113話「ビヨンド現る?」
次々と現れる魔物たちを倒し、広い荒野を横切り、やっとの思いでたどり着いたのはメンシュウの町だ。
ここまで来れば、首都はもう目と鼻の先だ。一晩をこの町で過ごし、遅くとも翌日の夜にはジンハオまで着けるだろう。
「それにしても、よく歩いたなぁ」
「あの殺風景な景色ともこれでおさらばじゃな」
「このところ野宿続きだったから、やっと宿に泊まれると思うと嬉しいね」
「そうだな。熱いシャワーが浴びてぇな」
そんな他愛もない会話をしながら、俺たちは街を歩いていく。
新しい町に着いたからには、とにもかくにも、今夜泊まる宿の確保が最優先だ。
立ち並ぶ建物をそれとなしに眺めていると、ちょうど一軒の宿屋を発見した。そこそこ大きな建物で、店構えもしっかりしている。ここならきっと大丈夫だろう。
「ここで泊まれるか聞いてみっか?」
「そうしようか」
俺はパーティを代表して扉を開き、建物の中に足を踏み入れた。
すると入るや否や、横から肩にぶつかられた。
「ごめんよ兄ちゃん! 通してくれ!」
白いタオルの入った洗濯かごを抱えた男性は、軽く謝りながら、左手の廊下の奥へと消えていった。
見ると、他の従業員たちもみな慌ただしく駆けずり回っている。まさに猫の手も借りたいといった具合だ。
俺はその様子を横目に、カウンターに立っている男性スタッフに話しかけた。
「すみません、部屋を取りたいんですけど、空いてますか?」
それを聞いたスタッフは、手元の書類を見ることも考えることもなく、即座にこちらへ向かって手を払った。
「ああ、ダメダメ! この宿屋はビヨンド御一行様の貸し切りなんだからな!」
「えっ?」
俺は聞く耳を疑った。彼はいまなんていった?
「すいません、よく聞こえませんでした。もう一度お願いします」
「ビ・ヨ・ン・ド! ラピスタンの内戦をその手で終わらせたっていう、超一流のクランだよ! うちはいま、その方々のおもてなしで忙しいんだ! さあ、一般人は帰った帰った!」
俺は後ろから両肩をつかまれ、半ば強引に宿の外へと追い出されてしまった。
これは一体どういうことなんだ?
話が上手く飲み込めず困惑する俺の代わりに、ユウキが口を開いた。
「どうやら、私たちの名を騙って泊まっている客がいるようだね」
「ええっ!? そんなことあるの!?」
「全く、不届きなやつらだな」
なるほど、そういうことか。俺はようやく合点がいった。
素性を偽って、俺たちになりすましているわけだ。世の中には悪いことを考えるやつがいるもんだな。
「ふふん。偽者が現れるほど、妾たちも有名になったんじゃな」
「喜んでる場合か!」
「痛てっ!」
自慢げにほくそ笑むシエラの頭にチョップすると、彼女は不満そうに口を尖らせた。
それにしても、知名度があるというのは、良くも悪くも大変ということみたいだな。
「こういうとき、どうすればいいんだろうな。初めての経験だから、よく分からないんだが」
「直接部屋に乗り込んでいって、とっちめちまうか?」
「うーん、荒事になるのはあまり良くないと思うんだけどね。下手をすれば、こちらが悪者になりかねないからさ」
〈とりあえず、偽者たちの様子を見てくるのだ?〉
「ああ、そうだな。頼むよ」
相手がどんなやつらなのか、知っておいて損はないだろう。こういうとき、偵察に向かってくれるエーリカの存在は大きい。
それから少しの間を置いて、エーリカは宿屋の中から戻ってきた。
〈偽者は冒険者風の五人。男一人と女四人で、ビヨンドと同じパーティ構成なのだ。いまはすごく豪華な食事を食べてるところなのだ。美味しそうだったのだ〉
「ほう、ずいぶんとお楽しみみたいじゃな」
「なんか、ずるくない?」
「確かに、ちょっとムカつくな」
俺たちが受けるべきはずの恩恵を赤の他人が受けているのだから、腹が立たない方がおかしいだろう。
どうやってこらしめてやろうかと考えていると、ユウキがふと人差し指を立てた。
「よし。ここは一つ、からかってやろうじゃないか」
「からかう?」
「ああ。『ビヨンド御一行様』のお手並み拝見ってやつさ」
俺たちはユウキが立てた作戦の解説に耳を傾けた。初めは真剣に聞いていた俺たちだったが、そのうちみんなげらげらと笑い出した。
それなら直接手を出さずに済むし、反省を促すこともできる、一石二鳥の作戦だ。そしてなにより、リアリティがある。
「いいな、それ! 最高だよ!」
「だろう?」
「そうと決まれば、早速始めよう!」
「そうだね。よし、役回りはこうしようか。まず依頼者役には――」
俺たちは各々の役割を話し合って決め、それから作戦行動を開始した。
ビヨンドという肩書きの重み、思い知らせてやる。