40話「ミッションインポッシブル」
俺たちはカジノ内にある休憩用のテーブルで顔を突き合わせている。やることはもちろん作戦会議だ。
「元手は冒険者ギルドから下ろした100万ジラ分のチップ。これを今夜中に1億ジラ分まで増やす」
「でも、一体どうやって……?」
「一人頭20万ジラを、各々が地道に賭けていくしかないだろうね」
「そんな……!」
「なんと言おうとやるしかないんだ、アケビくん」
俺は血の気が引いていくのを感じた。もし失敗したら、クランの資金どころか路銀すら危うくなる。正真正銘の終わりだ。
「スロットは運が絡むからやめた方がいいね。幸い、私は記憶力に自信があるから、ポーカーでなんとか稼いでみるよ。他の四人はどうする?」
「わたし、カジノよくわからない……」
「そうだよな。後でルーレットを簡単に教えてやるよ」
「うん! やってみる……!」
「俺はニアとルーレットで頑張ってみる。シエラとタオファは?」
「妾はブラックジャックじゃな。タオファ、お主も付き合うか?」
「上等だ。おめぇには絶対負けねぇ……!」
「おいおい、仲間内で競り合ってどうするんだ……まあ、やる気があるようだからいいか……」
ユウキは嘆息すると、テーブルから少し離れて言う。
「朝5時になったらいったん集合しよう。それでいいね?」
「ああ、分かった」
「よし、行くぞ吸血鬼」
「うむ、ヒトの子よ」
シエラとタオファは互いに肩を軽く突き合いながら、ブラックジャックのテーブルへ向かっていった。仲が良いんだか悪いんだかよく分からない二人だ。
「それじゃ、俺たちも行こうか」
「うん!」
チップの入ったトレイを持って、俺たちはルーレットのテーブルへ向かった。
まずは少額のベットから始めるのがいいだろう。俺はミニマムベットが一番低いテーブルに着くと、チップをルーレット用のチップに交換してもらった。
「いいか。ルーレットっていうのは、ディーラーが玉を転がして、その玉が入るポケットの数字を当てるんだ」
「数字を当てればいいの?」
「ああ。例えば、俺はこれから20に一枚賭ける」
俺は宣言した通り、20の番号にチップを一枚置いた。
他のプレイヤーがベットし終えるのを待って、ディーラーがルーレットを回転させる。
ルーレットの外周をコロコロと転がった白い玉は、しばらくして11のポケットに入った。
「いまのは外れたから、チップが没収される」
「当たったら?」
「チップ1枚が36枚になって返ってくる」
「分かりやすい!」
「でも、賭け方はそれだけじゃない。例えば、この赤いところにチップを置くだろ? そうするとどうなるか分かるか?」
「数字が赤だったら当たり?」
「そう、そういうことだ。でもこれは当たる確率が高いから、配当の倍率が低い。当たったら、チップ1枚が2枚になる」
再びディーラーがルーレットを回す。今度は14のポケットに玉が入った。赤なので当たりだ。
俺はディーラーからチップを2枚受け取った。これで所持チップ枚数は振り出しに戻ったことになる。
「まあ他にも色々やり方はあるから、やりながら覚えていこう。とりあえず、好きなところに賭けてみな」
「うん、分かった」
ニアは黒と1-12の枠に2枚ずつベットした。
ディーラーが玉を転がし、ポケットに入る。
「おっ、すごいな! いきなり当たりだぞ」
「やった!」
数字は黒の8。賭けたチップが両方当たったので、配当枚数は合計10枚だ。
「この調子でどんどん行こう」
「うん!」
俺は適宜手ほどきをしながら、ニアにルーレットを遊ばせていった。
驚くべきことに、ニアの勝率は異常に高かった。どんな賭け方をしても、体感で四回のうち三回は当たるという感じだ。
さすがにおかしいと思ったらしく、途中ディーラーが一度交代したが、結果は変わらなかった。
「なあ、ニア。もう少しベットが高いところに行こうか」
「んー? うん」
俺はルーレットチップを普通のチップに交換した。この時点ですでに元手から5倍、100万ジラになっていた。
もしかしたら、ニアは幸運の女神かもしれない。そんな願望を抱きながら、俺たちは高レートのルーレットテーブルに移った。
「細かいことは何も考えなくていい。今まで通り、思った通りに賭ければいいからな」
「分かった!」
いつしか俺は、ニアに全てのチップを託すようになっていた。だって、俺が賭けるよりよっぽど効率が良いからな。
テーブルのレートが上がった後も、ニアは着実にチップを積み重ねていった。
ときに大胆に、ときに繊細に賭けるその手腕は、初心者とは思えない凄みを帯びていた。
そうして賭け続けていると、どこからか噂を聞きつけたのか、段々と周囲にギャラリーが集まってきた。
観戦行為は本来マナー違反なのだが、今回に限っては話が違うらしい。ニアの勝ち方はそれだけ異常だということだろう。
その光景を不安に思ったのか、ニアはいったんテーブルを離れて俺の下にやってきた。
「ねえ、アケビ。わたし、なにか悪いことした?」
「いや、大丈夫だよ。ニアがたくさん勝ってるから、みんな気になって見にきたんだ」
「そうなんだ! じゃあ、もっと遊んでてもいい?」
「ああ。好きなだけやってこい」
「うん!」
ニアは再びテーブルに着くと、目を輝かせながらベットを続けた。
それからも賭け続けることしばらく。
三度目のディーラー交代を挟んで、ついにそのときはやってきた。
テーブルに座っているのはニアただ一人。ディーラーからのお決まりのフレーズである「他にベットはありませんか?」のかけ声もすでになくなっていた。
ディーラーがベットを待つ中、ニアはぽつりとつぶやいた。
「全部賭けちゃおっかな……!」
「えっ……!?」
ディーラーが目を見開くとともに、ギャラリーが一気にざわついた。
それもそのはず、ニアは黒の枠に所持チップの全てを賭けたのだ。これが決まれば、ニア単独で1億ジラ突破が確定する。
「それでは、行きます」
「うん! お願いします!」
ディーラーがルーレットを回転させ、玉を投げ込む。後ろで見ているだけの俺でさえ、呼吸が覚束なくなり、いまにも心臓が飛び出そうだ。
観衆たちが固唾を飲んで見守る中、運命のルーレットはついに停止した。