39話「旅先でのトラブルには気をつけよう」
日が暮れて夜になる頃、俺たちはようやくパヤッカに到着した。
いたるところに立っている街灯が街を煌々と照らしており、夜だというのに昼間のように明るい。
そして人々もまた、そんな雰囲気を満喫するかのように街を闊歩している。
町の入口で、ピアースさんは俺たちに向き直った。
「ありがとうございました! おかげで大変助かりました!」
「いや、大したことはしてませんから」
「いえ、そばにいていただけるだけでも心強かったです! 報酬はこちらでよろしいですか?」
ピアースさんは懐から一枚の手形を取り出した。
支払額は5万ジラ、振出人はピアース商会、受取人は俺たちのクラン「ビヨンド」になっている。これを冒険者ギルドに手渡せばお金が受け取れるみたいだ。
「ありがとうございます。たしかに頂戴しました」
「いえいえ。また機会があればよろしくお願いします」
ピアースさんはそう言うと、両腕を広げた。首をかしげる俺に、彼は笑いかける。
「ハグですよ。出会った記念と別れる挨拶を込めたハグです」
「ああ、なるほど。ハグね」
そして俺はピアースさんと別れのハグを交わした。ずいぶんと情に篤い男だ。
そう思ったその瞬間、背後から何者かがぶつかってきて、俺とピアースさんは体勢を崩して地面に倒れ込んだ。
「痛てっ!」
「あいたたた!」
「アケビ!?」
「おいおい、大丈夫かい?」
「ああ、俺は大丈夫だ。ピアースさん、立てますか?」
「いやはや、乱暴者もいたものですね。ありがとうございます」
俺の手を握ると、ピアースさんはなんとか立ち上がった。ついた埃を払いながら、俺とピアースさんは互いに苦笑した。
「それじゃ、またの機会があればよろしくお願いします」
「こちらこそ、うちの商会をどうぞごひいきに」
ピアースさんは手を振って雑踏の中に去っていく。
「なんだよ。怪しいって言ったけど、全然そんなことなかったじゃないか」
「いやいや、あんなタイミングで現れたら誰だって怪しむだろう?」
「まあ、なんにせよ無事に町に着けて良かったでねぇか」
「そうだね。それじゃ私たちも行こうか?」
「ああ、そうだな」
一歩踏み出した瞬間、俺はとてつもない違和感を感じた。腰にあるはずの重みが全くなかったからだ。
「あれ?」
「どうしたの、アケビ?」
俺は恐る恐る腰に手を当てた。
ない。何度触ってもない。
「魔剣が、ない……」
「えっ?」
俺は慌ててバックパックを下ろし、中を漁った。ダメだ、やっぱり見当たらない。
この街に来るときまでは確かに腰に下げていたはずだ。なくすタイミングがあるとしたら――
「くそっ、さっきぶつかったときにやられた……!」
俺は地面に拳を打ちつけた。
「落ち着くんだ、アケビくん! 犯人の顔は見てないのか!?」
「ピアースさんに気を取られて、見てなかった……!」
「妾もじゃ、すまぬ」
「おらもだ」
「わたしも。ごめんね、アケビ」
「そんな……!」
俺は失意のどん底に落ちた。「宵闇の蔵」に潜ってまで手に入れた大切な愛剣だ。もう他の剣を手に持つなんて考えられない。
「盗まれてしまった以上、取り返す方法を考えないといけないね」
ユウキはあくまで冷静に論を述べる。俺はその冷たさに若干の苛立ちを感じたが、それを隠しながらユウキを見上げた。
「取り返すって言ったって、どうやって?」
「犯人が町から出て行かないか、主要な出入り口を手分けして見張る。その間に残りのメンバーは自警団に連絡。その後は、売り飛ばされた可能性を考慮して、町の中にある質屋や商会を当たる。それくらいしかないだろうね」
「大変だけんど、やるしかねぇな……!」
「仕方ない。協力してやろうではないか」
「アケビくん、盗まれたのはきみの剣だぞ! 本人が落ち込んでいてどうする!」
「ああ、そうだな……」
叱咤激励とともに背中を強く叩かれて、俺はようやく目が覚めた。このまま泣き寝入りするわけにはいかない。
「よし、それじゃあニアくん、シエラくん、タオファくんは出入り口の見張りを。私とアケビくんは町の中を探そう」
「みんな、悪い。頼んだ」
「ううん、アケビのためだもん。わたしがんばる!」
「後で美味い酒を奢れよ?」
「絶対見つけるから心配すんな、アケビ」
こうして、俺たちは手分けして魔剣を探索することになった。
〈地獄耳〉をこんな形で活用することになるとは思ってもみなかった。人々の会話を聞きながら、俺は町の中にある商会を駆けずり回っていった。
そのうち、自警団らしき連中も慌ただしく動き始めた。ユウキが上手く焚きつけてくれたのだろう。ありがたい限りだ。
そうしてしばらく走り回っていると、ユウキがこちらに向かって血相を変えて走ってきた。
「どうした、ユウキ!? 見つかったのか!?」
「ああ、見つかった」
「そうか! 良かった! それで、場所はどこなんだ!?」
「それが……」
俺はユウキから魔剣の在処を耳にして絶句した。考えうる限りで一番厄介なところに置かれてしまったからだ。
◆◆◆
俺とユウキはいまカジノ「カエルム」の店内にいる。
目の前にあるのは、カジノの景品台だ。チップと交換で景品がもらえるというシステムになっているらしく、景品の下にはそれぞれ値札が貼られている。
「本日入荷した目玉景品は、この美しい魔剣! 冒険者の方の戦闘だけでなく、美的鑑賞にもお使いいただける、素晴らしい一品となっております!」
景品台に置かれた魔剣を、カジノのスタッフが指し示す。
「橙チップ10枚ってことは、ジラに換算するといくらだ?」
「橙チップ1枚が1000万ジラだから、1億ジラだね」
「1おっ……!?」
俺は目玉が飛び出しそうになった。そんな大金、持ち合わせているはずがない。
一体どうしたものか考えあぐねていると、スタッフが少し横に退いた。
「それではこれより、支配人による試し斬りが行われます! 皆さまどうぞお集まりください!」
集まってくる観衆の前に姿を現したのは、なんと黒いスーツに身を包んだピアースその人だった。
俺は間髪入れずにピアースに詰め寄った。
「てめぇ……!」
「あっ、あなたは!」
「ちょっと、お客さん! 乱暴はやめてくださいね!」
「俺の魔剣を返せ! あんたなら事情を知ってるだろ!」
ピアースはバツが悪そうに目を逸らしたが、少しすると、あろうことか俺に笑い返してきた。
「はて、一体なんのことでしょうか?」
「はぁ!?」
「いまここで、この魔剣があなたの所有物だと証明することができますか? それができるなら、ご自由にお持ちください」
「そ、それは……」
「できないんですね? でしたら、どうぞお引き取りを」
「くっ……!」
「アケビくん、やつの言う通りだ。私たちにはあれをきみの所有物だと証明する手段がない。ここで事を荒立てれば、逆に私たちが捕まってしまうぞ!」
ユウキに制止された俺は、はらわたを煮え繰り返らせながらピアースをにらみつけた。
「分かったよ。ここではお前に譲ってやる。でも、この借りは絶対に返してもらうからな……!」
すると、ピアース支配人は半目でにやけながら会釈した。
「それではごゆっくりとカジノをお楽しみくださいませ、アケビ様」
畜生。とんだ食わせ者じゃないか。
俺はピアースを助けたことを死ぬほど後悔しながら、景品台に背を向けた。
あの魔剣は取り返す。絶対にだ。