5話「ダンジョンにも出会いはあるらしい」
「はぁ……はぁ……」
珍しく寝坊してしまった俺は、目的の場所へダッシュで向かっていた。
今日は人生をかけた大勝負だというのに、よりにもよってそんな大事な日に寝坊するなんて。
だが、そんな自分の甘さをいまさら責めても仕方がない。重要なのは集合時刻に間に合うかどうか、それだけだ。
やがて見えてきたダンジョンの入口には、すでに大勢の冒険者たちが集まっていた。
俺がその集団の中に滑り込むと、スタッフらしき人物が入口の前に立って、何やら話し始めるところだった。
「冒険者の皆さま。本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
どうやら、ギリギリ間に合ったらしい。〈身体強化〉と〈質量操作〉がなかったら、きっといまごろ大遅刻していたところだ。俺はほっと胸を撫で下ろした。
「探索を始める前にいくつか注意事項がございます。繰り返しにはなりますが、どうかご容赦ください」
口ひげを生やした茶髪の男は、恭しく両手を前で合わせながら声を張り上げる。
「まず、今回の探索クエストは出来高制となっております。皆さま奮って探索なさってください」
俺がこの依頼に狙いをつけたのはこれが一番大きい。もしレアな秘宝をゲットできれば、一気にEランク以上に昇格できるかもしれないからな。
「発掘したお宝につきましては、我々ガーランド商会が高値で買い取らせていただきます。買取希望の方はこちらのテントまでお持ちください」
なるほど、依頼の主眼はこれか。貴重なお宝を冒険者たちから買い占めて、一手に売り捌こうというわけだ。
もっとも、俺はブラウン商会に売るつもりだけどな。
「ダンジョン内には危険な罠があることが想定されますので、皆さまくれぐれもご注意下さい。当方としましては、探索中の死傷について責任を負いかねますので予めご了承ください」
危険は承知の上だ。ここで死んでしまったら、所詮その程度の冒険者だったということだろう。もしそうなっても、悔いはない。
「それではこれより、古代遺跡『ミダルモスの神殿』の探索を開始いたします!」
冒険者たちの雄叫びとともに、ダンジョン探索は始まった。
俺は押し倒されないよう必死に踏ん張りながら、集団に食らいついていった。
神殿の中に入ると、そこにはたくさんの魔物たちがいた。長年放置されていた間に住み着いてしまったのだろう。
しかし、宝をエサに吊るされた冒険者たちの勢いには勝てない。冒険者たちは敵をばったばったとなぎ倒して進んでいく。
俺も近くにいたクモ型魔物をヘビーストンプで踏みつぶし、先を急いだ。
神殿の玄関から入って正面階段を下ると、中央に祭壇が設置された大広間があり、四方に向かって無数の廊下が続いていた。
冒険者たちはそれぞれ思い思いの通路へと入っていく。俺も階段脇にある細い通路を選び、その先へ進んでみることにした。
警戒しながら進んでいったものの、特に罠は仕掛けられておらず、幾度かの分岐路を経て小さな部屋に出た。
俺は慎重に室内を観察する――そのはずだったのだが、飛び出ている床石につまづいてしまい、豪快に壁に激突した。
「痛って……!」
カチリ。スイッチが押し込まれたような音がして、俺は慌てて体勢を立て直した。
石の擦れる音とともに部屋の壁が動き出し、俺はビビりながら周囲を見回した。
「な、なんだぁ!?」
壁に埋め込まれた機構が動き、やがて細い入口を形作る。俺はおっかなびっくりでその階段をのぞき込んだ。
「罠とかじゃない、よな……?」
俺の腰に下げたランタンが階段をぼんやりと照らし出す。先の方は真っ暗で、どうなっているのかよく見えない。
しかしここまで来たんだから、進まないわけにはいかないだろう。俺は自分を奮い立たせると、その階段を下ることにした。
左右の壁に不用意に触れないよう気をつけながら、一段ずつ下りていく。コツコツという自分の靴音と呼吸音だけが響き渡る。
それからどれほど下っただろうか。ようやく次の部屋の入口が見えてきて、俺は安堵した。
足を踏み入れると、そこは円形の部屋だった。壁や床には至るところにルーンや魔法陣が刻まれており、部屋の中央には石造りの棺が置かれている。
もしかしたら、この中に貴重なお宝が眠っているかもしれない。
俺はごくりと唾を飲み込むと、その棺の蓋に手をかけた。〈質量操作〉を使って、その蓋を横へずらして開けてみる。
すると棺の中には、水色の髪の少女が眠るように横たわっていた。民族衣装のようなドレスを着ている。
「女の子……?」
ほのかに赤い頬にそっと手を当ててみる。その体は生きているかのように温かい。
このまま彼女を放っておくわけにもいかず、俺は考えあぐねた。どうにかして起こしてあげる方法はないだろうか。
棺の周りを見渡すと、壁に大きな魔晶石がはめ込まれているのが見えた。こいつをどうにかしてやれば、彼女は目覚めるのではないか。
試しに魔晶石を押したり引いたりしてみたが、びくともしなかった。では、魔力を注ぎ込むとどうなるだろうか。
魔法陣が青く輝き、魔晶石から伝わった魔力が棺に注ぎ込まれていく。
それから少しの間をおいて、少女はおもむろに目を覚ました。
「お、起きたみたいだな」
上体を起こした少女は、きょろきょろと室内を見渡した後、慌てた様子で口を開いた。
「akusederad ah atana? inokok ezan? akusedonatisuokies ah ikisig?」
「ごめん、何を言ってるか分からないよ」
「ianijuut ag abotok? enatisamiramok…」
しょんぼりとうなだれる少女に、俺は笑顔で話しかける。
「俺、アケビ。ア・ケ・ビ。分かる?」
「akebi……アケビ」
「そう。君の名前は?」
「nia……ニア」
「ニアか! いい名前じゃん」
ニュアンスで褒めたことが伝わったのか、ニアの表情が少しだけ和らいだ。
それからニアはふと立ち上がると、必死な素振りで俺の手を握ってきた。
「usamisiageno! iasadukettieterut in otos!」
どうやらこの感じだと、俺のことを頼りたいらしい。
どれくらい眠っていたかも分からない上に、目覚めて一人ぼっちでは無理もない。俺はこくりとうなずいた。
「いいよ。俺にできることなら手伝うよ」
「usamiazoguotagira……!」
彼女を連れたままダンジョン探索するのは危険だ。残念だが、ここは撤退した方が良さそうだ。
俺はニアを連れて、棺の部屋を出た。元来た道を戻り、ダンジョンの入口まで引き返すと、茶髪のスタッフが歩み寄ってきた。
「おや、もうお帰りになられるのですか?」
「ああ、はい。今回はこれで終わりにします」
「そうですか。それではお気をつけてお帰りください」
何も得られなかった腰抜けだと思ったのか、スタッフは馬鹿にしたような目つきで俺を見送ってくれた。
俺のくだらないプライドなんかより、彼女の身の安全の方が百倍重要だ。俺はニアを笑顔で元気づけながら、キセニアの街へと引き返していった。