14話「化け猫と魔女?」
その巨獣は物色するようにきょろきょろと見渡しながら、街の大通りを歩いてくる。
俺は〈地獄耳〉を使ってやつの居場所を確認しながら、物陰にじっと身を潜めた。
しばらく付近をぐるぐると歩き回った後、その巨獣はバサリと翼を広げて飛び去っていった。
俺たちはそれをこっそり見送ると、ようやく安堵のため息をついた。
「全く、なんだったってあんな化け物が町にやってくるんだ?」
「知らないよ! あたしに聞かないでよ!」
「痛てっ、ごめん、ごめん」
バシバシと俺の二の腕を叩きながら、その少女は怒った。そんなに叩かなくてもいいのにな。
「もう、今度からは気をつけてよね、旅行者さん」
「助かった、ありがとう。きみ、名前は?」
「そういうときって、ふつー自分から名乗るのが筋じゃない?」
ジト目でツッコまれた俺は、咳払いをしてから口を開いた。
「俺はアケビで、こっちがニア。お嬢さんのお名前は?」
「ミーナだよ。そこの角で薬屋やってるの」
「そうか。ギルドに寄った後で寄らせてもらうよ」
「あ、お兄ちゃんたち冒険者だったんだ。お安くするから、絶対買っていってね」
「分かったよ。ありがとう」
ちゃっかり店の宣伝までこなすと、ミーナは軽快に駆けていった。まだ年端も行かないのに、大した少女だ。
脅威の去った街には、再び活気が訪れた。俺はその様子に安心感を感じながら、冒険者ギルドを探して通りを歩いていく。
「あった」
見慣れた三本の爪痕のマークを発見した俺たちは、冒険者ギルド内に足を運んだ。
俺は入ってすぐ目に留まった、ちょっぴり派手な金色の長髪を持つ女性スタッフに声をかける。
「あの、すいません」
「はいはい! なんでしょう!」
「ちょっと話を聞きたいんですけど、あのでっかい猫みたいなやつって、一体何なんですか?」
すると、彼女は腕を組みながら「うーん」とうなった。
「私たちにもよく分からないんですよねー。一体何なんでしょう?」
いや、こっちが聞いてるんだけどな。
とにかく、ギルドのスタッフにもその正体はよく分からないようだ。
「いちおう、調査依頼は出てるんですよ。でも、神出鬼没で得体が知れないものですから、みなさん不気味がって誰もやりたがらないんです」
掲示板に貼られた依頼書を見ると、そこには大きな文字で「怪物の調査求む」と書いてあった。場合によっては討伐も視野に入るということで、報酬額は破格の10万ジラだ。
少しいやらしい話になってしまうが、正直なところ、所持金はあればあるほどいい。
それにあの巨獣、なんとなくだがレアなスキルを持っていそうだ。もし獲得できれば、また少し強くなれるはずだ。
条件次第では受注してもいいかもしれないと思い、俺はその依頼書を一枚手に取った。
「あの獣が度々町にやってくるので、私たち困っているんです。もし受ける気があるなら受注していただけるとありがたいんですけど、冒険者さんどうですか?」
「まだこの町に来たばかりなので、少し考えさせてください」
「分かりました。いつでも待ってますからね!」
ギルドのスタッフが念を押すということは、相当厄介な困り事のようだ。安易に首を突っ込むべきではないか?
まあその件はいったん脇に置いておいて、今日の宿を探さなくてはならない。俺たちは聞き込みがてら、先ほど出会ったミーナの店へ行ってみることにした。
彼女が宣伝していった通り、その薬屋は路地に入る角にあった。店に近づくにつれて、薬草の青臭い香りが漂ってくる。
店先に立って掃き掃除をしているミーナは、こちらに気がつくと小さく手を振った。
「あっ、お兄ちゃんたち来てくれたんだ」
「ああ。せっかくだからな」
「上がって上がって」
快く招き入れてくれたミーナの後について、俺たちは店内へと足を踏み入れた。
壺に入ったたくさんの種類の薬草の香りが混じり合って、室内に独特の匂いを漂わせている。
ミーナに促され、俺たちは小さな丸テーブルに腰掛けた。
「へえ、薬草って言っても結構いろいろあるんだな」
「当然でしょ。用途によって使い分けなくっちゃ意味がないもん」
言われてみればそれはそうだ。これまで俺は傷に効く薬草しか使ったことがなかったため、目から鱗だった。
「ところでミーナ、さっき町に来た獣の話なんだけど、もう少し詳しく聞かせてもらえないか?」
「はい」
ミーナから差し出された手の意味が分からず、俺は言葉を詰まらせた。
「うん……?」
「タダで話すわけないでしょ。情報料になんか買っていってよ」
ああ、そういうことか。俺は店内を見回した。
それぞれの壺には値段と効能が書いた札がついている。俺はその中で目に留まったものをいくつか選び、ミーナに購入する旨を告げた。
「まいどあり。それで、あの化け物の話ね?」
「ああ。調査依頼を受けるかどうか迷ってるんだ。ミーナなら何か知ってるかと思って」
ミーナは声をひそめながら、俺たちに話しかけてきた。
「実は私、薬草を森の中に取りに行ったときに見たんだ。あの化け物が魔女になついてるところを」
「魔女?」
「黒いマントをつけてたの。間違いないと思う」
つまり、誰かがあの巨獣を使役しているということか?
もしその魔女が独自に生み出した使い魔の類だとすれば、巨獣の姿形に見覚えがないことにも合点がいく。
「分かった、ありがとう。その魔女に気をつければいいんだな」
「しっ! 声が大きい! おばあちゃんに聞こえちゃうでしょ!」
ミーナは店の奥に目をやりながら、俺の肩をわっしと掴んだ。
そうか、祖母に心配をかけないために、魔女の存在については秘密にしているわけか。店番のことといい、孝行な孫娘だ。
「それともう一つ聞きたいことがある」
「なに?」
「今日の宿を取りたいんだけど、いい宿屋はあるかな」
「だったら、うちに泊まっていく?」
思いがけないミーナの申し出に、俺は目を見開いた。
「えっ、いいのか?」
「この建物、私とおばあちゃんしか住んでないから、部屋が余ってるの。そこを使ってもいいよ」
「助かった! 恩に着るよ!」
「その代わり、一つ条件がある」
ミーナは人差し指をぴんと立てて俺に突きつける。
「私が薬草を取りに行くのを手伝ってくれる? それと引き換えなら、泊めてもいいよ」
全く、何かにつけて抜け目のない子だ。
護衛任務なら何度かやったことがあるので問題はないし、いまは魔法が使えるニアもいることだ。俺は快諾した。
「それじゃ決まりね。よろしく、用心棒さん」
「よろしく」
固い握手を交わし、契約成立だ。
俺はまだ見ぬ魔女の姿に思いを馳せながら、目の前に出された薬草茶をすすった。
「うわ、苦い!」
「うぇ〜」
「体にいいんだから、文句言わないの」
ミーナに叱られた俺たちは、顔をしかめながらそのお茶をちびちびと飲んでいった。