3話「初めての任務と戦闘」
森に到着した俺は、薬草が生えていないか足元を探しながら、その中へ入っていった。
木々をざわざわと揺らす風がほおを撫で、木漏れ日が当たって心地よい。森林浴にはぴったりの気候だ。
俺は開けた道を逸れ、藪の中へと分け入っていった。たしか、薬草はもう少し奥まったところに生えているはずだ。
「おっ、あったあった」
草むらをかき分けながら歩くこと十数分。
一箇所に固まって生えている薬草らしき草を発見した俺は、そのうち一本を摘んで食べてみた。
すると、独特の苦味が口一杯に広がって、俺は思わず舌を出した。
「これだ、これ」
間違いない。この味は薬草だ。
俺はそれらの草を摘み取ってバックパックにしまっていく。
これだけの量があれば依頼達成には十分足りるだろう。ただ、全てを抜き取るのが結構な重労働だ。
「そうか。そんなときはこれだ」
俺は〈身体強化〉を使って作業の効率化を図ることにした。まだ使い慣れていないから、ついついその存在を忘れてしまう。
俺はもう「技なし」ではないんだ。どんどんスキルを有効活用していかないともったいないぞ。
そんな風に自分に言い聞かせながら、しゃがみこんで作業をしていると、そのうち木立の奥の方から妙な音が聞こえてきた。ネチョネチョという湿った音だ。
これはもしかするとあいつかもしれない。
俺は立ち上がって音の出所へ注意を向けながら、腰に携えた護身用のナイフを抜いた。
待つこと十数秒。その音の主はようやく正体を現した。
水色の半透明な液体が丸く固まったような風貌。体表はぷにぷにと柔らかく、日の光にてらてらとてかっている。
そう、スライムだ。
俺は早速〈能力視認〉を発動した。魔物にもそれぞれ固有のユニークスキルがあるのは、誰もが知っている常識である。
スライムのユニークスキルは〈粘着〉。色々なところへ張り付けるらしい。
せっかくの機会なので、俺はこのスライムと戦ってみることにした。
この程度の敵をなんなく倒せなければ、これから冒険者としてやってはいけないだろうと思ったからだ。
とはいえ、まずはスキルの検証が先だ。
〈超越模倣〉で魔物のユニークスキルを獲得できるのかどうか、まだ試していないからな。
スライムはどうやら平地にいるときは〈粘着〉を使っていないらしい。普通に移動すればいいのだから、当然といえば当然か。
ならば、このスライムが〈粘着〉を使わざるを得ない状況に追い込んでしまえば良い。俺はそう考えた。
俺はスライムを十分近くまで引きつけると、〈身体強化〉と〈質量操作〉を利用して、そばにあった木の上へ飛び上がった。
戸惑い気味にその場で止まったスライムに向かって、俺は折った木の枝を何本か投げつける。
「こっちだよ! ここまで来れるもんなら来てみやがれ!」
俺が上に逃げたことに気がついたスライムは、木の幹を伝って俺のところへ進もうとし始めた。
しかし、幹が大きく反っているところに差し掛かると、上手く行かずに途中でずり落ちてしまった。
(いいぞ、その調子だ……!)
スライムは悔しいのか、何度も何度も木の幹に向かってアタックし、ずり落ちる。
そうして、スライムが〈粘着〉を無駄遣いする様子を観察すること数分、俺は新たなスキルが自分の体に定着したのを感じた。
「来たっ!」
俺は木の幹に手を当てて〈粘着〉を発動してみる。完全に接着するところまではさすがにいかないが、滑り止めには十分すぎる粘着力だ。
〈超越模倣〉の万能性を確認できたところで、俺はナイフを握りしめた。これでもうこのスライムくんは用済みだ。
そこで俺はふと不安に襲われた。
俺に魔物が倒せるのだろうか? 酒場で雑用しかしたことのない、成人したばかりのこの俺に?
いや、弱気になってはダメだ。有名な冒険者になるんだろう? だったらここで男を見せろ、アケビ。
俺は意を決して、飛び降り様にスライムを斬りつけた。滑らかな体表がぶつりと切れ、体液がどろりと流れる。
スライムは木の幹からこちらにターゲットを戻すと、大きく飛びかかってきた。
俺は慌てて身を翻してそれを避ける。
「っぶね!」
俺は近くに落ちている大きな石を〈身体強化〉で拾い上げると、スライムに向かって思い切り投げつけた。
その石は着地点でジャストミートして、スライムの全身を押し潰した。
しかし下敷きになったスライムは、ぐにゃりと形状を戻しながら這い出てきた。攻撃が効いている様子はあまりない。
「やっぱり斬らないとダメか……!」
俺は再びナイフを構えてスライムに対峙する。スライムもこちらを明確な敵だと捉えたようで、ジリジリと距離を詰めてくる。
にらみ合って数秒が立ったそのとき、スライムが飛びかかってきた。
俺はバックステップでそれを避けた後、着地したスライム目掛けて、逆手に持ったナイフを上から突き刺した。
スライムごと地面に突き立ったナイフをぐりぐりとねじ込むと、スライムは苦しそうにジタバタと暴れた。
まだだ。もう一押しが必要だ。俺はナイフを素早く抜き取り、スライムに向かって何度も繰り返し突き立てる。
(頼む、倒れてくれ……!)
俺の願いが天に通じたかどうかは定かではないが、スライムはやがてぐったりとして動かなくなった。
俺は額の汗を拭いながら、スライムの亡骸を見下ろす。
(やった……俺にも魔物が倒せたんだ……!)
スライムの体から採集したスライムゼリーを革袋にしまいながら、俺は安堵のため息を漏らした。
誰かに言われたわけではないが、これでようやく冒険者として、大人としての一歩を踏み出せたような気がする。
こうして、俺とスライムとの初めての戦闘は大勝利に終わった。
アケビの現在の所持スキル
〈超越模倣〉〈能力視認〉〈速算〉〈質量操作〉〈身体強化〉〈粘着〉