51話「戻ってきた平穏」
茨の魔女による襲撃から一晩が経過した。
メオラの街に対する突発的な魔物の襲撃は、冒険者たちの尽力によって無事に鎮圧され、街は平穏を取り戻した。
いまはところどころで、魔物に破壊された建物の復旧作業が進められている。
俺たちはそんな街を散歩しながら、茨の魔女について語り合っていた。
俺が茨の魔女との戦いの一部始終について話し終えると、ユウキは神妙な面持ちで嘆息した。
「そうか。彼女、ケシムに操られていたのか……」
「ああ。賢者の末裔であるお前の師匠を殺したのも、おそらくケシムの意思だろう」
「そう聞くと、なんだか複雑だね」
ユウキは空を見上げながらぽつりとつぶやいた。いままで恨んでいた相手が自分の意思で動いていたのではなく、ただの傀儡だったなんて、想像だにしていなかったからだろう。
「ということは、私の呪いが解けないのも、ケシムがまだ杖の中に存在しているからなのかな」
「そう考えた方が自然だろうな」
「悔しいなぁ。茨の魔女を倒せば元の姿に戻れると思っていたのに」
がっくりと落ちこむユウキの肩をタオファはそっと抱いた。
「ひとまず仇は討てたんだからいいでねぇか。暁光の杖を追っていけば、いずれはケシムの倒し方も分かるかもしんねぇぞ」
「そうだね……そう思うことにするよ。もっと前向きに行かなくちゃね」
ユウキはにこりと笑った。それは無理をして作り出した笑顔ではなく、心からの笑みのように見えて、俺は少しほっとした。
最近のユウキは切羽詰まっているようだったが、茨の魔女を倒したことによってある程度気持ちの整理がついたのかもしれない。
「それに、アケビくんのために『世界の果て』にたどり着かないといけないし」
「あっ、そうだった! 忘れてた!」
「全く、お主が忘れてどうするんじゃ」
頭をかく俺を見て、シエラは呆れ顔で笑った。
茨の魔女を追うのに必死で、そのことについては完全に頭から抜けていた。「世界の果て」についての調査も続行しなければならないんだった。
「って言っても、ルーンに詳しいルイさんはもういないしなぁ」
そのとき、ユウキが小さく手を挙げた。
「例の魔法陣について、私に一つ心当たりがある」
「本当か!?」
ユウキはこくりとうなずいた。
「ウィンゲアなら、ルーンに詳しい人が見つかるかもしれない」
「ウィンゲア? どこにあるんだ?」
「北方にある小国リンギスの首都だよ。『魔法都市』の名の通り、魔法に関しては随一の技術力を誇る都市さ。それと、私が師匠と一緒に住んでいた場所でもある」
なるほど、ユウキの地元か。道理でよく知っているわけだ。
「それじゃあ、次の目的地はそこでいいか?」
「いいよ!」
「おらは構わねぇぞ」
「妾はお主が行くところについていくだけじゃ」
みんなはそれぞれの弁を述べながらうなずく。どうやら異論はなさそうだ。
そんなわけで、次に向かう先は意外とあっさり決まった。
「で、そのウィンゲアにはどうやって行けばいいんだ?」
「帝都カドゥシアまで戻ったら、そこから別の街道を伝って北上するんだ」
「ここから直接は行けないのか」
「ここから直線距離で行くならジャロム山脈を歩いて越えることになるけど、それでもいい?」
「いや、それは困る」
「だろうね」
見るからに険しいあの山脈を徒歩で越えるというのは考えたくない。
急がば回れというし、土地勘があるユウキの言う通りにするのが一番良いのだろう。
「仕方ない。それじゃいったん帝都まで戻るか」
「そうだな。この街はもう大丈夫そうだしな」
タオファはそう言って周囲を見渡した。昨日の今日だというのに、もう人々は立ち直ろうとしている。そのことに俺は尊敬の念を抱いた。なんてタフな街だろうか。
この街を出るためには、旅支度をしなければならない。俺たちは宿屋に戻ると、それぞれ自分の部屋に帰っていった。
俺はバックパックに荷物を詰めながら、とっ散らかった自分の中の思考を整理する。
現在、この旅の目的は大きく分けて二つ。
一つ目は「世界の果て」を目指すこと。
これはいまのところ、ルイさんが残してくれた魔法陣が唯一の手がかりだ。魔法都市ウィンゲアに行けば、なにか分かるかもしれない。
二つ目は暁光の杖の行方を追うこと。
ケシムの封印を解くためには、賢者の末裔の魂と血、そして大量のマナが必要らしい。
ということは、新たな杖の持ち主は必ずや凶行に及ぶはずだ。それを追っていけば、自ずと杖の在処に辿り着くだろう。
俺はふぅ、とため息をついた。部屋の後片付けは無事に完了した。これでいつでも出発できる。
宿屋のロビーに降りると、まだ誰も来ていなかった。俺は宿の主人に声をかけた。
「お世話になりました」
「いやいや、何をおっしゃる。助かったのは私たちの方ですよ。魔物を退治してくださって本当にありがとうございました」
「当然のことをしたまでですから」
助けた人からの感謝の言葉というのは、魔物討伐を頑張った報酬としてはこの上ないものだ。そのおかげで俺は冒険者を頑張れているみたいなところがある。
俺は照れながら笑った。
そのとき、上階からどたどたと降りてくる足音がして、俺は階段の方を振り向いた。
「おまたせ!」
「早いのう、アケビ」
「おらたちも準備完了だ」
「待たせてすまなかったね」
「いや、大丈夫だ。それじゃ行こうか」
主人に一礼して、俺たちは宿屋を出る。
向かうは魔法都市ウィンゲア。新たなる旅路への期待に、俺は胸を膨らませるのだった。