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52話「魔女の湯、大ピンチ」

 首都カドゥシアに戻ってきた俺たちは、魔女の湯の宿にある食堂で夕食をいただくことにした。

 椅子に腰掛けて待っていると、女将さんのネリーさんがキッチンから人数分のトレイを運んできてくれた。


「はい、どうぞ」


「うわあ、おいしそう!」


 俺たちの目の前に、ふわふわのパン、野菜が沢山入ったスープ、そして魚の包み焼きが置かれた。湯気が立っており、どれも美味しそうだ。


「それじゃいただくとしますか」


「どうぞ召し上がれ」


 俺たちが食事にありつこうとしたそのときだった。

 一階でバンバンと戸を叩く音がして、俺たちは思わず動きを止めた。普通に開ければいいのに、わざと大きな音を出して叩いているような感じだ。


 ネリーさんはバツが悪そうな顔をすると、俺たちに背を向けた。


「悪いね。ちょっと応対してくるから、食べていておくれ」


 そう言って、ネリーさんは一階に降りていった。

 俺は〈地獄耳〉で聞き耳を立てた。少し行儀が悪いが、不穏な空気を感じ取ったため、情報収集しておくべきだと思ったのだ。


「元気かい、ばあさん」


「ふん、そんなこと心にも思ってないくせに」


 出だしから険悪な雰囲気だ。招かれざる客だということらしい。そしてその理由は、その後すぐに判明した。


「それで、今日も例の話かい?」


「なあ、ばあさんよ。あんたのせいでこっちは困ってるんだ。分かってるなら、いい加減立ち退いてくれませんかね」


「あたしゃ一ミリたりとも立ち退く気はないよ」


「ふぅん、そうかい。それじゃあ仕方がない」


 タバコにマッチで火をつける音がして、それから男はふぅと息を吐いた。


「あんたの息子さん、パヤッカで商売やってるらしいな?」


「なにを言い出すんだい! 息子は関係ないだろう!」


 女将さんは途端に声を荒げた。まさか彼女に息子がいたとは知らなかったな。


「あんたに少しでも親心ってやつがあるなら、素直に言うことを聞いたらどうなんだ?」


「……」


「だんまりかい。まあいいや、今日は提案があってやってきたんだ」


「提案?」


「俺たちも悪魔じゃない。条件さえ満たせば、目をつぶってやろうって話だ」


「その条件ってのはなんだい!?」


「フードファイトだよ。最近、うちの会長が大層ハマっててな。大食い勝負をして、ばあさんが勝ったら地上げは取りやめる。ただし、こっちが勝ったらここを立ち退いてもらう」


「大食いって、あたしにゃ無理だよ」


「なにも、ばあさんに食えとは言わねぇよ。代役を立てりゃいい。どうだ? 悪くない賭けだろ?」


「もし勝負を受けなかったら‥…?」


「あんたとその息子さん共々、どうなるか分かんねぇな」


 なんともストレートな脅しだった。そんなことを言われては、断るものも断れなくなるだろう。


「……分かった。やればいいんだね?」


「よし、決まりだ。勝負は三日後の昼。時間になったら迎えに来る。それじゃあな、ばあさん」


 男が戸を開けて立ち去る音がして、ネリーさんが二階に戻ってくる。その顔色はお世辞にも良いとは言えなかった。


「全く、面倒なことになっちまったよ」


「フードファイトだろ?」


「なんだい、聞こえてたのか」


「まあな」


 ネリーさんはお茶を一口飲むと嘆息した。急な心労のせいか、その姿は幾分か縮んだように見える。


「良ければ、事情を詳しく話してくれないか?」


「裏にでかい空き地があるだろう? ゴーマン商会の連中、そこにホテルを建てようとしてるらしいんだよ。それで、この旅館が邪魔だから土地を売れってせっついてきてるのさ」


「そんな! いくらなんでもひどすぎる!」


 ユウキは憤りながら立ち上がった。しかし、ネリーさんは力なく首を横に振った。


「あたしゃ売る気はないって散々突っぱねてたんだけどね。息子を盾に脅かされちゃ、どうしようもないよ。とうとう年貢の納めどきってやつなのかねぇ」


「それで、フードファイトで負けたらこの土地を明け渡せって言われたんだな?」


「ああ、そうだよ。大食い対決の代役なんて、一体誰に頼んだらいいんだか」


 たしかに、大量に食べられる胃袋を持つ人間というのは限られる。探し出すのは至難の業だろう。

 そこで俺は提案を申し出ることにした。


「俺たちで良ければ協力しようか?」


「本当かい!?」


 ネリーさんはすがるような目で俺を見つめた。目の前に救いの手が差し伸べられたのだから当然だろう。


「アケビ、言っちゃ悪いが、おらたちそんなに食えねぇぞ?」


「ああ、そうだろうな。そこで俺に一ついい考えがあるんだ」


 俺は思いついたとっておきの案をみんなの前で披露した。それを聞いたみんなはしばらく呆けていたが、そのうちくすくすと笑い出した。


「それはいいね! 誰にも気づかれずに好き放題食べられる!」


「アケビずるい!」


「いいんだよ、バレなきゃ!」


 要は勝てればいいのだ。

 ふとネリーさんの方を振り向くと、申し訳なさそうな顔で俺を見つめていた。


「頼んでいいのかい?」


「任せてくれ。その代わり、宿代は安く頼むぜ?」


 ネリーさんはうるんだ涙を拭うと、ようやく笑顔を見せた。


「バカだね、協力するって言ってくれてる相手から金なんて取れるわけないだろう。タダで好きなだけ泊まっていきな」


「サンキュー、ネリーさん」


 さて、決戦は三日後だ。それまでに何度か「腹ごなし」して、練習しておかないとな。


「よし、明日からはこのカドゥシアの街を食べ歩くぞ!」


「やった!」


「さぞかし美味いものが食べられるんじゃろうな?」


「当然だろ。ここは帝都だぞ。東から西までありとあらゆる料理が揃ってるさ」


「ちょっと、他の料理の話をするのはネリーさんに失礼だろう。目の前の料理をまずはちゃんと味わわないと」


「いや、これも美味いよ。美味い美味い」


「本当にそう思ってるのかなぁ?」


 俺たちは笑い合いながら、ネリーさんの料理に舌鼓を打つのだった。

 魔女の湯の平和は必ず俺が守ってみせる。


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