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25話「凍りついた世界」

 王都を出た俺たちは、近くに「宵闇の蔵」があるというヨルケア村へと歩を進めているところだ。


 都市部から離れるにつれて、のどかな田園地帯が広がってくる。少し歩いただけでこんなに景色が変わるものなのか、と俺は驚くばかりだった。


「いやぁ、懐かしいな。おらの実家の辺りもこんな景色なんだ」


「へぇ、そうなのか」


「田舎には田舎のいいとこがあんだ。バカにすんでねぇぞ?」


「いや、バカにしてはいないんだが」


 タオファはふん、と鼻を鳴らした。闘技大会の件といい、こう見えて結構対抗意識を燃やすタイプらしい。


 田んぼの脇に伸びるあぜ道をずっと歩いていくと、やがて家屋が集まって立ち並んでいるところが見えてきた。


「あれがヨルケア村かな?」


「行ってみよう」


 俺たちは村に近づくにつれて、その様子がおかしいことに気がついた。全体的に色が白いし、それに人気(ひとけ)が全くない。

 なにかまずいことが起きている気がする。


「急ごう!」


「ああ」


 俺たちは早足でその村へ向かっていき、そしてようやくたどり着いた。


「なんだこれ……!?」


 信じられない光景を目の当たりにして、俺たちは絶句した。なんと、村全体が分厚い氷に包まれていたのだ。


 俺たちは季節外れの氷の世界を歩いていく。漂う冷気が肌を刺し、俺は思わず身震いした。この村に一体何が起きているんだ?


 村の入口から少し歩いたところで、俺たちは村の広場らしき場所に到着した。

 そのとき、タオファが「あっ」と声を上げた。


「アケビ、あれ!」


 彼女が指差した先には、氷の塊に閉じ込められた男性がいた。驚いた表情のまま固まっている。生きたまま凍らされたようだ。


「この様子だと、村の住人たちも全員凍っていそうだね」


「そんなこと言ってないで、早く助けないと! ニア、魔法頼む!」


「うん! erif oreom!」


 ニアは杖をかざして火球を発射した。しかし、男性を包む氷塊にぶつかると、火球は何の効果も与えずに四散した。


「ednan!?」


「魔法が効かない……!?」


「物理攻撃ならおらに任せてくれ!」


 タオファは呼吸を整えると、鋭く踏み込みながら拳を放った。しかし、氷塊はびくともしない。


「固ってぇ! これじゃ拳の方が砕けちまうぞ!」


「どうやら外部からの干渉は通用しないみたいだね」


 ユウキは足元の氷をコンコンとノックしながら冷静に言った。


「それじゃ、一体どうすれば……!」


「それは簡単。私を倒せばいい」


 ばっと振り向くと、そこにはいつの間にか一人の女性が立っていた。

 縁にふさふさとした毛の生えた白いローブを羽織り、腰まである銀髪を風にたなびかせている。


「私は氷の魔女」


 氷の魔女と名乗る女性は、手のひらに粉雪を出現させ、それをふぅと吹いた。飛んだ雪がぱらぱらと舞い散る。


「これ、あんたが全部やったのか?」


「その通り」


「だとしたら、許せねぇ……!」


 俺は怒りとともに剣を抜いた。しかし氷の魔女は表情一つ変えず、冷たい声音で問う。


「私とやるつもり?」


「当然だ!」


「あいにく、私はあなたと戦う理由がないのだけれど」


「こっちにはあるんだよ! 村を元に戻せ!」


 俺は剣の切っ先を氷の魔女に突きつけた。

 氷の魔女は嘆息した後、手に持っている編みかごを凍った地面に置いた。


「まあいいや。それじゃ少しだけ遊んであげる」


「待て、アケビくん! 彼女が本物の魔女だとすれば――」


 俺はユウキの言葉を待つまでもなく、〈身体強化〉を使って氷の魔女に斬りかかった。


「なっ……!?」


 氷の魔女は俺の斬撃を、人差し指と中指のたった二本で防いだ。指先には小さな氷の刃がついている。

 まさか、こんなに力の差があるとでもいうのか。


「うん。なかなか良い太刀筋」


「バカにしやがって……!」


 俺は〈加速〉を使い、さらに斬りつけていった。しかし、氷の魔女はそれを二本指の刃で的確に防いでいく。

 タオファと戦ったときと同じだ。どんなに動きを予知しても、攻撃が通るビジョンが見えない。


「これでもう終わり?」


「まだ終わってねぇだろうが!」


「あっ、そう。じゃあ終わらせよう」


 氷の魔女は余った左手をこちらに向けた。


 俺は一瞬、何が起きたのか分からなかった。体がぴたりと止まって動かなくなったからだ。

 否、正確にはそうではない。俺の首から下が氷漬けになっていた。


「満足した?」


 氷の魔女はもがくことさえできない俺の下に歩み寄ると、頬を優しく撫でた。ひんやりとした手の感触が伝わってくる。


「くそっ……!」


 完全に舐められている、そう感じた。それと同時に、いまのわずかなやり取りで、この女性の圧倒的な強さに俺は気づいていた。


 彼女の能力は〈瞬間凍結〉。目に見える範囲の物質をなんでも凍らせることができるスキルだ。


 おそらく、彼女はこのパーティの誰よりも強い。


「おめぇ強えぇな! 次はおらとやろう!」


「アケビ、やられた! ゆるさない!」


「待て待て! 話が余計にややこしくなる!」


 キラキラと目を輝かせるタオファとメラメラと闘志を燃やすニアを押し留め、ユウキは前に立つ。


「数々の無礼、大変申し訳ない。私たちのこと、どうか見逃してはくれまいか」


「いいよ。私の邪魔さえしなければね」


「ありがとう」


 ユウキは頭を下げると、すごすごと引き下がった。


「それじゃ私、これから作業があるから」


「何をするつもりだ……!」


「見てれば分かる」


 氷の魔女はかごを拾い上げると、広場の中央に腰掛けた。


「ユウキ! やつを止めてくれ!」


「残念ながら、いまの私たちには無理だ。君も彼我の戦力差が分からないわけじゃないだろう?」


「くっ……!」


 ユウキの言う通りだ。このまま全員戦えば、俺たちは全滅するだろう。

 俺は歯噛みしながら、氷の魔女が作業するのをただ眺めていることしかできなかった。

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