37話「悲しみの昇格」
そよ風に吹かれながら、俺たちはガラス細工に囲まれた通りを歩いていく。それぞれのガラスが日の光にキラキラと輝いて美しい。
「それにしても、あれを断って本当によかったのかい?」
「ああ。そういう柄じゃないしな」
神隠し事件解決の件で町長から直々にお礼と表彰がしたいという提案があったのだが、俺の一存で断らせてもらったのだ。
別にそういう見返りを求めて依頼を受けたわけじゃないし、被害者の遺族の気持ちを考えると、浮かれる気分になれなかったからだ。
「そういうところがアケビらしいっちゃらしいけんどな」
「もったいない。もらえるものはもらっておけばよいのに」
「まあいいじゃんか。事件は無事解決したんだから」
「ふん」
不満そうなシエラを俺が苦笑しながらなだめていると、ようやく冒険者ギルドに到着した。
俺たちは、早速カウンターの女性スタッフに話しかけた。
「こんにちは」
「あっ、アケビさん! こんにちは!」
女性スタッフは愛想良く挨拶をした。神隠し事件を解決したことをギルドに報告して以来、スタッフたちからすっかり名前を覚えられてしまったのだ。ありがたい反面、少々恥ずかしさもある。
会釈をすると、俺は彼女の下にそろそろと近寄った。
「本部からの通知って届いてますか?」
「それがですね……」
女性スタッフは悲しそうな顔でうつむいた。もしかして、ダメだったっていうのか……?
「じゃん! 届きました!」
彼女は笑顔で四枚の手紙を取り出した。よかった、しっかり届いていた。
「ランクアップ、おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げると、それぞれの宛名が書かれた封筒を受け取り、クランのメンバーに配った。
「順に開封していこう」
「ああ、そうだな」
「まずニアから開けてみようか」
「うん」
ニアは薄目になりながらゆっくりと手紙を開封したが、そのうちぱあっと明るい表情になった。
「やった! Bだ!」
ニアはこれまでCランクだったから、1ランクアップだ。順調に上がっていて、俺も嬉しい限りだった。
「んじゃ次はおらが……おっ、Aランクだってよ!」
タオファは武闘派で、元々Bランクという高いランクにあったが、今回の一件で1ランクアップした形になる。その強さを鑑みれば、当然といえよう。
「妾は……んがあっ、Cランクじゃと!? なぜじゃあ!」
シエラは悔しそうな顔をしながら手紙をにらみつけた。
「しょうがないだろ。冒険者に登録したのが一番遅いんだから」
「嫌じゃ嫌じゃ! 妾もAランクがいいの!」
「それでもめちゃくちゃ飛び級してるんだぞ? 地道に頑張ろうな」
FランクからCランクにいきなり跳ね上がったのだから、十分すごいことだと思う。
駄々をこねるシエラをなだめながら、俺は自分の封筒を開いた。
「俺は……Aランクになったみたいだな」
元はBランクだから、1ランクアップだ。
こうしてみると、みんな基本的に1ランクアップされているようだ。解決に至るまでとても大変な事件だったから、それが正しく評価されたのは嬉しいことだ。
Aランクのユウキが据え置きなのは、Sランクへ上がるのがそれだけ難しいということだろう。
「よかったね、アケビくん」
「ああ……」
俺は複雑な心境でうなずいた。素直に喜んでいいのか分からない。
「どうしたのアケビ? 嬉しくない?」
「そういうわけじゃない。ただ、犠牲になった人たちのことがどうしても思い浮かんでさ」
俺は「Aランク」の文字をじっと見つめる。託されたその重みを、俺は背負いきれるのだろうか。
そんな風に考え込む俺の肩を、ユウキがそっと叩いた。
「アケビくんはなんでも真剣に背負い込みすぎだ。その心がけは感心だが、ときには荷を下ろして休むことも大切だぞ?」
「……ありがとう、ユウキ」
俺は精一杯の笑顔をユウキに返した。ようやく心から笑えたような気がして、重苦しい気持ちが少しだけ和らいだ。
俺たちはランクアップ後の新しい冒険者カードを受け取った後、女性スタッフに礼を言い、冒険者ギルドを後にした。
「旅立つ前に、一ヶ所だけ寄っておきたいところがある」
「どこ?」
「ルークの家だ」
俺たちは宿屋の前まで戻ると、向かいにあるルークの自宅を訪ねた。
一階の工房では、ルークが父親の手ほどきを受けて必死にガラスをいじっているところだった。
「また同じ失敗をしてる。最後の仕上げはもっと丁寧にやれ」
「はい!」
最初に出会ったときとは違い、逃げ出すことなく真剣に取り組んでいるようだった。
二人は俺たちに気がつくと、すぐに歩み寄ってきた。
「どうも、アケビさん」
「俺たちもうこの町を出るので、最後に挨拶に来ました」
「そうですか。色々とお世話になりました。大したお礼もできませんで」
「いえ、お二人が元気なのを見られただけで十分です」
ルークは俺の下に駆け寄ると、額の汗を腕で拭いながら口を開いた。
「アケビ兄ちゃん。俺、必ず一流の職人になってみせるよ。父ちゃんのためにも、それから母ちゃんのためにも」
「そっか。決めたんだな」
「うん」
ルークは大きくうなずいた。
「俺、まだまだひよっこだけど……将来一人前になったら、兄ちゃんたちにとびっきりのガラス細工をプレゼントしてあげるから!」
「ああ。期待してるよ」
固い握手を交わしたルークの手は情熱に燃えていて、ちょっぴり熱かった。
俺は続いてルークの父親とも握手を交わし、そして手を振る。
「どうかお元気で」
「いってらっしゃい! アケビ兄ちゃん!」
「いってきます!」
二人に見送られて、俺たちは工房を後にする。
ヒラリーを失った悲しみは未だ癒えていないだろうに、彼らは俺に対して文句一つ言わなかった。その優しさがまた、俺の心をじわりと突き刺した。
「ニア。俺、もっと強くなるよ。みんなのためだけじゃない。目の前で助けを求めている人を絶対に救えるように」
「……うん」
ニアは俺のためを思ってか、にこりと笑った。
俺は拳をぐっと握りしめた。この旅を通して、さらに成長してみせる。その覚悟が心に刻まれた、そんな気がした。