20話「闘技大会二日目〜トーナメント一回戦〜」
俺は個人の控え室に貼られたトーナメント表を眺めた。出場選手は全部で八人。
あのバトルロイヤルを勝ち抜いた選手たちだ。誰もみな強敵だろう。
俺の一回戦の対戦相手はというと、なんとグントだった。昨日あれだけ親しくした手前、どんな顔で会えばいいのか分からない。
「いや、お互い全力で戦おうって決めたじゃないか」
俺は自分にそう言い聞かせると、頬を両手でぱんと叩いて気合を入れ直した。
『一回戦第二試合に出場する選手は入場してください』
「お、第一試合が終わったみたいだな」
俺はおもむろに立ち上がると、舞台への入場口へと進んでいく。
やがて明るい日の下に歩み出ると、会場から大歓声が聞こえてきた。
「よっ、来たなアケビ」
「グント」
俺たちは握手を交わす。そこに言葉はいらなかった。互いの表情を見れば、それだけで分かる。
『それでは一回戦第二試合、まもなくスタートです』
銅鑼が大きく打ち鳴らされ、試合開始の合図となる。
一回。
二回。
そして三回。
先に攻撃を仕掛けてきたのはグントだった。俺は〈動作予知〉を使って拳の雨を捌いていく。まずはユニークスキルを使わずに様子見しようということらしい。
ならばこちらから仕掛けてやろう。俺は拳を腕ごと掴み取ると、〈質量操作〉をかけながら背負い投げしようとした。
「その手は食わねぇぞ!」
グントはそう言うが早いか、体の軸をずらして投げを回避した。そしてガラ空きになった俺の脇腹目掛けて、至近距離から拳を放つ。
幸いなことに拳が軽くなっていたので、痛打は避けることができた。俺は慌ててグントの腕を放した。
再び殴りかかってきたグントの拳を捌こうとしたそのとき、俺は顔面への一打をモロに食らい、たたらを踏んだ。
来ると分かっていたのに体が反応しきれず、避けられなかったのだ。
グントのユニークスキルは〈加速〉。その名の通り、物体のスピードを倍速まで加速することができるスキルだ。
「へっ、どんどん行くぜ!」
グントは普通のパンチに加速パンチを織り交ぜながら打ち込んできた。俺はガードを固めながら対処法を考える。
〈熱感知〉〈地獄耳〉〈剛腕〉〈縮小化〉はいま使っても仕方がないスキルたちだ。脇に置いておこう。
〈身体強化〉と〈硬化〉はすでに使っているが、十分な〈加速〉対策にはなっていないような気がする。
〈分身〉はこれから先の戦いへの隠し玉として取っておきたい。ここぞというときにタネがバレていては、勝てる試合に勝てなくなるだろう。
ならば、最後に残ったこれはどうだろうか。俺は一か八か、そのスキルに懸けてみることにした。
俺は右の手のひらに〈粘着〉を発動すると、グントの左拳を絡めとった。
「なんだこれ!?」
グントは慌てて左腕を引っ張るが、なかなか離れない。
その間に俺は全力を込めて拳を叩き込んだ。
「がはっ……!」
グントは顔面パンチを食らってよろめいた。否、完全に食らったわけではない。自分からのけぞってパンチの勢いを殺したのだ。
その瞬間、俺は〈動作予知〉で右ストレートが飛んでくるのを察知し、〈粘着〉を解除した。
俺たちは互いに一旦飛び離れて距離を取った。
「お前、色々出来るんだな! そんなエリートだとは思わなかったぜ」
「別に隠してたわけじゃないさ。驚いたなら悪かった」
「いや、謝ることじゃない。敵に恩を売ったってなんにもならないからな」
ふぅ、とため息をついたグントはにやりと笑った。
「ここからはガチで行くぜ。覚悟しろよ、アケビ」
グントはとんとんとその場で飛び跳ねると、ぐるりと首を回した。それから拳を構えて〈加速〉を発動し、俺に接近する。
(速い――っ!)
先ほどまでのパンチはあくまで腕だけを加速していた。しかし今度は違う。全身が加速され、倍速で殴りかかってくる。
俺は〈動作予知〉で見えた軌跡を避けようとするが、上手くかわしきれずに数発食らってしまった。
物体の速さはそのまま威力につながる。いままでのパンチとは比べ物にならないダメージに、俺は苦悶した。
「まだまだァ!」
高速の拳が雨あられと叩きつけられ、俺は必死にガードを固めた。これだけの速度と威力を持たれては、もう〈粘着〉で掴み取ることはできないだろう。
万事休すか。そう思いながら、ジリ貧のまま三回目の全身〈加速〉を目にした、そのときだった。肉体に新たなエネルギーが宿る感覚がして、俺は高揚した。
(来たっ……!)
間違いない。〈超越模倣〉のおかげで、ついに〈加速〉を習得したのだ。これでようやく彼に対抗できる。俺は早速〈加速〉を使うと、グントが放つ全てのパンチを捌ききった。
グントは目を丸くして俺を指差す。
「なっ……そんなのありかよ! ずるくねぇか!?」
「悪いな。実はこれも言ってなかった」
「いいよ、いいよ。その方が燃えるもん――なっ!」
言い終える前にグントは殴りかかってきた。俺はそれをときに捌き、ときに受け止めていく。
目にも止まらぬ俺たちの攻防に、観客席から驚きの声が上がった。
〈加速〉を使ってみて、グントが全身〈加速〉を最初から使わない理由が分かった。肉体にかかる負担が大きすぎるのだ。
動くたびに全身の骨がギシギシと軋むような感覚がして痛む。これは長く持ちそうにない。
「そろそろ決めようか、アケビ」
「ああ、そうだなグント」
俺たちは互いに鼻血を垂らしながら言った。それは殴られたからではない。〈加速〉のフィードバックが体にダメージを与えた結果だった。
それでも互いに全身〈加速〉を発動し、接敵する。泣いても笑っても、これをこの試合最後の〈加速〉にしようと俺は思った。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
「だあああああああああああっっ!!」
拳を突き、捌き、受け止め、防ぐ。一進一退の攻防は永久にも思えるほど続いたが、それもやがて終わりのときがやってきた。
グントが突き出した拳を上に向かって弾くと、俺は〈身体強化〉〈質量操作〉〈硬化〉〈加速〉を合わせた渾身の一撃をグントの顔面に放った。グントの体が豪快に宙へと吹き飛び、もんどりうって場外へと落下する。
「はぁ……はぁ……」
『勝負あり! 勝者、アケビ・スカイ!』
観客席が沸き立つのを耳にしながら、俺はその場に膝をついた。これはしばらく休息が必要だ。
一方、グントは倒れたまま微動だにしない。まさか当たり所が悪かったのかと思い、俺はよろよろとそちらの方へ歩いて向かった。
良かった、ちゃんと生きていた。グントはこちらを見上げると「へへっ」と笑った。
「いまの一発、効いたぜ」
「お前も、強かったよ」
「勝ったやつが言うと嫌味に聞こえるぜ?」
「あっ、悪い」
「バカ、冗談だよ」
俺が手を差し伸べると、グントはそれを支えに立ち上がった。
お互いに肩を組みながら、ゆっくりと歩いていく。
会場全体から響く温かい拍手に包まれながら、俺たちは舞台を後にした。
こうして俺は一回戦を突破することに成功した。
アケビの現在の所持スキル
〈超越模倣〉〈能力視認〉〈速算〉〈質量操作〉〈身体強化〉〈粘着〉〈分身〉〈地獄耳〉〈剛腕〉〈硬化〉〈熱感知〉〈動作予知〉〈縮小化〉〈加速〉