122話「大将軍ワンフー」
俺たちはぐーちゃんを連れてすぐに王宮へと向かった。
魔導大祭襲撃事件からもう二週間は経つが、未だにゲイルの動きが見えない。賢者の末裔を保護するなら、早いに越したことはない。
「本当は、あんま行きたくないんだけどね」
「そうなのか?」
「だって、一回追い返されてるかんね。暁光の杖のことも全部話したのに、狂人扱いだもん」
「ああ、そういえばそうだっけ」
実際に被害が出ていなければ、そんな危険な杖が存在するなんて信じてもらえなかったかもしれない。そう考えると、ナジアの王宮が味方についている現在の状況は不幸中の幸いと言えた。
「まあでも使える物はなんでも使うっていうのがアタシの主義だから、遠慮なく護衛してもらうよ」
「ああ、それがいい。ゲイルのやつ、相当強くなってたからな」
「賢者の魂を六人分吸収したんだから、杖の強さもそれ相応にはなってるだろうね」
「暁光の杖って、そういう仕組みなのかい?」
「そだよ。賢者の魂を吸うたびにケシムを締め上げてる縄が緩んでいって、最後は完全に解ける感じ」
「なるほどなぁ」
やはり、ぐーちゃんが最後の砦というわけだ。
「さあ、ついたぞ」
俺たちは王宮にとんぼ返りで到着した。
正門をくぐるとき、両脇の武官たちは何も言わずに通してくれた。また、中で歩いている武官たちにも咎められることはなかった。
どうやら、俺たちの顔は王宮全体に知れ渡っているようだ。おそらく王様のおかげだろう。
「確か、大将軍に会いに行けって言われたんだよな」
「大将軍か。それなら兵部省にいるはずだ」
俺たちは何度か通りすがりの官吏に道を聞きながら、兵部省の建物にたどり着いた。
さすが軍事を司る部署、建物も素朴なつくりで無駄な装飾が一切ない。
俺はいかめしい顔つきで入口に立っている武官に声をかけた。
「あの、すみません。ビヨンドのアケビ・スカイという者なんですが」
「アケビ・スカイ様ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
そう言うと、武官は俺たちを奥の部屋へと通した。
そこは執務室になっており、壁際の棚や机の上には大量の書類が置かれている。
席に腰かけているのは、着物を着てあごひげを蓄えた、恰幅の良い男性だった。
「大将軍、ビヨンドの皆さんをお連れしました」
「おお、ご苦労」
立ち上がったその男は、二メートルを優に超える偉丈夫だった。
手を差し伸べられた俺は、彼と固い握手を交わした。それは、ごつごつとした戦士の手だった。
「ワシはナジアの大将軍ワンフーと申します。以後お見知りおきを」
「ビヨンドのクランマスター、アケビ・スカイです。よろしくお願いします」
続いて、ぐーちゃんも大将軍と握手を交わす。
「愚妹仙人ですっ! 気軽にぐーちゃんって呼んでね☆」
「おお、あなたが愚妹仙人ですか。実に可憐なお姿ですな」
「こらこら、褒めても何も出ないぞっ☆」
ぐーちゃんはここでもいつもの調子だった。相手によって対応を変えるタイプではないらしい。それもまた、浮世を離れた仙人らしいといえばらしい。
「ささ、ジンハオまで歩いてお疲れになったでしょう。どうぞお座りになってくだされ」
俺たちは遠慮なく腰かけた。慣れない竹藪の中を歩いて結構体力を消耗していたから、腰を下ろせるのは素直にありがたかった。
「では早速ですが、愚妹仙人の護衛計画について話を」
ワンフーさんは宮中の全体図を机の上に広げた。そこには建物の配置が事細かに記されている。
「今回は、軍の総力を挙げて防衛の手配をします。その上で、さらにスカイ殿以外のSランク冒険者にも複数声をかけております」
「そこまでしてくださるんですか」
「国家存亡の一大事と聞きました故、手抜きは一切しておりません。全力でゲイルを迎え撃ちますので、その点はご安心くだされ」
屈強な武官たちが護衛に協力してくれるのはとても心強い。俺たちビヨンドのメンバーだけでジンハオ全域を守り抜くというのは正直つらいものがあるからな。
「して、そのゲイルという男の戦闘力がいかほどのものか、お教え願えますかな」
「分かりました」
俺はワンフーさんに、魔導大祭でのゲイルとの戦闘について解説した。
ワンフーさんは驚きを持ってその情報を聞いていた。
「それほどまでとは……並大抵の兵士ではひとたまりもなくやられてしまいそうだ」
「はい。またスパインドラゴンが量産されないとも限りませんし、強い兵士以外は住人の避難誘導に当たってもらった方がいいかもしれません」
「そうですな。いざというときのことについては常に頭に入れておきます」
もう魔導大祭のときの悲劇は繰り返したくない。心からそう願うばかりだった。
それから俺たちは、王宮の防衛計画について細かいところを詰めていった。
ぐーちゃんのことは、俺たちが必ず守り抜く。