27話「宵闇の蔵〜一・二層目〜」
「宵闇の蔵」に到着したのは、日が暮れるほんの寸前だった。もし森の中で日が暮れていたら移動や野営が大変だったから、明るいうちに着くことができて本当によかった。
「それで、これがダンジョンの入口かい?」
「そうみたいだな」
「ただの洞窟でねぇか」
タオファが言う通り、何の変哲もない洞窟にしか見えない。普通の洞窟と違うところといえば、入口の前に小屋が立っていることくらいだ。
俺は小屋の中に立っている守衛の男に、窓越しに声をかけた。
「すいません。俺たち『ビヨンド』の者なんですが」
「ああ、話は聞いていますよ。お気をつけて」
守衛はにこやかにお辞儀をしてくれた。
俺はさっと手を挙げて彼と別れると、ダンジョンの方へと歩き出した。
「大丈夫みたいだ。行こう」
洞窟の入口から足を踏み入れると、そこは整備された通路になっていた。壁際には一定の間隔でランタンがかけられ、天井は崩れないように木の枠で補強されている。
「ブラウン商会が管理しているっていうのは本当なんだね」
「ああ、そうみたいだな」
ジェニーの言によれば、一層目まではブラウン商会の調査隊が調査を済ませてあり、遺物の類は残っていないらしい。多少の寝泊まりならそこでできるとまで言っていたから、きっと安全が確保されているのだろう。
問題は二層目から下だ。どんな危険が待ち受けているか、ジェニーでさえ全く知らないそうだ。
なぜなら前回の調査では、探索に行った人間が一人も帰ってこなかったからだという。
ぎしぎしと鳴る板張りの床を歩きながら通路を抜けていくと、やがてぽっかりと口を開けた二層目への入口が眼前に現れた。
試しに中をのぞいてみるが、真っ暗で何も見えない。
「さて、ここからが本番だ。みんな、準備はいいか?」
「大丈夫!」
「ああ、問題ない」
「うん! どんな敵が出てくっか、楽しみだなぁ!」
「よし。それじゃ行くぞ」
三者三様の返事を聞いて、俺は心強さを感じながら足を踏み出した。
腰に下げたランタンを点けると、ぼんやりとした輝きが俺たちの行く手を照らし出す。俺自身は〈熱感知〉やら〈地獄耳〉やらで索敵できるけど、他のメンバーたちはそうはいかないからな。光源の確保は重要だ。
ぐるりと左に曲がりながら下る通路を抜けて下層に降りると、左右に伸びる別の通路に突き当たった。
右方向には何もない一方、左手には妙なものが薄っすらと照らされて見える。
なにか黒い壁のようなものだ。しかも、それは徐々にこちらに迫っているように見えた。
「なんだあれ?」
「トラップが作動したのかもしれない」
「いや、違う……ちょっと待て……」
俺の〈熱感知〉はそれが壁ではないことを明確に示している。それは熱源だ。無数の熱源が集まって、壁のようになっている。
そして〈地獄耳〉によれば、バサバサという羽音のような音がやかましいくらいに聞こえてくる。
「逃げろ――!」
そう俺が叫んだ丁度そのとき、ランタンの光によってその障害物の詳細が明らかになった。
俺たちを出迎えたのは、隙間なく群れをなしてこちらに向かってくる大量のバットだった。
「ぎゃああっ! なんだありゃ!」
「あんな数のバットに襲われたら一瞬で食い殺されるぞ!」
「こわいよアケビ!」
駆け出しながら、俺は対抗策を考えた。いまできるのはこれしかない。
「ニア、魔法だ! 魔法で迎撃するんだ!」
「分かった! rednuht ekorodot!」
ニアの杖から発射された電撃は数十匹のバットを貫通し、見事に撃沈させた。しかし、それでもバットの群れは止まることを知らない。
「ダメ……!」
「そうか、数が多すぎて倒し切れないんだ……!」
おそらく、冒険者がやってこないこの天国のような環境でバットたちは増えに増えたのだろう。その全てを駆除するのは現実的に不可能だ。
こうなったら、次善の策を取るしかなさそうだ。
「どれでもいい! 脇道に入りたい!」
「それじゃ、次の脇道でどうかな!?」
「そうしよう!」
俺たちは小さな脇道を見つけた瞬間、一斉にその中へと逃げ込んだ。そして、すぐさま俺は仲間に指示を出す。
「ニア、ユウキ、氷魔法で入口をふさいでくれ!」
「eci erook!」
「はっ!」
これは氷の魔女からインスピレーションを得た作戦だ。
二人の呪文によって、みるみるうちに氷の塊が生え、脇道の入口をふさいでいく。
氷が入口を完全にふさぎきったところで、バットの群れが通路を過ぎ去っていくのが見えた。よし、作戦成功だ。これでひとまず安心といったところか。
「避難できたのはいいけんども、戻れなくなっちまったな」
「先に進むしかないな……」
狭苦しい通路を抜けて、俺たちはさらに進んでいく。
しばらく歩くと、小さな部屋に突き当たった。正面には石造りの台があり、その上に古びた細長い壺が置かれている。
「なんだ、あの壺……?」
その壺を、ユウキたちは興味津々といった様子で眺める。
「中をのぞきたいな。ちょっと見てもいいよね」
「わたしが先に見る!」
「いんや、おらが一番だ!」
ユウキたちは争うようにして壺の前へと進んでいく。そんな風に喧嘩するなんて珍しいと思いつつ、俺は三人の後についていった。
「よし、分かった。それじゃあいっせーのせで見るよ」
「うん」
「抜け駆けするでねぇぞ?」
「もちろんだ。行くときは一緒に行こう」
会話を聞いていて、俺は違和感を感じた。
なぜ三人とも古びた壺の中身にそこまで執着するんだ? たしかに気になりはするが、こぞってのぞこうとするほどか?
そのとき、俺は〈精神防護〉が常時発動していることに気がついた。
そうか。一体何から精神を防護しているのか、なんとなく分かった気がする。
「いっせーの――せっ!」
三人が中身をのぞこうとした瞬間、俺は壺を頭上に取り上げた。
「ちょっと、何するのさ!」
「それじゃ中が見えねえぞ!」
「見えなくていいんだよ! こんなもの放っておけ!」
壺を頭上に掲げたまま後ずさる俺に対し、ニアたちが取ったのは驚くべき行動だった。
「嫌だ! 絶対に見るんだ!」
「そうだ! 邪魔するなら、いくらアケビだって容赦はしねぇぞ!」
「アケビきらい! たおす!」
ユウキは腰の刀に手をかけ、タオファはいつもの構えに入り、ニアは杖を振りかざす。
ダメだ、完全にこの壺に魅了されてしまっている。このままでは味方に殺されてしまう。そんなバカな話があってたまるか!
「畜生! これでなんとかなれ!」
俺は一か八か、壺を地面に叩きつけた。パリンと割れる音がして、壺の破片が周囲に飛び散る。
途端、ニアたちは動きを止めた。
「あれ? わたしなんで……」
「うん? どういう状況なんだこれは」
「おらたち、こんなとこで手合わせしようとしてたんか?」
「はぁ〜、死ぬかと思ったぜ……」
我に戻った三人を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。壺を破壊したことが悪い方向に働かなくて本当に良かった。
あれはおそらく遺物の一種だろう。それも、目にした者全てを魅了して行動制御するという、大変タチの悪い部類のやつだ。
もし三人が壺の中をのぞいたらどうなっていたのか、なんて考えたくもない。
それにしても〈精神防護〉を習得しておいて本当に良かった。バルダーに感謝だな。
「まあ、四人とも無事だったんだからいいだろ。先に進もうぜ」
「えっ、ああ、うん」
「そうだね」
どこか釈然としない様子の三人を連れて、俺は次の通路へ入っていった。