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56話「王女の意志」

 家の中に入った俺たちはテーブルに腰かけ、ようやく落ち着いた心地になった。

 それから、ノエルはおもむろに事のあらましを話し出した。


「私がアーシャ様を連れて祖国ラピスタンを出たのはおよそ十一年前――国軍を率いていた将軍バリーがクーデターを起こしたのです」


 ラピスタンでは未だ内戦状態が続いていると聞く。クーデターによる軍事政権の強引な樹立がきっかけだとすれば、そうなるのもうなずけた。


「バリーは当時の国王ジュード様と王妃ナージャ様を殺害し、王女であるアーシャ様までも手にかけようとしました。私はまだ幼かった貴女を腕に抱え、命からがら逃げのびました」


「アタシの両親が殺された……?」


「はい。大変ショックなことだろうとは思いますが、これが真実なのです、アーシャ様」


 アーシャは黙りこくった。いきなりのことで受け入れがたいのも無理はないだろう。

 ノエルはさらに言葉を紡ぐ。


「おそらく、ならず者たちがこの村を襲ったのはバリーの差し金でしょう。やつに居場所がバレた以上、ここに留まっているわけにはいきません」


「どこに向かうつもりなんですか? やっぱり亡命ですか?」


「はい。私はそれが一番良いと思っています。アルカ王国かバティス帝国に庇護を請えば、それなりの待遇はしていただけるでしょう」


「……嫌だ」


「えっ?」


 アーシャは立ち上がると、ぎりぎりと拳を握りしめた。その表情は怒りに満ちている。


「父さんと母さんが殺されたっていうのに、一人でこそこそ逃げ回るなんて絶対嫌だ。アタシ、戦いたい」


「アーシャ様、それがどれほど危険なことか分かっておられるのですか? 命の保証はないのですよ?」


「分かってるよ。それでもアタシはラピスタンに行って、両親の仇を取りたい。いままで何も知らず、安全な場所でぬくぬくと暮らしてた自分に反吐が出そうだ」


 アーシャはノエルさんの両肩をつかみ、前後に揺さぶった。


「ノエル、アンタはアタシの執事なんだろ? だったら、主人の願いを聞き届けるのが仕事なんじゃないのか?」


「アーシャ様……」


 ノエルさんはしばらくアーシャの顔を見つめていたが、やがてため息をついた。


「その真っ直ぐな眼差し、ご両親に似ておられます。一度こうと決めたら曲げないところもそっくりだ」


「それじゃあ……!」


反国軍勢力(レジスタンス)の下へ向かいましょう。必ずやアーシャ様の力になってくれるはずです」


「ありがとう、ノエル!」


 アーシャはノエルさんに跳んで抱きついた。ノエルさんは複雑な表情でそれを受け止める。

 仮にとはいえ、約十年もの間、父親代わりを務めていたのだ。アーシャの身の安全を案じる親心がないわけではないだろう。


 ノエルさんはアーシャを放した後、こちらに向き直った。


「ここで出会ったのも何かの縁。もしよろしければ、アケビさんたちに目的地までの護衛をお願いしたいのですが、いかがでしょうか」


 多少の寄り道になるが、問題はないだろう。

 あとはみんなの意見だ。俺は仲間たちの方を振り返った。


「どうする? 俺は受けたいと思うんだけど」


「わたしもアーシャのこと助けたい……!」


「アケビくんのことだからそう言うだろうと思っていたよ」


「おらは構わねぇぞ。武者修行になりそうだしな」


「妾は何処へでもついていくぞ」


 四人の意見が出揃ったところで、俺はようやくノエルさんの手を取った。


「よろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしく」


 握手を交わして契約成立だ。王女様の護衛だなんて、これほど光栄なことはない。


「それで、その目的地っていうのはどこなんです?」


「ラピスタン南部にヤーマドという町があります。レジスタンスはその町を拠点に活動しているとのことです。まずはそこに向かいましょう」


「了解。道がよく分からないので、そこまでの案内は頼みます」


「それはもちろん、私が務めさせていただきます」


 ノエルさんは床板を一枚外し、現れた秘密の倉庫から二人分のリュックサックを取り出した。中身はぎっしり詰まっており、旅支度はすでに整っているらしい。

 アーシャは目を丸くしてそれを眺めた。


「いつの間にそんなもの用意してたの?」


「有事の際にはいつでも逃げられるよう、日頃から備えてあったのですよ」


 ノエルさんはパチンとウインクした。なんとも有能な執事だ。

 何はともあれ、これで出かける準備は整った。善は急げということで、俺たちはすぐにこの村を出ることにした。


 家の外に出ると、村長が村人たちに指示を飛ばしていた。縛り上げたならず者たちを一時的に納屋へ閉じ込めておくようだ。


 こちらの存在に気がつくと、村長は振り返った。


「出ていくんじゃな?」


「長い間お世話になりました」


「いつかはそんな日が来ると思っとったよ。健康には気をつけてな」


「はい」


「アーシャちゃん、ノエルの言うことをよく聞くんじゃぞ?」


「はいはい、分かってます」


 アーシャともども深く頭を下げたノエルさんは、俺たちのところへ戻ってきた。


「もういいんですか?」


「はい。さあ、それでは参りましょう」


 ノエルの先導に従って、俺たちは村を出た。

 ぬかるんだ沼地を進んでいると、アーシャは俺に耳打ちしてきた。


「アタシ、実はいますごくワクワクしてるんだ」


「うん?」


「だって、冒険者のアンタたちと一緒に旅をしてると、アタシまで冒険者になったみたいだろ?」


「まあ、それはそうかもしれないな」


 アーシャはふふっと笑った。


「いまの話、ノエルには内緒だぞ!」


「ああ、分かった」


「なんですか、アーシャ様。アケビさんにご迷惑をおかけするようなことを言ったんじゃないでしょうね?」


「なんでもなーい!」


 ノエルさんとアーシャのやり取りに、俺はくすりと笑った。新たに増えた賑やかな仲間とともに、俺たちは旅路を進んでいく。

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