38話「ゴブリンベースボール開幕」
タイザンを後にした俺たちは、街道をひた歩く。
俺は落ち込んだ気持ちを切り替えるために、声を上げながら行く手を指差した。
「よーし、次の町目指して頑張るぞ!」
「次っていうのはどこじゃ?」
「ここから北北東に向かって北上すると、パヤッカっていう町があるらしい」
「ほう、楽しみじゃな」
「パヤッカはギャンブルの町として有名なんだ。上手くやれば大儲けできるかもしれないぞ」
ユウキがそう言うと、タオファは両手をわきわきと動かしながら、目をギラギラと輝かせた。
「ぐふふ……金・金・金!」
「おい、なんか怖いぞ……」
「タオファ、お金ほしいの?」
「当たり前だ! おらは兄弟を食わせねばなんねぇ。金はあればあるほどいいんだ」
「たしか五人いるんだっけか。大変だな……」
母は強しならぬ、姉は強しといったところか。
とはいえ、俺もギャンブルをやった試しがないから、どんなものなのか興味はある。楽しみじゃないと言えば嘘になるだろう。
そんな会話をしていると、腕を組んだシエラがタオファの隣に立った。
「よぉし、妾も興が乗ってきたぞ。どちらが一晩でより多く稼げるか、勝負と行こうではないか」
「おっ、おらと一勝負しようってか? 絶対負けねぇかんな?」
「ふん、せいぜいほざいておれ。妾が一財産築き上げるのを目の当たりにして、ひれ伏すまでの間な!」
互いの顔を突き合わせ、バチバチと火花を散らす二人。全く、まだ町に着いてもいないのに、勝負事の好きなやつらだ。
「ほら、浮かれていると危ないぞ。前、前」
ユウキはふと刀の柄に手をかけた。
目の前に現れたのは、三匹のゴブリンだった。その手にはこん棒ではなく、どこから調達したのか、鉄製の大きなハンマーを握っている。
「ギギッ!」
ゴブリンは目が合うと、パーティの中でも比較的小柄なユウキとシエラに殴りかかってきた。
そのとき、ユウキの右肩で腹這いになっているルナが、左手でユウキをポンポンと叩いた。
「うん? ルナ、戦りたいのか?」
「ニャーゴ」
「そうか、最近運動不足だったからな。よし、行け!」
「グルオオオオオッ!!」
「ギィッ!?」
ルナは〈縮小化〉を解くと、巨獣となってゴブリンに飛びかかった。ハンマーを右の前脚でいとも簡単に跳ねのけ、その喉元に食らいつく。青い鮮血が吹き出し、ゴブリンは一瞬で地に伏した。
「つ、強え……!」
「グルルルル……」
「ギ、ギイィ!」
残りのゴブリンはルナの姿に怖気付いたらしく、そちらに背を向けて、ヤケクソ気味に俺たちの方へ向かってくる。
それを見て、俺は一ついいアイデアを思いついた。
「そうだ。ちょっと試してみたいことがあるから、少しの間だけ引きつけててくれないか?」
「しょうがないのう。ちょっとの間だけじゃぞ?」
シエラはやれやれといった様子で肩をすくめると、二匹のゴブリンの攻撃を華麗にいなし始めた。彼女の実力なら一人でも大丈夫だろう。
その間に俺は、さっき倒れたゴブリンが落としたハンマーを拾い上げた。いちおうそのままでも持てない重さではないが、武器として扱うには重すぎる。
そこで〈身体強化〉を使うと――よし、いい感じの重さになった。これなら自由自在に扱える。振るも投げるもお手の物だ。
「よし、もういいぞシエラ!」
「吸血鬼扱いの荒いリーダー様じゃのう! ほれ、行ったぞ!」
俺は蹴り飛ばされてきたゴブリンに向かって、ハンマーを思い切りぶち当てた。その瞬間〈剛腕〉が発動し、ハンマーの威力が強化される。
空中でゴブリンのわき腹にジャストミートしたハンマーは、ろっ骨をバキバキと砕きながら、その肉体をかっ飛ばした。おそらく十数メートルは飛んだだろうか。
「おー、これはヒットってところだな」
「休むなアケビ! もう一丁行くぞ!」
「はいよ!」
〈剛腕〉単体での効果は分かったので、今度はスキルの複合発動を試みることにした。
まず、ハンマーを振るタイミングで〈加速〉を発動。飛んできたゴブリンにハンマーが当たった瞬間〈剛腕〉に加えて〈質量操作〉を発動し、ハンマーを重く、ゴブリンを軽くする。
直後、上空に高々とぶち上げられたゴブリンは、豆粒くらいの大きさに見えるようになったところでようやく地面に落下した。
「ナイスホームラン!」
「うむ、さすが妾が認めた男じゃ。よいスイングじゃったぞ」
「シエラも、いい蹴りだったぜ」
俺は戻ってきたシエラとハイタッチすると、もはや不要になったハンマーを地面に放り捨てた。
デモンストレーションにしては、なかなかいい結果が得られたのではないだろうか。これなら実戦でも十分に活用できそうだ。
「すごいよ、アケビ!」
「いい野球選手になれるんじゃないか?」
「そうかな? へへっ」
「今度、おらとバッティング勝負しよう!」
「時間と場所があればな」
仲間たちの賛辞に包まれながら、俺は街道へ歩みを戻す。
相手が弱小モンスターとはいえ、これだけ快勝できると気持ちが良いもんだな。この調子で、この旅もこのまま上手くいってくれればいいのだが。
「いやー、素晴らしい腕前ですね!」
背後からパチパチと手を叩く音がして、俺たちは振り返った。
そこには、大きな荷物を背負った行商人らしき人物が立っていた。
「誰かな?」
「すみません。いきなり話しかけて、怪しませてしまいましたよね。私、行商人をしておりますピアースと申します」
彼は慇懃に会釈をすると、俺に手を差し伸べてきた。
「あなたたちの強さには感激しました。特にあなたのその腕っぷし! 他の冒険者にはない輝きを感じます!」
「はぁ、どうも……」
俺は渋々握手を交わした。
褒められて悪い気はしないが、どういう意図で近づいてきたのだろうか。不審がる俺たちの機嫌をうかがうように、ピアースはおもむろに口を開いた。
「その、突然の申し出なのですが、私をパヤッカまで護衛していただけませんか? 護衛を依頼していた冒険者が前日に辞退してしまいまして……急きょ一人旅になってしまったのです」
「なんだか怪しいね、君。そんな都合の良い話が通ると思うかい?」
剣の柄に手をかけるユウキを見たピアースは、顔の前でぶんぶんと手を振った。
「あ、いえ! 無理なら構いません! ただ、あなたたちのような冒険者に護衛していただければ、この上なく安心だと思ったものですから。もちろん、報酬ならきちんとお支払いしますよ!」
「こう言ってるけど、どうする?」
「妾はどちらでも構わんぞ。もしも不届きな真似をしたらぶん殴るだけじゃ」
「おらも、金さえもらえれば問題ねぇと思う」
「アケビにまかせる!」
「俺もいいと思う。困ってるみたいだし、このまま放っておくのは忍びないだろ」
俺たちの弁を聞いたユウキは頭を抱えた。
「はぁ……これじゃ警戒している私がバカみたいじゃないか。分かったよ、アケビくんがそう言うなら従おう」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
深々と頭を下げたピアースさんは、改めて俺たちに握手を求めてきた。これで契約成立というわけだ。
「それじゃピアースさん、行きましょうか」
「はい!」
新たな道連れを加えて、俺たちはパヤッカの町を目指す。その先に待ち受けている苦難を、まだ俺たちは知らない。