131話「論功行賞」
ケシムとの劇的な戦いから三日。
俺たちビヨンドとヴァジュラのメンバーたちは、王宮の中へと向かっていた。ファンイル皇帝に呼び出されたからである。
ケシムの残した傷痕は大きい。歩きながら周囲を見渡すと、宮中の至るところに、泥だらけの瓦礫が積み上げられているのが見える。
王宮に勤める人々による復旧作業は昼夜を問わずに行われているが、この様子だとまだしばらく時間がかかりそうだ。
「ジンハオの町まで被害が及ばなくて良かったね」
「ああ、そうだな」
もしケシムが侵攻を市街地にまで進めていたら、いまごろ何万人という犠牲者が出ていたに違いない。みんなで頑張って、被害を最小限にとどめることができて、本当に良かったと思う。
そんな風に景色を眺めながら、平和を取り戻した宮中をのんびりと歩くことしばらく。俺たちは仮設された皇居へとたどり着いた。
飾り気のないその建物は、たった数晩でこしらえたにしては、割としっかりした造りになっていた。さすが宮仕えの職人たち、匠の技が光っている。
入口の武官に声をかけると、中へ入るよう促されたので、俺たちは慎み深く足を踏み入れた。
両開きの扉をくぐると、そこは王宮にあった部屋より二回りほど小さな部屋だった。最低限の調度品が置かれているだけの殺風景な部屋だ。
「よくぞ参った! さあ、こちらへ」
ファンイル皇帝は、以前座っていたものに比べるとずいぶんと質素な玉座に腰掛けながら、両手を開いて出迎えてくれた。
その顔色は、幾分か疲れているように見えた。両目の下には大きなくまが出来ている。ケシム討伐の後始末で忙しいのだろう。それでも瞳の輝きを一切失わないところは、さすが大国を統べる主君といえよう。
「ケシムの件、まっこと大儀であった。そなたたちは我が国の誇るべき英雄だ」
「ありがとうございます、王様」
「この身に余る光栄です、王様」
俺とジャックはそれぞれクランを代表して会釈した。すると王様は、俺に向かって手招きしてきた。
「そう謙遜せずともよい。特にそなたが一番の立て役者だと聞いておるぞ、アケビ!」
「ええ、まあ」
シエラの手によって前に突き出され、俺は照れながら頭をかいた。
「宮中はこんな状況だが、それぞれに望みの褒美を取らせようぞ。何が良い? 金か? 地位か? それとも馳走か?」
「あの、聖地に入る権利をいただけませんか!?」
これぞ待っていたという一言に、俺はすかさず声を上げた。
それを聞いた王様は、片眉を上げて俺を見返した。
「聖地タンシアか? ふむ……これほどの功績じゃ。出来んこともないが、また妙な頼みだのう?」
「俺たち『世界の果て』を目指しているんです。聖地は古くから残る貴重な史跡だと聞きます。そこにはきっとなにか手がかりがあるんじゃないかと思うんです」
「そうであったか。そういうことならぜひ向かうと良い。私から守人たちに話を通しておこう」
「お願いします。それからもう一つ、ぐーちゃんの件なんですが……」
不安に駆られながら尋ねようとする俺に、王様は優しい笑顔を返した。
「そのことに関しては案ずるな。いま、医官たちが手厚く治療している。状態はそれほど悪くないそうだ。深く寝込んではいるが、じきに目覚めるであろう」
「ありがとうございます」
それなら安心だ。王宮に仕える医官たちなら、その腕は確かだろう。
安堵を得た俺を見て、王様はうんうんとうなずいてから、今度はジャックに目を向ける。
「して、そなたたちは何が望みだ?」
ジャックは腰に両手を当てると、間髪入れずに大きな声で返事をした。
「とにかくうまいもんが食いたいです、王様ッ!」
「はっはっは! そなたは単純で分かりやすいのう! あい分かった、近いうちに宴を催し、とびきりの料理と酒を用意させよう!」
「ありがとうございます!」
ビヨンドのメンバーからは笑いが、ヴァジュラのメンバーからは苦笑がこぼれた。おそらく彼はいつもこの調子なのだろう。竹を割ったような男だと思った。
「では、それぞれそのようにしよう。みな、疲れているところを呼び立てて申し訳なかったな。しばらくはゆっくり休むと良い」
「いえ、お気遣いいただきありがとうございます」
「うむ! ではな」
王様に見送られて、俺たちは居所を後にする。
「なあ、『世界の果て』ってなんなんだ?」
「それが、俺たちにもまだよく分からないんだ。古代遺跡なんかには、情報が少しだけ残ってるみたいなんだけどな」
「そうなのか。もし正体が分かったら、今度こっそり教えてくれよ?」
「ああ、いいぜ!」
ジャックは子供のように目を輝かせながら、俺の肩に腕を回した。
Sランクとはいえ、好奇心旺盛に夢を追う一人の冒険者であることに変わりはないのだろう。そのことについては俺も同じだし、いわば冒険者の習性みたいなもんなんだろうな。
それにしても、まさかヴァジュラの面々とこんなに懇意になるとは思いもしなかった。道端の傍観者だった俺たちが、いまでは立派な戦友だ。人生何が起こるか分からないものだと、俺はつくづく思うのだった。