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34話「親の心、子の心」

「よし、これで上がりだ!」


「アケビ、お主ズルしておらぬか?」


「してないよ。お前たちが弱いだけだろ?」


「くぅっ……! 武術だけでなくカードでも負けるなんて、悔しい……!」


「これで三連勝か。さすがだね」


「アケビつよい……!」


 宿屋のラウンジで俺たちはカード遊びにふけっていた。酒場で働いていた頃に散々やらされたから、本気を出せば勝つのは簡単だった。


「お客さん、あたしも混ぜてもらっていいかい?」


「おっ、女将(おかみ)さんもやる? いいぜ、仕切り直しといこう」


「次は絶対(ぜってぇ)勝つ……!」


 タオファが闘志を燃やしていたそのとき、宿屋に何者かが駆け込んできた。


「すみません! うちのジークを見かけませんでしたか!?」


「いえ、来ていませんけど。どうかしましたか?」


「それが、まだ帰っていないんです! 霧の夜だっていうのに……!」


「ええっ!?」


 女将さんは慌てて立ち上がると、上着を羽織った。


「ちょっと出てきます」


「待って! 俺たちも行きます。手分けして探した方が早いでしょう?」


「お客さんにそんな危ないことさせられないよ!」


「大丈夫です。客である前に、冒険者ですから」


 俺たちが立ち上がると、駆け込んできた母親は深々と頭を下げた。


「よろしくお願いします」


「それじゃ行きましょう」


「お人好しじゃのう、アケビは」


「こういう男なんだよ、彼は」


 シエラはやれやれと肩をすくめた。

 呆れられようが、俺のスタンスは変わらない。俺の力で困っている人を助けられるなら、そんなに嬉しいことはない。


 俺たちは手分けして探すことにした。一人で出歩くと危ないので、俺がジークの母親に、タオファが女将さんに付くことになった。


「ジーク! どこにいるの!」


「おーいジーク! 帰ってこい! お母さん心配してるぞ!」


 声をかけながら、人気(ひとけ)のない通りを二人で歩いていく。霧のかかった道路を街灯がぼんやりと照らしており、その視界の悪さが不安をかき立てる。


「どうしてジークくんは家出を?」


「それが実は、工芸品の作り方を教わっているうちに夫と喧嘩になってしまったみたいで……夫はそういう面では不器用なものですから」


「なるほど、そういうことですか」


 頑固親父とぶつかって家出するなんて、思春期の子供にありがちなことじゃないか。俺としてはジークに大いに共感するところだ。

 とはいえ、こんな夜遅くまで一体どこにいるのだろうか。この町に若者がたまれるような場所はなかったはずだが。


「根気よく探しましょう、お母さん。きっとジークくんは無事ですよ」


「はい……!」


 ジークの母親の背中を優しく叩いてから、俺は再び声をかけ始めた。それに勇気づけられたのか、母親もめげずに声を上げる。


 そうやってしばらく探索していたとき、霧の中に一つの人影が現れた。


「母さん……?」


 小柄な影が不安そうに呼びかけてくる。ジークの母親は涙をこらえながら駆け寄っていく。


「ジーク! ジークなのね!」


「待ってください! お母さん!」


「来ちゃダメだ!」


 とっさのことに反応しきれなかった俺は、一瞬だけ母親に出遅れ、制止することができなかった。

 その瞬間、大きな影が彼女のそばに降り立ち、覆い被さった。

 俺は〈身体強化〉〈質量操作〉〈加速〉を使って瞬時に詰め寄る。


「ちぃっ……!」


 振るった魔剣はわずかに相手の体を捉え、皮膚をかするのみに留まった。大きな影はそのまま彼女を捕らえて飛び去った。

 〈地獄耳〉はものすごいスピードで走り去る犯人の足音を捉えた。いまから追跡するのは難しそうだ。


 俺はそれ以上の被害を出さないため、ジークに駆け寄った。


「大丈夫か!?」


「俺は大丈夫です。でも、母さんが……!」


 俺は駆け出そうとするジークの腕をつかんで引き止めた。


「お前まで連れ去られたらどうする! お前の母さんはお前のために捕まったんだぞ!」


「でも……!」


「冷静になれ。いったん家に戻ろう。な?」


「……はい」


 ジークは唇を噛み締めながら、俺の指示に従ってくれた。

 帰り道、ジークは俺に向かってぼそりと呟いた。


「お兄さん、冒険者ですよね……?」


「ああ」


「だったら、早く犯人を捕まえてください……! 褒賞金なら一生かかっても払います! だから、お願いします……!」


 ジークは涙を流しながら俺の服の裾をつかんだ。

 俺はジークのその左手を両手で包み、ぎゅっと握った。


「ああ。必ず捕まえてみせる」


 目の前で人がさらわれたのだ。悔しい気持ちは痛いほど分かる。俺だって、このままこの事件を終わらせるつもりはない。


◆◆◆


 ジークはいったん家に帰しておいた。夜ももう遅いし、一番落ち着く環境にいた方がいいと思ったからだ。

 捜索から帰ってきたジークの父親は、ジークに対して何も言わなかった。思うところは沢山あるだろうに、強く優しい父親だと思った。


 宿屋に仲間たちが全員戻ってくるのを待ってから、俺は現在の状況を伝えた。


「そんな、ヒラリーさんがさらわれるなんて……!」


「捕まっていたジークによれば、犯人は二足歩行のでかい狼だったそうだ」


人狼(ウェアウルフ)かな」


「人狼ってなんだ?」


「普段は人間なんだけど、夜になると狼の獣人に変身するんだよ」


「へえ、そんなやつがいるのか」


 つまり、人間の身でありながら獣の力が使えるということか。道理で走り去るのが早いわけだ。


「さて、どうする? まだ動くか?」


「もうすぐ夜が明ける。犯人はその特性上、夜にしか動かないだろうし、犯行直後で警戒されているということもあって、今日中に捕まえるのは無理そうだね」


「なるほどな」


 非常に残念だが、仕方のないことだ。ジークの身を守れただけでも良かったという他はない。


「つまり勝負は次の霧の夜、っちゅうことだな」


「大した支援はできないけど、宿と食事なら任せてちょうだい」


「ありがとう、女将さん」


「焦っても仕方がない。今日のところはもう休んだ方がいい」


 冷静沈着なユウキの言葉に、はやる気持ちが少し落ち着いた気がした。彼女の言う通り、闇雲に動いても仕方がないことだ。


「俺はギルドで依頼を正式に受注してから寝ることにするよ。その方が色々と都合が良いだろうしな」


「そうだね。分かった」


「頼んだぞ、アケビ」


「ああ」


 俺は拳をぐっと握りしめた。ジークのために、俺自身のために、そしてこの町のために、犯人は絶対に許さない。

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