36話「アケビvs霧の魔女」
霧の魔女は傘の柄を握り、ぐっと引き抜いた。すると、刀身の細いレイピアがぬらりと現れた。
それは仕込み杖ならぬ仕込み傘だったのだ。
「行くよぉ」
霧の魔女は目にも止まらぬスピードで駆け、一瞬で俺を間合いに捉えた。
そして、背後から殴りかかったシエラの拳を空いた左手で捌きながら、右手のレイピアで俺を突いてきた。
なんという並行作業だろうか。シエラ一人でも十分すぎるほど強いのに、それを片手であしらうなんて、にわかには信じられない。
俺は突き攻撃の軌跡を〈動作予知〉で予測しつつ、レイピアを丁寧に弾いていく。それから隙を見て、横薙ぎに反撃を試みた。
霧の魔女は体を斜め後ろに傾けてそれをかわすと、シエラの右腕をつかんでこちらに投げてきた。
「うわっ!」
俺たちは二人でもつれながら地面に倒れ込んだ。シエラの背後から、再び鋭い突きが襲いかかる。
「串刺しの刑〜」
俺は〈質量操作〉でシエラの体を軽くすると、真横に放り投げた。そして自分自身は〈加速〉を上手く使って横に転がりながら避ける。
二対一であるにも関わらず、こちらが押されていることに俺は驚きを隠せなかった。これが魔女の実力というものか。
しかし、怖気付いている場合ではない。この強さ、殺る気で行かなければ殺られる。
立ち上がった俺は、〈身体強化〉と〈加速〉を併用しながら霧の魔女に斬りかかった。しかし、やつはこれに難なく対応してきた。
何合か斬り結んだ後、霧の魔女は左手をシエラに向けた。その直後、手のひらから大きな霧の弾丸が無数に射出され、シエラを襲う。
霧の魔女のユニークスキルは〈霧操作〉。生成から濃縮、消失までなんでもござれのマルチなスキルだ。
「ええい、うっとうしい!」
シエラは霧の弾丸を弾き返そうとしたが、その拳は虚しく空を切った。一方、シエラの手をすり抜けた弾丸は、その胸部にヒットした。
「ぐっ……なんじゃこれは!」
「霧なんだから、実体をつかめるわけないでしょう?」
「そんな自分勝手な話があるか!」
どうやら弾丸の状態を自由自在にいじくれるらしい。もはや霧ならなんでもありといった感じだ。
なかなか霧の魔女の牙城を崩せない俺と、ガードをすり抜ける霧の弾丸で一方的に打ち付けられるシエラ。このままではジリ貧になるのは目に見えていた。
「こうなったらやむを得んな……!」
シエラは顔をかばいながら被弾覚悟で駆け寄ると、俺と斬り結んでいる霧の魔女を羽交い締めにした。互いの力比べが始まり、ギチギチと腕が震える。
「おやぁ、一体何を……?」
「アケビ! 妾ごと魔剣で貫け!」
「でも……!」
「妾なら大丈夫じゃ! じゃから早く!」
シエラは吸血鬼だ。少しの深手なら治るはずだ。
俺は心配を理性で振り切ると、魔剣で二人の腹部を貫いた。霧の魔女とシエラが同時に口から血を吹き出す。
「これは……効くねぇ……!」
「アケビ……! 早くとどめを……!」
「ああ!」
俺は霧の魔女に向かって袈裟懸けに斬りかかった。しかし、やつはそれをレイピアで受け止めた。なかなかにしぶといやつだ。
傷で動きが鈍った霧の魔女に、俺は魔剣を振るって畳み掛けていく。
「どうして罪のない人たちを生贄になんてしたんだ!」
「私たちが過去に、それと同じことをされたからだ!」
「なに……?」
「あなたには分からない。私たちの苦悩も、悲しみも!」
精彩を欠きつつ、それでも霧の魔女はレイピアを振るう。その表情には鬼気迫るものがあった。
「ああ、たしかに分からない! だけど、分かり合うことならきっと出来たはずだ!」
「いまさらそんな戯言をほざくなッッ!」
霧の魔女の渾身の一撃が、俺の魔剣を上に弾き飛ばす。俺は〈粘着〉でなんとかそれを手中に留めたものの、やつが返す刀を防ぐ術はない。
「アケビ!」
突かれたレイピアの先端が、俺の腹部にぐさりと突き刺さった。とっさに〈硬化〉した皮膚をレイピアがわずかに貫き、ドクドクと血が漏れる。
しかし、ピンチは最大のチャンス。やつの体はがら空きだ。
俺は大上段からやつの肩口目掛けて魔剣を思い切り振り下ろした。
「ぐ……はっ……!」
決定的な一撃を食らった霧の魔女は、レイピアを取り落とし、膝からガクンとくずおれた。
「アケビ!」
慌てて駆け寄ってきたシエラを制止した俺は、痛む腹を押さえながら霧の魔女の下へ歩み寄った。
「はぁ……負けてしまったかぁ……」
「ごめん。俺、あんたのこと救えなかった」
「赤の他人のために命を懸けて……敵までも救おうとして……どこまでお人好しなんだい、あなたは……」
頭を下げる俺に、霧の魔女はふっと笑って手を伸ばした。俺はその手をそっと握る。
「魔女たちの本当の願いは……『空白』に追放された同族たちを救うこと……」
「そうだったのか」
「もし……他にも私のように道を踏み違えた魔女がいたら……止めてあげてねぇ……」
「分かった。約束する」
その返事を聞いた霧の魔女は嬉しそうにうなずいた。
「最期に……あなたの名前を聞いてもいいかな?」
「アケビ。アケビ・スカイ」
「アケビくん。あなたのような人と戦えてよかったぁ……」
霧の魔女はそれだけを言い残して事切れた。
さらさらと塵になっていく魔女の体を見下ろしながら、俺は物思いにふけった。
「なぁ、俺のやったことは間違ってないよな?」
「ああ、間違っておらん。この町に巣食う巨悪を倒した英雄じゃ」
「それなのに、なんでかなぁ。涙が止まらないんだ」
「……帰ろう、アケビ」
ぼろぼろと涙を流す俺を見て、シエラはただ一言、優しくそう言った。
俺は涙を拭いながらこくりとうなずいた。
行方不明者21名。そして死亡者1名。
後に凶悪とうたわれるタイザンの神隠し事件は、こうして幕を閉じることになった。




