめた。


 男はその隙を見て、立て続けにナイフを突いてきた。このままでは避けきれないと思った私は、若干の屈辱を感じながら、加速して距離を取る。

 この男が速度に「慣れた」と言ったのは、どうやら本当のことらしい。ただの加速は見切られたと思って良いだろう。


 男はナイフを素振りしながら、ゆっくりと近づいてくる。


「逃げ回ってばかりでは勝てんぞ!」


「分かってるよ。だから、あえて距離を取ったんだ」


「なに?」


 私は大量のマナを練り上げ、全身に最上級の雷魔法を纏った。光り輝く全身から細かい放電が起こり、バチバチと音を立てる。

 次の攻撃は、最速で叩き込む必殺の一撃。避けられれば終わりだ。失敗は決して許されない。


 私の異変を察知したのか、男は接近するのをやめて身構える。


「――いくよ」


 私は全力で地面を蹴った。刹那、男は腕をクロスして防御姿勢を取る。

 男の真横をすり抜けた私は、さらに壁を蹴り、上空へと跳びあがった。


 私は両手で握った刀に電撃を込め、直下の男に向けて投げつける。

 天から降り注ぐ雷にも似たその一撃は、男の背中に深々と突き刺さった。


「がはっ……!」


 地面に突き立つ刀に土手っ腹を貫かれた男は、倒れることすらままならずに力尽きた。

 

 私は華麗に着地すると、刀を抜き払ってその切っ先を男へ向けた。

 その場にへたり込んだ男は、冷や汗をかきながら両手を挙げた。


「こ、降参だ……!」


「降参という割には、ナイフをまだ握ってるじゃないか」


「そ、それは……違うんだ! あんたに降参の意思をちゃんと示そうと思って!」


 男はナイフを鞘にきっちり納めると、柄の方をこちら側に向けて、両手で差し出してきた。


「高価な品だ! 路銀の足しにはなるだろう! これでどうか勘弁してくれ!」


「へえ、殺し屋にしては殊勝じゃないか」


 私は男の潔い態度に感心しながら、そのナイフを見つめた。


 柄の部分には赤い宝石が埋め込まれ、美麗な模様が彫り込まれている。そして鞘の方は、ワニスでしっかりと塗り固められており、深紅の色合いが落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 たしかに、いかにも高価そうな品だった。

 もらえるものはもらっておこうと思い、私はそのナイフを手に取った。


 刹那、頭の中に聞き知らぬ男の声が響き渡った。


〈ありがとよ、お嬢ちゃん。俺の作戦にまんまと引っかかってくれて〉


 急激に全身の力が抜けていく。否、肉体の操作権を奪われていく。そんな感じだった。


〈お嬢ちゃんの体、しばらく借りるぜ〉


 必死に抗うも、時すでに遅し。そのまま成す術なく、私の視界は暗転した。

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