4話「人助けって気持ちいいよね」
倒したスライムの後処理を終えた俺は、バックパックを背負って草むらから出た。
薬草だけでなくスライムゼリーまで手に入るとは、思わぬ収穫だった。
どちらも有用な素材だ。これはなかなか幸先がいいかもしれない。
ルンルン気分で道を歩き出そうとした俺は、物騒な物音に気づいて立ち止まった。
そんなに遠い場所ではなさそうだ。とりあえず様子だけでも見に行ってみよう。
そう思い道を進んでいくと、そこには予想だにしない光景が広がっていた。
一台の馬車の周囲を四匹のゴブリンが取り囲んでいる。
馬車の近くには不安そうな御者が一人と、全身ボロボロになった護衛兵が二人立っており、そいつらと対峙している。
(まさかゴブリンにやられてしまったのか……!?)
このまま放っておくわけにはいかない。劣勢の彼らを助けなくては。
俺はそちらの方へ駆け出した。
こんなこともあろうかと、必殺技を考えておいたのだ。食らうがいい。
俺は〈身体強化〉と〈質量操作〉を使い、高々と跳び上がった。
そして放物線の頂点で体の質量を大幅アップさせ、落下の威力を増しながら、両足でストンピングする。
「ヘビーストンプ!」
こちらに背を向けていたゴブリンは、俺の必殺技パート1を後頭部にモロに食らい、地面によろりと倒れ込んだ。
それを見た別のゴブリンが、こちらに殴りかかってくる。
俺はそれをひらりとかわすと、拳で殴りかかった。そして打撃が当たる瞬間に自分の体の質量を大きく、相手の体の質量を小さくする。
「ヘビーゴング!」
俺の必殺技パート2を腹部に食らったゴブリンは後ろに吹っとぶと、木の幹にぶつかってくずおれた。
それと同時に、俺の体が悲鳴を上げるのが分かった。この戦い方は体の負担が大きいから、日頃から訓練しておかないとダメそうだ。
ともあれ、合計二匹のゴブリンを片付けた俺は、馬車の反対側にいる護衛兵たちの方へ顔を向けた。
どうやら、俺が戦っている間に彼らもゴブリンを一匹ずつ倒していたらしい。倒れたゴブリンにとどめを刺すと、彼らは剣を納めた。
それから護衛兵たちは俺の下に駆け寄り、軽く会釈してきた。
「ありがとうございます。冒険者の方ですか?」
「ええ、まあ」
俺が若干照れながら頭に手をやっていると、馬車の中から女性らしき声が聞こえてきた。
「みなさん、大丈夫ですか!?」
「はい、ジェニー様。無事に片付きました」
「そうですか、よかった……!」
幌を手でまくり上げながら馬車を降りてきたのは、まだ二十代くらいに見える女性だった。
長い金髪を後頭部で縛り上げ、簡素な緑色のドレスを身につけている。
ジェニーと呼ばれた女性は周囲の惨憺たる光景を見ても別段驚く様子はなく、警備兵たちのことを第一に心配しているようだった。
「この方が我々を手伝ってくださったんです」
「あら、そうだったんですね」
警備兵の言葉を聞くと、彼女は俺に向き直って会釈した。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえ。なんだか危なそうに見えたから、ちょっと手伝っただけです」
「このやつれた身なりを見れば、そう思われるのも無理はないでしょう。我々は道中で一度野盗に襲われていますから」
なるほど、道理で馬車や装備がボロボロなわけだ。
それにしても、一度の旅程で二回も襲われるなんて、不運な人たちだ。俺は心の中でそっと同情した。
「申し遅れました。私、ブラウン商会のジェニーと申します」
「俺、アケビって言います」
「よろしければ、キセニアの街でお礼させていただきたいのですが、いかがですか?」
「いえ、そんな大したことはしてませんから、お気遣いなく」
「そうですか……」
ジェニーさんはしゅんと萎れると、泣きそうな顔でうつむいた。なんだかこちらが悪いことをしているような気がして、俺は慌てて両手を挙げた。
「や、やっぱり行きます!」
「本当ですか!?」
「はい!」
「では、行きましょう!」
俺の返事を聞いた途端、ジェニーさんはぱあっと明るい表情になり、俺の手を取って馬車の中へと招き入れた。
そんな俺たちの様子を見た御者と警備兵たちは、アハハと笑った。
問題なく動き出した馬車に揺られながら、俺とジェニーさんは互いの身の上について会話を交わした。
ジェニーさんはキセニアの街へ仕入れの商談にやってきたところらしい。
最近、野生のクラウドスパイダーの数が激減しており、そのせいで雲糸がなかなか取れないそうだ。そのあおりを受けて代用品となる毛糸も高騰し、糸全般がなかなか手に入らないのだという。
商人もなかなか大変なんだなと思いつつ、俺は相槌を打つことくらいしかできなかった。
一方、俺が冒険者になるまでの経緯を話すと、ジェニーさんはボロボロと泣き出した。
「そんな! 14の身空で家なしなんて、悲しすぎます! 手伝えることがあったら、なんでもおっしゃってくださいね……!」
「あはは、ありがとうございます。何か困ったときはよろしくお願いします」
ここまで親身になられると、こそばゆくてちょっと居づらい。
そうだ。少し礼を返してもらえば、そんなこともなくなるだろうか?
そう思った俺は、ジェニーさんが泣き止むのを待ってから、ある提案をすることにした。
「あっ、それじゃあ、一つだけお願いしてもいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
俺の話を聞いたジェニーさんは快諾した。
◆◆◆
武具屋から出た俺は、抜いた剣を幾度か振るうと、再び鞘にしまった。軽くて斬れ味がそこそこ鋭い両刃剣だ。
「うん、これはいい」
振り心地にたしかな手ごたえを感じていると、ジェニーさんは俺の顔をのぞきこみながら、首をかしげた。
「本当にこれだけで良かったのですか?」
「はい。動きにくくなるのはあまり好きじゃないので」
俺がジェニーさんに願ったのは、魔物と戦うための武器が欲しいという単純な望みだった。
〈質量操作〉のことを考えると重いハンマーや両手斧でもよかったのだが、スライムとの戦闘を思い出した俺は、切断できて取り回しやすい武器の方がいいだろうと思い直し、オーソドックスな剣を選んだ。
鎧や盾なども勧められたが、まだ素人同然の俺には使いこなせないだろうと思い、結局買わなかった。
冒険者ランクが上がるにつれて、必要になったら追い追い買い足せばいいだろう。
「ありがとうございます、ジェニーさん。おかげで冒険者としてやっていけます」
「いえいえ、これくらい私にかかればなんてことはありませんよ」
ジェニーさんは自分の腕を叩きながらふふっと微笑んだ。
代金の支払いはジェニーさんが行ってくれたのだが、さすが商人、値切りの腕は一流だった。武具屋としては商売上がったりだろう。
ここで俺は、ずっと脳裏に浮かんでいた疑問を尋ねることにした。
「まだ出会ったばかりの冒険者なのに、どうしてこんなに親切にしてくれるんです?」
「あなたという冒険者に光るものを感じたので、投資しているだけですから。お気遣いなく……なんてね?」
商人としての打算的な顔をちらりとのぞかせたジェニーさんに、俺は度肝を抜かれた。
純情な一面を見せられるとつい忘れそうになるが、彼女はいっぱしの商人なのだ。何の意味もなく、こんな新米冒険者に親切にするわけがない。
誰かに期待をかけられるのは初めてのことで、どう返事をしたらいいか分からなかったが、自分なりに答えることにした。
「俺、きっと一人前の冒険者になってみせます。ジェニーさんに頼られるくらいの、立派な冒険者に」
「あら。期待していますよ、お若い勇者さん」
拳を握って意気込む俺に、ジェニーさんはにこりと笑いかけた後、ぱんと手を叩いた。
「そうそう、そんなあなたに一つご紹介したいと思っていた案件があるんですよ」
「何ですか?」
「『ミダルモスの神殿』ってご存知ですか?」
「いや、知りません」
「最近発掘された古代遺跡なんですけど、今度その内部の大捜索が実施されるんです。見つけた遺物は全て自分のものにできるそうですよ。参加してみませんか?」
なるほど、ダンジョン探索でお互いに成果を競い合うというわけか。それなら新米冒険者の俺でも少しは活躍のチャンスがあるかもしれない。
「やります!」
二つ返事に承諾した俺に、ジェニーさんは笑いかけた。
「そうおっしゃると思っていました。私からギルド宛に紹介状を書いておきますから、持っていってください。詳しいことは向こうから説明があるでしょう」
よーし、待ってろミダルモス――
「それからアケビさんは当日までにランク昇格、頑張ってくださいね」
「……えっ?」
「あら、言いませんでしたっけ? その依頼はFランク以上の冒険者しか受けられないそうですよ」
「マジか……いや、大丈夫です! なんとかします! ありがとうございます!」
現在の俺の冒険者ランクはG。このままでは対象ランク外になってしまう。
俺は自分がやる気に満ちあふれているのを感じながら、必ずや昇格してみせると決意した。