43話「天才と変人は紙一重」
パヤッカから歩くこと半日、俺たちはゾルダ村に到着した。
山に面したところにあるこの村は、豊かな緑に囲まれている。自然と人間の営みがうまく調和している、そんな雰囲気の村だった。
「すみません、ちょっとお話を聞いてもいいですか」
俺は、村の入口の近くで立ち話をしている二人の男性に話しかけた。
「おや、お客さんかい。珍しいねぇ」
「俺たち、ルイさんのお宅を探しているんですけど、どの辺にあるかご存知ですか?」
すると、タバコを咥えた男性はおもむろに山の方を指差した。
「この道をずっと行ったところに住んでるよ」
「この道って……山じゃないですか」
「そうだよ。山の中に一人で住んでるんだ」
見たところ、それは完全に登山道だった。もし村人たちに話を聞かなければ、家があるなんて思いもしなかっただろう。
「ルイさんはどうしてそんなところに家を?」
「どうして、って言われてもなぁ」
「あの人は変わりもんだからなぁ。俺たちにはよく分からないよ」
「はあ、そうですか……」
どうやら村人からも変人扱いされているらしい。これはよっぽどだな。
「分かりました。ありがとうございます」
「気をつけて行きなさいよ」
村人たちと手を振って別れると、俺たちは仕方なくその山を登ることにした。
「全く、七面倒くさいところに住んでおるのう」
「人嫌いなのか、それとも山奥に住まなければならない訳がなにかあるのか?」
「どんな理由にせよ、相手の機嫌を損ねないようにしなければね」
「そうだなぁ。手土産でも持ってくればよかったなぁ」
俺たちはルイの謎に包まれた生態について語りつつ、登山道を歩いていく。
その最中、一つ目を持つ猿たちが俺たちの周りに群がってきた。
ユニークスキルは〈悪食〉。食べたものをなんでも消化してしまうスキルらしい。
「モノアイアイだ! 握力が強いから気をつけて!」
「了解!」
俺は牙を剥いて威嚇してくる一匹のモノアイアイに〈加速〉と〈身体強化〉で駆け寄ると、袈裟懸けに斬りつけた。
するとモノアイアイは青い血を噴き出しながら倒れた。
怒った他の個体が、俺に飛びかかってくる。
「rednuht ekorodot!」
「はっ!」
俺の右方にいる猿たちが指向性を持った雷に貫かれ、左方にいる猿たちが目にも止まらぬ速さの拳に撃墜された。
「キ、キイィ……!」
残った数匹のモノアイアイたちは怖気付いたのか、背を向けて走り去っていく。
「逃げていっちゃった」
「集団で狩りをして、敵わないと分かれば逃げる。なかなか賢い魔物だね。まあ、私たちの手にかかればこんなものだが」
地面でうめいているモノアイアイにとどめを刺しながら、ユウキはふっと笑った。たしかに、いまの俺たちにとっては大した敵ではない。これなら問題なく先へ進めそうだ。
それからも俺たちは、度々襲いくる魔物を撃退しながら、山を登っていった。
そうして歩くことおよそ一時間。俺たちはようやく、それらしき小屋の前にたどり着いた。
そのログハウスは少し拓けた場所に立っていた。
周りには見渡す限りの自然以外なにもない。本当に家だけが山の中にぽつんと立っているという光景だった。
「すいませーん!」
しーんと静かで、なんの返事もない。留守にしているのかと思い、ドアノブにそっと手をかけると、ドアの鍵は開いていた。
「ごめんくださーい……」
そっとドアを開いた俺が一歩足を踏み出すと、つま先にこつんと何かが当たった。
すぐに視線を落とした俺は息を飲んだ。玄関のすぐそばで、長髪の男性がうつぶせに倒れている。
「し、死んでる……!?」
慌ててしゃがみこんだ俺が、全く動かないその体を揺すると、辛うじて絞り出すような声が聞こえた。
「み……みず……」
良かった。まだ息はある。バックパックから水筒を取り出した俺は、その男を仰向けにしてから、水を分け与えた。
最初はされるがまま、口に水を流し込まれていた男だったが、そのうち水筒をガッとつかみ、自力で飲み始めた。
やがて男は水筒の中の水を飲み干すと、満足げな顔で起き上がった。
「ぷはぁ〜、生き返った! ありがとう!」
「あの、大丈夫なんですか……?」
「五日間、飲まず食わずで研究してたもんだからね。おかげで助かったよ」
「五日間も!?」
「一度没頭すると止まらなくなるんだ、私は」
男は垂れてきた前髪をかき上げながら、にこりと笑った。たしかにこの男、かなりの変人のようだ。
「申し遅れたね。私はルイ・ガードナー。何の用かな?」
「俺はアケビ・スカイ。『世界の果て』について、あなたの力を借りに来ました」
「ほう……? 中へ入ってくれ」
ぴくりと眉を動かしたルイさんは、俺たちを家の中に招き入れた。
床の上には至るところに書物や資料が積まれており、足の踏み場がほとんどない。壁には魔法陣やらルーンの記された大小さまざまな紙が貼られている。
それはまさに、一般人がイメージする学者の部屋という感じだった。ルイさんは垣間見える床の上を器用に歩きながら、両手を広げた。
「好きなところに座ってくれ」
「好きなところって言われても、場所がないんですけど……」
「じゃ、遠慮なく」
積み重なった本の上を覆う埃を払ったシエラは、そこにどっかと腰かけた。
「ええ……」
「それでいいんか……」
俺たちもそれにならい、近くに積まれた本の上に腰を下ろす。ルイさんは机の前にある椅子に座ると、こちらを振り向いた。
「それで、力を借りたいっていうのは?」
「はい。この魔法陣のことなんですけど」
俺は懐から魔法陣のメモを取り出し、ルイさんに差し出した。すると、ルイさんは食らいつくようにそれを見つめた後、驚いた様子で顔を上げた。
「これをどこで……!?」
「『宵闇の蔵』というダンジョンで見つけたものです。なんとかして復元できませんか?」
ルイさんは俺に歩み寄り、右手で肩をつかんだ。
「すごい、すごいよアケビさん! これ、しばらく預かってもいいかい!?」
「ええ、構いませんよ」
「これは忙しくなるぞ……! しばらく時間をくれ! 必ず復元してみせる!」
ルイさんは机に向かうと、ノートを開き、ガリガリと一心不乱に文字を書き殴り始めた。
「この様子じゃ、また後で来た方が良さそうだね」
「ああ、そうだな。これ、置いときますからね」
「ありがとう」
机の上にパンを何個か置くと、ルイさんは片手でそれを一個つかみ、がつがつと食べ始めた。どうやら、食べ物を用意してやれば、食べてはくれるらしい。
「放っとくとまた倒れそうだから、毎日様子を見にくるか」
「はぁ……全く世話の焼けるやつじゃのう」
まるで遊びに熱中する子供みたいだなと思いながら、俺はルイの家を後にした。
「世界の果て」につながる頼みの綱は、いまのところ彼だけだ。復元作業が上手くいって、新しい事実がなにか判明してくれればいいのだが。
そのためなら、往復二時間の道のりも辛くはない。元来た道を下りながら、俺は期待に胸を膨らませるのだった。