24話「世界の果ての秘密」
俺たち「ビヨンド」が泊まっている宿屋に来訪者が尋ねてきたのは、大会が終わって三日が経ったときだった。
のどかな昼下がり、宿屋の女性スタッフが、慌てた様子で俺の部屋に駆け込んできたのだ。
「あの、王国騎士団の団長さんがお見えになってます」
「あ、いま行きます」
俺は読んでいた本を閉じると、他のメンバーたちに声をかけてから一階へと降りていった。
「ごきげんよう、みなさん」
「メリルさん。待ってましたよ」
俺たちは一階にあるテーブルに腰掛けた。幸いなことに、五人分の椅子は足りていた。
「アケビ殿とタオファ殿。体調はどうかな?」
「すっかり良くなりました」
「おらも元気はつらつだ! 左脚はまだちょっと痛むけんどな?」
「あのときは悪かったって」
「冗談だよ、冗談」
俺たちの軽妙なやり取りに、くすくすと笑いが漏れる。
「ふふっ、そうか。息災で何よりだ」
息を吐くと、メリルさんは真剣な表情に戻って言葉を続けた。
「では本題に入る。『世界の果て』について調べたところ、あることが分かった」
俺たちがじっと見つめる中、メリルさんは驚くべき一言を言い放った。
「全く情報がなかった」
俺はガクンと肩を落とした。王宮の学者たちでも分からないことがあるのか。
ガッカリした様子の俺たちを見て、メリルさんは慌てて言葉を紡ぐ。
「待ってほしい。何か勘違いをしているようだから言わせてくれ。異常と言えるまでに情報がなかったんだ。まるで何者かによって消されたかのようにな」
「どういうことですか……?」
「分からない。だが少なくとも、『世界の果て』という言葉が示すものについて、重大な何かが隠されているというのは確かだろうな」
いまを生きる人々にとって不都合な何かがそこにある、ということか。
そのとき、メリルさんは懐から一枚の紙を取り出した。そこには精巧な絵が描かれている。
「一つだけ見つかった情報は、これだ」
「壁画?」
「大破砕時代よりも前の古い遺跡で見つかったものだそうだ」
空に亀裂が走り、船のようなものがその下を飛んでいる。地上の人々はそれを拝むように見上げている。
「研究によれば、この亀裂を昔の人々は『果て』と呼んでいたらしい」
なるほど、「果て」というワードが一致する。「世界の果て」が示すものがこれだとすると、俺の両親はこの亀裂を目指していたというのか?
「いかんせん情報が少なすぎるね」
「ああ。これだけじゃ何がなんだかよく分からないな……」
「すまない。私にはここまで調べるのが限界だった」
「あっいえ、そういう意味では! おかげで助かりました。この壁画の絵、もらってもいいですか?」
「ああ、構わないよ。持っていってくれ」
俺はその紙を懐にしまうと、メリルさんに深々とお辞儀をした。
「わざわざ宿まで来ていただいてありがとうございました」
「なに、散歩がてら寄っただけのこと」
メリルさんは鎧を鳴らしながら立ち上がった。
「また何かわかったら、クラン宛に報告する。道中、気をつけて」
「ありがとうございます」
宿を発つメリルさんを見送ると、俺は嘆息した。
「結局、また自分たちの足で手がかりを探すしかなさそうだな」
「でも、一歩前に進んだじゃないか」
「そうだ。欲張ってはなんねぇぞ」
「それもそうだな」
焦る気持ちを抑えながら、俺はうなずいた。進展がないわけではないのだから、ここは素直に喜ぶべきだろう。
「そうだ、心当たりがもう一つある」
「なんだい?」
「ブラウン商会に知り合いがいるんだ」
ジェニーさんの話によれば、ブラウン商会の本店はここバジラントにあるそうだ。もしかしたら、ジェニーさんやその同僚が何か知っているかもしれない。
「行ってみよう」
俺たちは宿のスタッフから場所を聞き出すと、ブラウン商会へと向かった。
闘技大会が終了したせいか、街は以前の落ち着きを取り戻したようだ。開会期間中は歩きづらくてしょうがなかったが、いまなら観光も楽しめそうだ。
「でかいな」
想像していたよりもずっと大きな建物であることに気圧されながら、俺はブラウン商会の玄関口をくぐった。
中では職員たちが忙しなくそれぞれの仕事をしている。
カウンターに立っている受付の女性に俺は声をかけた。
「すみません、アケビ・スカイと申します。ジェニーさんとお話がしたいんですが」
「ご予約はされていますか?」
「あっ、してないです。名前だけ伝えてもらえれば大丈夫だと思います」
少しの間を置いて、女性は「少々お待ちください」と言ってから席を外した。
それからしばらくの待ち時間の後、別の部屋から金髪の女性がにこやかに現れた。
「アケビ! 来てくれたんですね!」
「会ってもらえないかと思いましたよ、ジェニーさん」
「そんなわけないじゃありませんか! あなたは私の見込んだ冒険者さんですもの!」
挨拶の握手を交わすと、俺は他のメンバーたちを軽く紹介した。
ジェニーさんは嬉しそうにそれを聞いてくれた。
「良かったですね。お仲間が増えて、賑やかになって」
「はい。おかげで楽しくやらせてもらってます」
「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
ジェニーさんは俺たちを応接室に招き入れると、ふかふかの椅子に座るよう勧めた。俺たちは遠慮なく腰かけた。
「それにしても、聞きましたよ。闘技大会で優勝したんですってね」
「はい。俺が優勝で、こっちが準優勝です」
「まあ! 二人ともお強いのね」
「今度やったらおらが勝つけんどな!」
この話をすると、タオファはいつも不機嫌な猫みたいになる。決勝戦で俺に負けたのがよほど悔しかったと見える。
「それで、お話というのは?」
「ああ、そうそう。この絵のことについてなんですけど」
俺はメリルからもらった壁画の絵をジェニーさんに差し出した。
「大破砕時代よりも前の壁画らしいんです。何かこういうものが残っている遺跡とか遺物について心当たりはないですか?」
「そんなに大昔のもので現存しているものとなると、かなり難しいですねぇ」
うーん、とうなりながらジェニーさんは思案していたが、やがてポンと手を叩いた。
「あっ、あそこならもしかしたら残っているかも。でも……」
「何でもいいので情報が欲しいんです! お願いします!」
言い淀むジェニーさんに懇願すると、彼女はむくれ顔で人差し指を立てた。
「いいですか? そこは非常に危険な場所です。生半可な気持ちで行ったら、帰ってこられない可能性だってあります。それでも行きますか?」
「はい。それでも」
「……そうですか。分かりました」
注意を喚起しても止められないと悟ったらしく、ジェニーさんは嘆息した。
「うちの商会が所持、管理している『宵闇の蔵』というダンジョンがあります。そこには未知の遺物がたくさん眠っています。もしかしたら、あなたたちが探し求めているものが見つかるかもしれません」
「ぜひ行かせてくれ! 頼む!」
先に食いついたのはユウキだった。自分の呪いを解ける遺物や怨敵を倒せる遺物が見つかるかもしれないというのだから、無理もないだろう。
ユウキに引き続いて、俺も頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「分かりました。あなたたちのクランの探索許可を申請しておきますから、何日か待っていてください」
「ありがとうございます」
「いえ、あなたたちの役に立てるのなら嬉しい限りです」
口ではそう言うジェニーさんだったが、その表情はどこか悲しげに見えた。
心配をかけるのは本望ではないが、仕方のないことだ。「世界の果て」にたどり着くために俺は冒険者になったのだから。