55話「アーシャの正体」
俺たちは手分けしてアーシャの居場所を探ることにした。あれだけ口を酸っぱくして注意されたのだから、村の外には出ていないだろう。
俺は〈質量操作〉〈身体強化〉を使って屋根の上に飛び上がった。こういうのは高いところから探すのが手っ取り早い。
周囲を見渡すと、近くの屋根の上に腰掛けているアーシャを発見した。俺はゆっくりと近づき、その隣に腰掛けた。
「父さんに言われて連れ戻しに来たの?」
「いや、違うよ。心配になって様子を見にきたんだ」
「ふぅん。まぁいいけどさ」
アーシャは曲げていた両足を伸ばしながら空を見上げた。
「アタシだって本当は分かってるんだよ。父さんがアタシを心配してくれてるってこと」
「じゃあ、どうして反抗しちゃうんだ?」
「分っかんないんだよね。もしかしたら、父さんの優しさに甘えてるだけなのかも」
アーシャは思ったよりずっと聡明だった。自分の立ち位置も、父親の思いもよく分かっている。それでも危ない橋を渡りたくなってしまうのは、その若さゆえだろうか。
同い年で冒険者になった俺も他人のことは言えないなと思いながら、一緒に空を見上げていた、そのときだった。
村の外から物々しい音がして振り向くと、ガラの悪い男たちが入ってくるのが見えた。門番たちは殴り倒されてしまったらしく、すっかり地面に伸びている。
「この村が危ない……!」
「お、おい!?」
アーシャは屋根から飛び降り、路地を軽快に走っていった。取り残された俺は、屋根の上から様子をうかがうことにした。
数歩前に進み出た荒くれ者たちの頭領は、村長らしき老人と対峙した。
「おい、ジジイ。この村にメギトゥスって名字の野郎はいるか?」
「さあ。村人たちの身の上については、ワシにもよう分からんですじゃ」
「ああ、そうか。だったら一人ずつ聞いていくしかねぇなぁ? おいお前ら、やれ」
「へい、カシラ!」
指示を受けた荒くれ者たちは、これ見よがしに村人たちを捕らえ、痛めつけていく。
「早く出てこねぇと全員半殺しだぞ?」
「やめてくだされ! わしはどうなってもいい! 村人たちには手を出さんでくだされ!」
「だったら早くメギトゥスって野郎を出せよ!」
「ぎゃあっ!」
荒くれ者たちの頭領はすがりつく老人を蹴り倒し、何度も執拗に蹴りつける。
そこに現れたのは、なんとノエルさんだった。
「メギトゥスとは私のことだ。他の者には手を出さないでくれ」
「ああ、お前か。最初からそうやって出てくりゃいいんだよ。おい、縄かけろ」
「へい!」
ノエルさんは文句一つ言わず、荒くれ者どもに従い、後ろ手に拘束された。その表情はどこか諦観しているように見える。
「邪魔したな。行くぞ」
「「「へい!」」」
背を向けて去ろうとする頭領の後頭部に、石がこつんと当たった。傷口を手で押さえながら、頭領が振り返る。
「あぁん?」
「父さんを離せ!」
「なんだ、あの小娘は?」
「捨て子を拾って育てただけだ。娘でもなんでもない」
「へえ、そうかい」
ショックに目を見開くアーシャの下へ、頭領はずんずんと歩み寄り、その頭を鷲掴みにした。
「だけどよぉ、俺様をコケにした罰は受けてもらわねぇとなぁ!」
「ぐ……ああっ……!」
「アーシャ!」
ノエルさんの悲痛な叫びも虚しく、頭領がアーシャを殴りつけようとした瞬間、駆けつけた俺の魔剣が一閃した。
手首を斬りつけられ、頭領はうめきながら後退する。
「なんだテメェは……!」
「通りすがりの冒険者さ」
「あーあー、やっぱりこうなると思ったよ」
「気晴らしにはちょうどいいでねぇか」
裏路地で様子を見ていたユウキたちが、ぞろぞろと現れて俺の後ろに並び立つ。
「テメェら、俺様に逆らって一体どうなるか分かってんだろうな?」
「そっちがな?」
「上等だ……! おい、お前ら! やっちまえ!」
そのかけ声に応じ、ナイフを抜き払った荒くれ者たちが一斉に斬りかかってきた。
俺たちはそれぞれ思い思いのやり方でそれを迎え撃った。
武器を使うまでもないと見越した俺は魔剣を鞘に収め、〈硬化〉した拳で荒くれ者たちを吹き飛ばしていった。
そしてユウキは峰打ちで、タオファとシエラは拳で、次々と敵を薙ぎ倒していく。一方のニアは、雷魔法で一挙に十数人をやっつける。
瞬く間に気絶した人間の山が築き上げられ、頭領は驚愕に目を剥いた。
「まだやる気か?」
「す、すいませんでしたっ! おいお前ら、ずらかるぞ!」
「へ、へいっ!」
わずかに残った手下たちを連れて、頭領は一目散に逃げていった。
「ったく、こいつらも連れてけっての」
気絶した荒くれ者たちを見下ろしながら、ニアたちとハイタッチを交わしていると、起き上がった村長が頭を下げてきた。
「ありがとうございます!」
「気にしないでください。当然のことをしたまでですから。立てますか?」
「あ痛てて……老骨には堪えますじゃ」
俺が村長を助けるのを見て、ノエルさんも手を貸そうと駆け寄ってきた。
「私たちのせいでこんなことに……大変申し訳ない」
「なに、こんなこともあるじゃろう。そういう人間のたまり場じゃからな」
達観した村長の言に、ノエルさんはただただ低頭するしかなかった。
村長が無事に立ち上がると、ノエルさんはアーシャの方へ向き直った。立ちすくむアーシャに向かって、ノエルさんはひざまずいた。
「先ほどの無礼、どうかお許しください。王女様を守るための方便だったのです」
「えっ、いや、ちょっと待って。王女様ってなに?」
赤の他人扱いをした父親に対する怒りをぶつけようと思っていたのだろう。肩透かしをくらったアーシャは、困惑しながらノエルさんの下に歩み寄った。
「いままで隠していて申し訳ありませんでした。貴女はラピスタン第一王女、アーシャ・エルム・メギトゥス様であらせられます」
「じょ、冗談きついって! もうごっこ遊びって年じゃないんだけど!」
笑って誤魔化そうとするアーシャに対し、ノエルさんはあくまで真顔のまま言葉を続ける。
「ごっこ遊びではございません。私は貴女の身を守る執事として、この十数年間、貴女を育ててきたのです」
「マージか……」
「マジでございます」
なんとも言えない沈黙が場を支配する。俺は気を利かせて、二人の間に割って入った。
「とりあえず、家に戻ったらどうかな?ここで話すのもなんだし」
「そ、そうだな。戻ろう、父さん」
「父さんではありません。これからはノエルとお呼びください」
「そんな、急に言われても……」
ぎくしゃくする二人を連れて、俺たちはアーシャとノエルの住まう家へと戻っていった。