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30話「目的地を決めるのってワクワクする」

 バジラントに戻った俺たちはブラウン商会に立ち寄った。手に入れた宝石を鑑定してもらうためだ。


 商会本店の一室に通された俺たちは、早速その石を宝石商に手渡した。


 宝石商は虫眼鏡を片手に、透かしたり光を当てたりして石を観察していたが、やがてテーブルの布の上にそれを置いた。


「これはティアライトですね」


「ティアライト?」


 宝石商はこくりとうなずく。


「メオラのあたりでよく採れる魔晶石です。他の種類の魔晶石に比べてマナの伝導効率が良いので、魔具なんかによく使われます」


「メオラってどこにあるんだ?」


「バティス帝国の北部にある町だよ」


「ああ、そうなのか」


 行ったことはないが、聞いたことならある。アルカ王国の東側に隣接しているのがバティス帝国だ。人口も領地もアルカ王国よりずっと多い、自他共に認める大国だ。


 「宵闇の蔵」でティアライトが発見されたということはつまり、過去にメオラとこの周辺地域の間で交流があったということなのだろう。


「ちなみに、これを値段にするといくらくらいになりますか?」


「ティアライトの大きいものは貴重なんですよ。このサイズですから、50万ジラは下らないでしょうね」


「50万!?」


「うひゃあ! そんなにするんか!?」


 タオファはあたふたしながら、俺とティアライトを交互に見つめた。俺自身もその値段を聞いて少し冷や汗が出た。


「ど、どうする? 売るんか、アケビ?」


「いや、それだけ貴重な石だ。売らずに取っておいた方が良さそうだ」


「私も同感だ。これと同じサイズのものがまた手に入るかどうか分からないしね」


 サイズのことだけではない。「世界の果て」につながる重要な証拠品でもある。それをみすみす手放すわけにはいかない。

 俺はティアライトを丁寧に布に包むと、ポケットにしまい込んだ。


「ありがとうございました」


「いえ。お役に立てて何よりです」


 俺たちは宝石商に別れを告げると、部屋の外で待っていたジェニーさんに声を掛けた。


「どうでした? 何の石か分かりましたか?」


「おかげさまで無事判明しました。ティアライトという魔晶石だそうです」


「それは良かったですね。では行きましょうか」


「はい」


 ジェニーさんの誘導に従い、俺たちはブラウン商会を後にした。今日はもう一か所、寄るべきところがあるからだ。


 しばらく通りを歩いてたどり着いたのは、小さな工房だった。金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、熱気がむんむんと伝わってくる。


「あの、すみません」


 ジェニーさんはこちらに背中を見せて作業している白髪の男性へ声をかけた。彼はこちらへ振り返ると、きれいな白い歯を剥いて笑った。


「おや、いらっしゃい。忙しいのにわざわざ工房まで来てもらって悪いね」


「いえ、大切なお客様ですから」


「どうも」


 頭を軽く下げる俺を見て、その男性は嬉しそうにぱんと手を叩いた。


「おお、アケビさんも一緒かい! ちょっと待っててくれ、いま持ってくるから」


 工房の奥へ引っ込んでしばらく経った後、彼は青い鞘に入った剣を一振り持って出てきた。


「ローズウッドの木材に染料とワニスを染み込ませてある」


「へえ、きれいな青色ですね」


「そうだろ? 魔剣の鞘なんて作ったのは初めてだ。いい経験させてもらったぜ」


 俺はそれを受け取ると、早速魔剣を抜き払った。鞘の滑らかな感触とともに、音もなくするりと刃が躍り出る。うん、これなら問題なく使えそうだ。


「ありがとう、ウィルさん。あなたに頼んで良かった」


「なに、俺にかかりゃこれくらい朝飯前よ」


 ウィルさんは自慢げに力こぶを見せつけた。鍛え上げられたその腕は、肉体を酷使する日々の作業の賜物だろう。


「大事に使わせてもらいます」


「頑張れよ、少年」


 納刀した俺の背中をウィルさんはバシンと叩いた。痛いけど、気合の入る一撃だった。おかげでやる気が湧いてきた気がする。


 ウィルさんの工房を出た俺たちは、ジェニーさんを商会本店まで見送ることにした。

 石畳の敷かれた通りをのんびりと歩いている最中、ジェニーさんはふと口を開いた。


「私、久しぶりにアケビさんと話せてよかったです。それにお仲間の方々もみんな優しくて、とても楽しかった」


「俺も会えてよかったです」


 各地を忙しく飛び回っているジェニーさんと再会できたのは運が良かった。手紙ではなかなか話せないこともたくさん話せたし、いい機会だったと思う。


「そういえばみなさん、これからどうされるんですか?」


「特に決めてないけど、さっき言ったティアライトっていう石がちょっと気になるかな」


「魔法陣のこともあるし、帝国に一度行ってみるのはありだね」


「そうか、あれもどうにかしないとな」


 ユウキが「宵闇の蔵」でメモに控えてきた魔法陣は、全体のおよそ三分の一が欠けている不完全なものだった。


 ルーン文字が多用されたその陣は、ニアとユウキが見ても知識不足でよく分からなかった。だから、それを解読・修復できる専門家を探す、というのが目下の目標だ。


「すみません、帝国の領地となると、これまでのようにお手伝いできなくなるかもしれません」


「いえ、十分助けてもらいましたから。気にしないでください」


「そうですか? ならいいんですけど」


 ジェニーさんは申し訳なさそうな表情で言う。商会には販路というものがあるだろうから、動ける範囲が限られるのは仕方のないことだ。


 そんな会話をしているうちに、俺たちは商会本店へと戻ってきた。俺はジェニーさんに大きく手を振った。


「ありがとうございました!」


「またいつでも顔を出してくださいね!」


「またね、ジェニー!」


 本当に頼もしい協力者だ。俺は心から感謝しつつ、ジェニーさんと別れた。


「そんじゃ、支度してそのバティス帝国に向かうか」


「ああ、そうだな。そうしよう」


 俺たちはいったん宿屋に戻ることにした。これから旅支度を始めれば、明日の朝には出発できるだろう。

 次なる目的地はバティス帝国。果たしてどんな旅路が待ち受けているのだろうか。

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