127話「邪神復活」
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中庭に駆けつけた俺たちは、ちょうどぐーちゃんがゲイルの茨に絡め取られるところを目撃した。
ぐーちゃんに注目していたゲイルは、俺たちの気配に気づき、首を回してこちらを振り返った。
「あ~、よく来たなぁ。もう遅いけどなぁ」
「ゲイル!」
「そう何度も俺の名前を呼ぶなよ。照れるじゃねぇか」
ゲイルは愉快そうに笑うと、真顔に戻った。
「さぁて、メインディッシュのお時間だぁ」
「こんな茨くらい、仙術で斬り落として……!」
「おっと、それ以上暴れたら命はないぜぇ?」
ゲイルは、茨に巻きつかれたぐーちゃんの体に杖を突き付けた。
これではこちらも動きようがない。
緊迫する空気の中、ゲイルは再び口を開いた。
「ま、じっとしてても同じだけどなぁ!」
ぐさり、と杖が突き刺さり、ぐーちゃんの体からエネルギーを吸い取っていく。
「ぐ、ああっ……!」
「ぐーちゃん!」
俺が駆け寄るも、時すでに遅し。魔剣を振り抜くと、ゲイルは大きく飛び退いて避けた。それと同時に茨の拘束が解け、ぐーちゃんはぐったりと地面にくずおれた。
俺が屈みこんでぐーちゃんを胸に抱える中、ゲイルは両手を挙げて叫んだ。
「これで七人! 賢者の魂が揃った! 邪神ケシムの復活タイムだぁ!」
杖が大きく脈動し、邪悪で強大なプレッシャーが周囲に放たれる。
「ああああああ! 来た! 来たああああっ!!」
ゲイルは恍惚とした表情で叫んだ。その手に握られた暁光の杖から、みるみるうちに黒い泥が溢れ出していく。
「いまのうちに攻撃を――ぐえっ」
「いや、ダメだ! いったん退くぞ!」
俺はゲイルに斬りかかろうとしたユウキのマントを掴んで引き戻した。
〈動作予知〉がうるさいくらいに警鐘を鳴らしている。あの状態のゲイルに攻撃するのは危険だ。
俺は地面に倒れている愚妹仙人を背負い、湧き出る泥から逃げ出すように駆け出した。
「あれって、ついにケシムが目覚めちまったってことか!?」
「分かんねぇ! とにかくやべぇ状況なのは確かだ!」
「そういう、ことだよ」
「ぐーちゃん!?」
背負っているぐーちゃんが身じろぎしながら耳元で囁いたので、俺は驚きながら首を回した。
「待ってろ、すぐ治療してもらうからな!」
「大丈夫、これくらいじゃ死なないから」
「でも!」
「何年間、体内で気を練ってきたと思ってんの。仙人、なめちゃダメだかんね」
ぐーちゃんはそう言うと、俺の鼻をつまんだ。どうやら手を動かすくらいの元気はあるらしい。
「それより、ケシムのことを何とかしなくちゃ」
「あれは復活したってことでいいんだよな?」
「うん。あの様子だと、完全に復活しちゃったみたいだね」
「俺たちはどうすればいい?」
「方法は二つある」
ぐーちゃんは俺の顔の横に二本指を立てた。
「一つ目は、賢者レベルの魔道士が七人集まって、もう一度ケシムを暁光の杖に封印するって方法。それほどハイレベルな魔道士がこの国に七人もいない以上、この方法は現実的じゃない」
「じゃあ、二つ目は?」
「ケシムと戦ってぶっ倒すって方法。こっちも不可能に限りなく近いけど、わずかな望みにかけるならいまはこれしかない」
「戦うったって、本体は中庭に――」
王宮全体に激震が走り、走っていた俺たちは大きくよろけた。一体なにが起きているのだろうか。
「中庭にいる、なんてレベルじゃないよ。ケシムの本体はもっとでかいから」
「でかいって、どれくらいだよ」
「見れば分かるよ。とりあえず外に出よう」
程なくして、王宮の中央広場に走り出た俺たちは、驚愕の光景を目の当たりにした。
「いくらなんでも、でかすぎんだろ……」
そこには、王宮を踏みしめて、超巨大な化け物が四つ足で屹立していた。
体高は、建物で例えるとうん十階建て、もしくは天にそびえる塔といったところだろうか。人間が立ち向かえるサイズを優に超えており、もはや怪獣レベルだ。
そのずんぐりむっくりとした全身は黒い鱗に覆われている。顔に目はなく、大きな口には黄色い牙が立ち並んでいる。
「あれを倒せって言うのかよ?」
「うん。この世界を救うには、それしかない」
「冗談キツイぜ」
呆然と立ち尽くしていると、ケシムは天に向かって大きな大きな咆哮を放った。その爆音に、空気がビリビリと振動する。俺たちは思わず首をすくめた。
それから、ケシムは悠然と歩き始めた。
その進行方向の先にはジンハオの街がある。このままでは、住民たちの命が危ない。
「やるっきゃないか……!」
「本気で言ってるのかい、アケビくん!?」
「もしこのまま止めなかったら、大変なことになる。その前に俺たちで止めよう」
「ふん、邪神討伐か。燃えてきたのう」
「ついに神様と戦えるなんて、楽しみだなぁ!」
「空白の仲間たちが帰ってくるまで、この世界を壊されるわけにはいかない」
「アケビがそう言うなら、わたしもがんばる!」
「私の力、いまこそアケビの役に立てるときなのだ!」
「ああ、もう! うちのパーティはバカばっかりだな!」
こうして俺たちは覚悟を決めた。