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49話「宝石オークション」

 オークション会場にはすでに多くの人が詰めかけており、会場全体を言い知れぬ期待感が包んでいる。

 俺たちは座席に座って、そのときをいまかいまかと待ち構えていた。


「そろそろかな?」


「ああ、そうだな」


 時計の針が午後3時を指し示す。

 しばらくすると、タキシードを身に纏った司会の男が登場した。


「それでは、本日のオークションを開催いたします。司会進行は私デニー・ウィルソンが務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」


 拍手に包まれながら、デニーは会釈した。


「それでは早速最初の出品です。エントリーNo.1、メオラ産ルビー。採れたてのルビーをオーバル・ブリリアントカットで切り出した一品です」


 スタッフがコロコロと台車を転がしてくると、大きなルビーが現れた。ステージライトに照らされてキラキラと輝いている。


「それでは5万ジラより入札を開始いたします」


「10万!」


「20万!」


 観衆の中から番号札を持った手が挙がり、入札金額が次々と宣言されていく。


「60万!」


「60万、60万より上はいらっしゃいませんでしょうか」


 尋ねるも、それ以上の手は挙がらない。デニーは木槌をテーブルにカツンと打ちつけた。


「それでは19番様、60万ジラで落札決定いたします」


 台車が転がされていき、ステージの裾に消える。


「アケビ、オークションって面白いね!」


「そうか? ならよかった」


「うん!」


 ニアはにこにこしながらうなずいた。この静かな駆け引きはたしかに見ていて面白いかもしれない。


 それからもオークションは滞りなく進んでいった。シエラがときおり物欲しそうな目でこちらを見つめて来たが、見なかったことにした。


 やがて、そのときはやってきた。いままでの宝石とは比べ物にならないほど大きな紫色の宝石が運ばれてきて、俺はすぐにそれだと分かった。

 

「お待たせしました。本日の目玉商品となります。エントリーNo.32、メオラ産ティアライト。別名『天使の涙』と呼ばれております。滅多に市場に出回らない貴重な品となっております」


「でけぇ……!」


 周囲からも感嘆の声が漏れる。「天使の涙」はそれだけの存在感を放っていた。


「それでは100万ジラより入札を開始いたします」


「200万!」


「250万!」


「300万!」


 さすが目玉商品というだけあり、価格はどんどん釣り上がっていく。聞いているだけで目が回りそうだ。


「950万!」


「1000万!」


「出ました、1000万! 他に入札を希望される方はいらっしゃいませんか?」


 途端に場が静まり返る。どうやらここまでのようだ。会場をぐるりと見回した後、デニーはカンカンと木槌を鳴らした。


「45番様、1000万で落札決定――」


 デニーがそう言いかけたときだった。会場の入口から悲鳴が聞こえ、俺たちは振り返った。そこには、一匹のリザードマンが入り込んでいた。


「シャアーッ!」


 リザードマンは口を開けて威嚇しながら近くにいる客に襲いかかった。鮮血が飛び散り、会場全体が騒乱の渦に巻き込まれた。


 後から立て続けに入り込んでくる魔物たちと、逃げようと非常口に殺到する観客たち。俺はその流れに逆らいながら魔剣を抜いた。


「どうして魔物が!?」


「分からない! だが、このまま放ってはおけないだろう!」


「憂さ晴らしにはちょうど良いわ!」


 五人で手分けして、入り込んできた魔物たちを倒していく。幸いなことに、それほど強い魔物はおらず、すぐに倒し切ることができた。


 俺はそこで〈地獄耳〉を発動した。音を聞いた限り、この建物の中だけではなく、街全体が魔物の襲撃を受けているらしい。


「みんな! いまこの街自体が襲われてる! 外の人たちを助けに行ってくれ!」


「おめぇはどうすんだ!?」


「俺は『天使の涙』を守る!」


「分かった。頼んだよ、アケビ!」


 ユウキたちは建物の外へ駆け出していった。


 俺は一人残り、「天使の涙」に歩み寄る。どうやら護衛は全て倒されてしまったらしく、この建物に残っているのは俺だけだった。


「ふぅん、それが『天使の涙』か。きれいな石じゃん」


 聞き覚えのある声に振り返ると、会場の入口に緑のドレスを着た女が立っていた。


「茨の魔女……!」


「ふふっ、来てたんだアケビ。良かったぁ、探す手間が省けて」


 暁光の杖を片手に、茨の魔女はつかつかと歩み寄ってくる。俺は彼女に向かって魔剣を構えた。


「ここじゃ狭くてやりづらいから、場所を変えよっか」


「なにを企んでる?」


「なにも企んでなんかいないよ。あんたのこと、徹底的に叩き潰したいだけ」


「……分かった」


「じゃ、ついてきて♪」


 茨の魔女の後について、俺は建物の外へと出る。

 街の中は、あふれる魔物と逃げ惑う人々で阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


「この魔物たちもお前の仕業か?」


「そうだよ。ちょっと脳みそをいじってあげたんだ」


 「天使の涙」を奪うためだけに人々を襲わせたのか。こいつは絶対に許せない。俺は心の底で憤怒の炎を燃やした。


 茨の魔女は杖の先端から茨を出すと、建物の壁にそれを突き刺し、自分の体を吊り上げて上に登り始めた。


 俺は〈質量操作〉と〈身体強化〉を使って一気に屋上まで飛び上がる。


 そうしてオークション会場の屋上に到着した俺と茨の魔女は、一定の距離を置いて互いに向かい合った。


「お前、その杖にやべーもんが封印されてるって知ってるんだろ?」


「あっ、アケビも知ってたんだ!そうだよ。あたしはこの杖の封印を解きたいの」


「『空白(ブランク)』に追放された人たちを救うためにか?」


「そこまで知ってるなら、もう聞く必要ないでしょ。ケシムを使って『空白(ブランク)』とこの世界を一つにする。それがあたしの願い」


「そいつが復活したら、どれだけの人たちが犠牲になるか、分かってるのか!?」


 すると、茨の魔女は鼻で笑った。


「そんなの関係ないよ。あたしたちを追放したこの世界の人間たちの自業自得でしょ」


「そうか。お前はそういう考えなんだな……残念だよ」


 俺は話し合いによる解決という一縷の望みを捨て、魔剣を握りしめた。こいつは絶対に俺が止める。


「さあ、おしゃべりはもうおしまい。そろそろ始めよっか」


「ああ」


 俺と茨の魔女は互いににらみ合う。

 じりじりと距離を詰め、そして俺は斬りかかった。

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