2話「冒険者になろう」
占い師に別れを告げた俺は、冒険者ギルドに向かうことにした。
冒険者登録をしておけば何かと便利だし、冒険者として一旗上げるつもりならなおさらだ。
「あった、ここだ」
三つの爪痕が刻まれた看板を見つけた俺は、その建物へと足を踏み入れた。
中は事務処理をするカウンターエリアと、飲み食いする酒場エリアに分かれており、テーブル席には冒険者たちが座って何やら会話を交わしているのが見える。
俺は一つ深呼吸をしてから、カウンターに立っているエプロンっぽい制服を着たスタッフに声をかけた。
「あの、すみません。冒険者登録に来たんですけど」
すると、その女性スタッフは俺をにこやかに出迎えてくれた。
「新規登録の方ですね。こちらへおかけください」
木製の丸椅子に腰掛けた俺に、彼女は一枚の用紙を差し出してきた。記入すべき項目を記した空欄がたくさん印刷されている。
「文字は書けますか?」
「ええ、もちろん。酒場で下働きしてたもので」
「なら安心ですね。分からないところがあったら聞いてくださいね」
「どうも」
俺は必要事項の記入を済ませると、スタッフに用紙を手渡した。
スタッフは一通り目を通した後、こくりとうなずいた。
「はい、ありがとうございます。それでは冒険者カードを作って参りますので、少々お待ちください」
そう言うと、スタッフは席を立って奥に引っ込んでいった。
手持ち無沙汰になった俺は、掲示板の貼り紙をつらつらと眺めた。人探しから魔物討伐まで、色んな依頼があるらしい。
まずは簡単な依頼からこなすのがいいだろうな。初心者の俺にもできるようなもの、あるだろうか。
そんな風に考えていると、スタッフが一枚の白いカードを持って戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが冒険者カードになります。冒険者の身分の証明になりますので、大切にお持ちください」
それから、スタッフはカードの右上を指し示した。
「ここに魔晶石が埋め込まれているのが見えますか?」
「ああ、これ」
「はい。この石の中にアケビ様の個人情報や依頼の達成履歴などが記録されています。もし破損や故障などした場合には、各地の冒険者ギルドまでお持ちください。修理させていただきます」
この石ころ一つで情報を一括管理されているということらしい。便利な反面、このカードをなくしたらと思うとちょっと怖くなった。
「それから、冒険者ランクについて説明させていただきますね。ランクはSからGまでの8段階となっていて、Sに近づくほど受けられる依頼や得られる特典が増えていきます」
なるほど。新聞でよく目にするSランク冒険者というのは一握りのエリートというわけか。
「現在アケビ様は仮登録のGランクとなっております。依頼をいくつか達成すると、本登録のFランクに昇格できますので、まずはそれを目標に頑張ってみてくださいね」
「分かりました」
「説明は以上になります。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
俺はスタッフに向かって手を軽く挙げながら別れた。
これでようやく冒険者として門出ができた。俺は手に持った冒険者カードを見下ろしながら、むふふとほくそ笑んだ。
さて、それでは早速依頼を受注してみよう。とはいえ、どうやって選べばいいものだろうか。
悩みながら周囲を見回していた俺はふと、掲示板の脇にある木製の書類箱を発見した。
中には依頼を記した紙がたくさん入っており、受注可能なランクごとにおおまかに分かれて並んでいる。
俺でも受注できそうな依頼というと数枚しかなかったが、それでもないよりは全然マシだ。
試しにその中の一枚を選び取り、依頼内容に目を通してみる。
達成目標は薬草の採取。取れた分だけ報酬を弾むということらしい。
正直言ってそれほど美味しくはない条件だが、初めての依頼としては悪くないだろう。
俺はその依頼書を、先ほど対応してくれたスタッフの下に持っていった。
「すいません、これを受注したいんですけど」
「こちらの依頼ですね。冒険者カードをお預かりしてもよろしいですか?」
「はい」
スタッフは依頼書と機械の画面を見比べながら、タイプライターでカタカタと文字を打ち込んでいった。
それから、魔晶石でできた読み取り装置を冒険者カードにピッと当てる。
「いちおう、ここにサインだけいただけますか?」
俺は依頼書の受注人欄にサインをしてからスタッフに手渡した。
「はい、受注完了です。行ってらっしゃいませ」
席を立った俺を、スタッフは深いお辞儀で見送ってくれた。
薬草の生えている場所なら知っている。あとはそこに行って採取してくるだけだ。
ただ、俺の目的はそれ以外にもあった。
いつの間にか手に入れていた四つのスキル。それを試せる絶好の機会だ。
キセニアの街を出た俺は、近くにある森へ向かって歩き出した。
まずは〈速算〉から検証してみる。
13258+67925=81183。
うん。複雑な計算でも難なくこなすことができる。
俺は遠くにある木の本数を数えてみた。見える範囲で23本。これも考え込むことなく、一瞬で数えることができた。
叔母はお金を数えるときなんかによくこのスキルを使っていた。日常と戦闘時とを問わず、使い道は沢山ありそうだ。
それから〈質量操作〉を試してみる。
足元に落ちている大きな石に向かってスキルを発動し、持ち上げてみた。
おお、軽い軽い。これなら遠くまで投げられそうだ。
しかし試しに投げてみると、少し飛んだところでドスンと地面に落ちた。
なるほど。物体に触れている間だけ質量を変化できるということらしい。
では、自分の体に使うとどうだろうか。
おっ、こいつはいい。身が軽くなって、まるで羽が生えたようだ。
今度は逆に、重くしてみる。ぐっ、これはなかなかきつい。体を支えているだけで一苦労だ。
体重を元に戻した俺は、ほっとため息をついた。
このスキルも、荷物を軽くして楽に持ったり、重い物を動かしたいときに軽くしたりと、なかなか汎用性が高そうだ。
続いて試すのは〈身体強化〉だ。
発動した状態で、先ほど投げた石を持ち上げてみる。軽々とまではいかないが、すんなりと手に持つことができた。
次に、それを投げてみる。〈質量操作〉のときと比べて遠くまで飛んだのが分かった。単純にパワーを出したいだけならこちらの方が向いているみたいだ。
視力や嗅覚といった感覚器までは強化されていないらしく、特に普段より鋭敏になったという感じは受けない。筋力の向上が主ということだろう。
最後に試すのは、スキルの複合発動だ。
〈身体強化〉を発動した上で〈質量操作〉を使って体を軽くしてみる。その状態で走ると――
「ひゃっほう!」
思わず声が出てしまった。韋駄天のような自分の走りに、思わず笑みがこぼれる。
持っているスキルが増えていけば、さらに複合の幅は広がることだろう。これからが楽しみだ。
持っているスキルの検証は大体こんなものか。〈超越模倣〉は今すぐ検証というわけにはいかないから、別の機会に試そう。
満足した俺は、意気揚々と歩を進めていった。