41話「幸運の女神」
玉が入ったポケットは、29。
そう、黒の29だ。
「やった! 当たりだよね?」
ディーラーがこくりとうなずく。
その瞬間、テーブルを歓声と拍手が包んだ。みんなまるで我が事のように喜んでいる。そしてそれはもちろん、俺も同じだった。
「よくやった! ありがとう、ニア……ありがとう……!」
「うん! よかったね、アケビ!」
俺は号泣しながらニアを思い切り抱きしめた。彼女はまさしく、俺にとっての幸運の女神だ。
ディーラーは諦めたように笑うと、ニアのルーレットチップを普通のチップへと交換した。
「これはあなたのものです。どうぞお持ちください」
「ありがとう!」
ニアは屈託のない笑顔でそれを受け取り、俺の下に持ってきてくれた。橙チップが10枚、きっちりと揃っている。しかも、余剰分のチップのおまけ付きだ。
「はい、アケビ。これがほしかったんでしょ?」
「ああ、そうだよ。これで魔剣を取り返せる……!」
俺は二つに割れるギャラリーの間を歩きながら、ルーレットのエリア外へと出た。
そのとき、騒ぎを聞きつけたユウキたちがちょうどこちらに駆け寄ってくるのが見えて、俺たちは立ち止まった。
「アケビくん! 大勝したってのは本当かい!?」
「ああ。ニアがやってくれたよ」
俺が橙チップを見せると、ユウキは感激した様子で俺の肩をつかんだ。
「やったじゃないか! これで魔剣を取り返せる!」
「ああ、そうだな。ちなみに、そっちはどうだったんだ?」
「私なんてそこそこ稼いだくらいさ。ニアくんの足元にも及ばないよ」
ユウキは橙チップを1枚見せた。そうは言うが、相当稼いでくれた方だと思う。
「妾もきっちり勝ったぞ!」
「おらの方が多いぞ!」
「くっ、負けた……!」
シエラは茶色のチップが2枚、タオファはそれが3枚。1枚あたり100万ジラだから、二人とも十分な勝ちだ。
蓋を開けてみれば、全員が大勝という形で終わったことになる。ピアースの鼻は十分に明かせたといえるだろう。
勢いに乗った俺たちは、意気揚々と景品交換窓口へ向かった。
「すみません。景品の交換を」
「はい。どちらの景品でしょう?」
「魔剣に決まってるだろ」
俺は橙チップをカウンターに叩きつけた。
「10枚揃ってる。これで文句ないよな?」
刹那、カウンターのスタッフの笑顔が固まった。ぎこちない動きでチップをまじまじと確認し、それから顔を上げる。
「少々、お待ちください」
腕を組んで待ち構えていると、奥から出てきたのはピアースだった。
彼は冷や汗をかきながら橙チップを数えていたが、そのうち何を思ったか俺に指を突きつけた。
「お、お前! な、な、何かズルしたんだろう! 俺への当てつけか!?」
「ズルなんかするわけないだろ。きちんと遊ばせてもらったぜ、支配人さん?」
「くぅっ……!」
「さあ、どうなんだ? 魔剣を渡すのか、渡さないのか?」
「それは……」
沈黙するピアースに、俺はずいと顔を近づけ、ギリリとにらみつけた。
「渡すのか! 渡さないのか! はっきりしろ! ピアース!!」
俺の迫真の怒鳴り声にびびったピアースは、しわくちゃな顔で頭をかきむしった後、がっくりとうなだれた。
「はい……お渡しします……」
それからの段取りはなんともスムーズなものだった。支配人自ら景品台に向かうと、魔剣を取り出し、俺に直接手渡してくれたのだ。
俺は満面の笑みでそれを受け取り、彼に背を向けた。
「あっ、そうそう!」
一つ思い出したことがあったので振り返ると、ピアースはびくんと体を震わせた。
「ま、まだ何か……!?」
「チップ換金の方も頼むよ、支配人さん」
「は、はいっ、ただいま! そちらでお待ちください!」
俺たちが渡したチップの合計換算額は約3600万ジラ。こういうときに〈速算〉があると便利なものだ。
しばらくすると、ピアース自ら手形を持って出てきた。
迷惑料も入っているのか、支払額は少し増えて4000万ジラ。振出人はもちろんカジノ「カエルム」になっている。さすがにこれだけの大金を現金一括で用意することはできなかったらしい。
「これでどうか勘弁してください……!」
「ふぅん……まあいいや。ありがとさん」
これ以上こいつと揉めて関わり合いになるのは死んでも嫌だったので、俺はそれを受け取って手切れ金にすることにした。
出口まで支配人直々にお見送りとは、なんとも大層なおもてなしだ。
「行ってらっしゃいませ、アケビ御一行様」
「お? 言葉が違うだろ?」
「えっ」
「『またのご来店をお待ちしております』だろ?」
俺がそう言うと、ピアースはがちりと固まった。
「またの……ご来店を……」
「あぁん? よく聞こえないんだけどぉ?」
「またのご来店を! お待ちしております!!」
ピアースは涙目になりながら頭を下げた。
こうして俺たちは気持ちよく、大手を振ってカジノを出ていった。
通りを歩きながら、俺はふと思ったことを話すことにした。
「なあ、一つやりたいことがあるんだけど」
「なんだ? 勝った祝いに豪遊でもすっか?」
「いや、違うよ。冒険者ギルドに行きたいんだ」
「なっ……まさかお主、あれだけ稼いでおいてまだ稼ぐつもりなのか!?」
「違うって! ほら、受け取った手形を早いところ使ってしまいたいんだ」
「手形を? いますぐにかい?」
話が飲み込めないというユウキたちに、俺はこくりとうなずいた。
「ああ、そうだ。盗まれる前に、な」
少しの間を置いて、ユウキたちは大笑いし始めた。
「あっはっは! そのジョークはおめぇ、ずりぃぞ!」
「ひーっ! お腹が痛い! 本人がそれを言うかい!」
「妾たちを散々心配させておいて、それはないじゃろ! ぷくくく……!」
「うふっ、あはは! アケビおもしろい!」
「そ、そうか? いや、そんなつもりは……ふふっ、あははは!」
釣られて、なんだか俺もおかしくなってきてしまった。五人で散々笑い合った後、俺たちは冒険者ギルドに足を向けた。
「よし、朝まで飲むぞアケビ!」
「えっ、マジか?」
「当たり前だろ! 祝勝会っちゅうのは夜通しやるもんだと相場が決まってるんだ!」
「誰が一番多く飲めるか勝負じゃ!」
「おっ、リベンジマッチか? おら負けねぇぞ!」
「楽しそうだね。私も参戦しよう」
「わたしも!」
「よっしゃ! 決まりだな! 全員で飲み比べすっぞ!」
「俺はまだやるって言ってないんだけど!?」
そうして俺たちは朝まで飲み明かしたのだった。
もちろん、魔剣はギルドカウンターに預けてからな。