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28話「宵闇の蔵〜三層目〜」

 部屋の中にぽっかりと開いている小さな穴から飛び降りて、俺たちは三層目へと至った。


 大小の通路が入り組んでいるアリの巣のような二層目とは異なり、三層目は広々とした空間になっている。


「ここまでずっと見てきたけど、使えそうな壁画も遺物もないね」


「三層目だからそろそろなにかあってもよさそうだけんどな」


「そうだなぁ」


 いまのところ、あったのは例の危険な壺くらい。もう少し何か収穫が欲しいところだ。


 どこからかしとしとと水が滴る音が聞こえてくる。ランタンの光に反射して、床や壁がてらてらとてかる。


 俺たちは大部屋を壁伝いに探索しながら進んでいく。短い通路を見つけ、そこを抜けると、次の部屋に差し掛かった。


「うわ! べとべとだ」


 壁に手を当てた瞬間、ねっとりとした感覚とともに壁にへばりつき、俺は慌てて手を引いた。

 手のひらを見ると、ふわふわした白い綿のようなものがついているのが見える。


「下も!」


「本当だ」


 照らし出された床一面に、俺の手についたのと同じ、綿のような塊が散らばっている。

 例えるなら、風呂場で泡を手当たり次第に散らかしたような感じだ。


「アケビ、これはおそらく蜘蛛の仕業だ」


「蜘蛛?」


「ああ。クラウドスパイダーっちゅう蜘蛛がいてな、綿みてぇな泡で獲物を絡め取っちまうんだ」


「へえ。それは興味深いね。どれくらいのサイズなんだい?」


「まあ、でかくても人間の子供くれぇだな。意外とでけぇから、初めて見るとびびっかもな」


 そのとき、頭上から冷たい液体が垂れてきて、俺は額をぬぐった。なんだか粘っこいし、それに色も白い。


「なんだよ、気持ち悪いな……」


 俺は思わず頭上を見上げた。天井には、巨大な蜘蛛がへばりついてこちらを見つめていた。


「なあ、あれは?」


「でかい蜘蛛!」


「あれもクラウドスパイダーだな。おらあんなでけぇの初めて見たぞ」


「そうだね。捕まったらひとたまりもないだろうね」


「そうだなぁ。頭から食われそうだ」


 冷静に分析しながら、俺たちはクラウドスパイダーを眺める。クラウドスパイダーも、その複眼で俺たちを見つめる。


「……」


「……」


 しばしの沈黙の後、クラウドスパイダーは天井から飛び降りた。


 ずん、と地面を揺らして着地したそいつは、威嚇するように二本の脚を挙げ、口を開く。

 そこで俺たちはようやく現実を直視した。


「「「「わああああああああああああ!!」」」」


 俺たちは全員で叫びながら、慌てて戦闘態勢に入った。

 クラウドスパイダーのユニークスキルは〈雲泡〉。泡立った粘液を吐くスキルだ。


 やつは早速、腹の先端から粘液を発射した。俺たちは慌ててそれを避ける。

 粘液はそのまま飛んでいき、背後の壁にべしゃりと張り付いた。もし当たったら、身動きが取れなくなって戦闘不能になりそうだ。


 部屋が暗く視界が狭い上に、方々の床や壁に粘液がまき散らされており、地の利は完全に相手の方にある。


「早いところ決めるぞ!」


「うん! それがいい!」


 俺とユウキは呼吸を合わせると、それぞれ左右に分かれて駆け出した。

 そして俺は〈加速〉で、ユウキは雷魔法による身体強化で、やつの前脚を一刀両断した。

 クラウドスパイダーは残った脚でもがきながら後退しようとする。


「はっ!」


 タオファはその隙にすかさず踏み込むと、やつのあごを掌底で突き上げた。そして、宙に浮いたボディに向かって連続で拳を叩き込む。

 クラウドスパイダーはその威力にたまらず、背中からひっくり返った。


「いまだ、ニア!」


「emalf erakaseom!」


 ニアが掲げる杖の先端から放たれたのは、普段のサイズよりもずっと大きい、特大の火球だった。


 火球はクラウドスパイダーに着弾すると、全身を業火で焼き焦がした。さらにそれを火元として、壁や天井の粘液へ次々と着火し、燃え広がっていく。


「終わったな」


 脚を丸めて死んでいくクラウドスパイダーを眺めながら、俺たちは一息ついた。図体はでかい癖に、思ったより弱かったな。

 とにかく、これで無事先に進めるだろう。


「うん? なにか光ってるね」


 ユウキは部屋の奥の方に何かを見つけたらしく、そちらへ歩いていく。


「お、おい」


 俺たちも慌ててその後についていった。


 燃え尽きた粘液の中から現れたのは、一振りの剣だった。

 四角い台座に刺さっており、刀身はうっすらと青色に輝いている。どうやら、この部屋はもともとこの剣を飾るための場所だったらしい。


「間違いない。これは魔剣だ」


「魔剣?」


「特殊なマナが込められた剣をそう呼ぶんだ。普通の剣よりも頑丈で切れ味が良いと言われている。中には特殊な能力を持つ剣もあるそうだ」


「へえ、じゃあ珍しい剣ってことか」


「わたし、抜く!」


 ニアは駆け寄り、魔剣の柄をつかんだ。


「待て、ニアくん! もし抜いた者に何か起こるような仕掛けがあるとしたらどうするんだ!」


「そんなまさか。飾ってあるだけだろ」


「えいっ!」


 ニアはユウキの制止を振り切り、抜こうとした。ところが、いくら引っ張ってもびくともしない。


「全然ダメ……」


「どれ、おらに貸してみろ」


 俺と交代したタオファが力一杯引っ張ったが、結果は同じだった。


「ふんぬぬぬぬぬ……はぁ……はぁ……おかしいな……」


「何か必要なんじゃないかな? 鍵とか合言葉とか。探してみようよ」


「よし、最後は俺が!」


「って、全然聞いてないじゃないか!」


 プリプリと怒るユウキをよそに、俺はタオファと入れ替わり魔剣の柄をつかむ。


「ぐっ……これは重い……」


 普通の状態ではびくともしない。

 よし分かった。それなら、全力で引き抜いてやろうじゃないか。


「いくぞ……1、2の、3!」


 俺は〈身体強化〉を使って筋力を上げつつ〈質量操作〉で魔剣を軽くし、〈粘着〉で手が外れないようにした。

 台座からみしみしと音がして、魔剣が少しずつ抜けていく感触が伝わってくる。


「がんばれ、アケビ!」


「いけ! やっちまえ!」


「いいぞ、その調子だ!」


 なんだかんだでユウキも応援してるじゃないか。そんなことを考えながら、俺は最後の力を振り絞って魔剣を一気に引き抜いた。

 シャリンと刀身がこすれる音がして、切っ先がすらりと現れる。


「やった!」


「すげぇな、アケビ!」


「さすがだ、アケビくん!」


 三人は俺を讃えながら俺に駆け寄ってきた。魔剣を抜いた達成感と褒められた喜びに、俺は思わずはにかんだ。


「ほう、これが魔剣か。シンプルだが美しい造形をしているね」


 ユウキが言う通り、その魔剣にはゴテゴテとした装飾の類はついておらず、一見すると無骨な両刃剣という感じだ。しかしそのシンプルなフォルムには一切の無駄がなく、この魔剣を打った職人のこだわりが感じられた。


「どうする? ユウキ、使うか?」


「いや、この魔剣を抜いたのはアケビくんだ。きみこそ所持者としてふさわしいよ」


「そうか? じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」


 いま使っている市販の剣とは比べ物にならない、まるで羽のような軽さだ。俺は素晴らしい業物を手に入れた悦に入りながら、ダンジョンの先へと歩を進めるのだった。

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