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111話「氷の魔女、再び」

 シャイナを旅立った俺たちは、半日をかけて次の町コウシンへとたどり着いた。


 道中、ハンニャデビルたちにちょっかいをかけられたり、ドラゴンキッドの群れに出くわしたりしたが、どの魔物も難なく倒すことができ、自分たちの実力が着実に高まっていることを実感した。


 コウシンの繁華街は人も物も(あふ)れてごみごみとしており、なんだか歩きづらい。

 タオファに言わせれば、それが庶民っぽくていいところなのだという。ちょっと感覚のズレを感じたが、それもまたナジアの情緒というやつなのだろう。


 そんな風に文化の違いを感じながら、通りを歩いていたときだった。


「あれ、もしかして氷の魔女じゃないかな?」


 ニアに指摘されて、俺はその指の差す方へ視線を巡らせた。


 白いフードを背に垂らした細身の女性が、人ごみの中を歩いている。

 間違いない。あの白い短髪とほっそりとした横顔は氷の魔女だ。


「本当だ」


 俺が氷の魔女に駆け寄って声をかけようとした、そのときだった。

 大きな袋を持った少年が、彼女とすれ違った。


「お姉ちゃん、これあげる」


「えっ?」


 氷の魔女は受け取った袋をまじまじと見つめる。その間に、少年はそそくさと走り去ってしまった。

 彼女は右往左往するばかりで、その場を動こうとはしない。すると、その様子を目にした果物屋の店主が、ずんずんと歩いてきた。


「お前だな、商品を盗んだのは。こっちに来い」


「盗ってない。もらっただけ」


「はぁ!? 言い訳にすらならねぇな! どうせあのガキとグルなんだろ!」


「放して!」


 無理やり引っ張られていきそうになる氷の魔女を見て、俺はやれやれと思いながらそちらに駆け寄った。


「ちょっと待ってください!」


「なんだお前ら?」


「こいつの知り合いです」


 二人の間に割って入った俺は、即座に頭を下げた。

 この人ごみの中、犯人の少年を見つけ出すことは至難の業だろう。ここは場を上手く収めるしかない。


「大変申し訳ありませんでした。代金は俺が全部払いますから、今回はそれで勘弁してください。いくらですか?」


 店主のオヤジは何か言おうとしたが、すぐにそれを止め、そのうち「うーん」と唸りながら考え始めた。


「そうだなぁ……1万ジラってとこか?」


 にやにやしながら腕を組む店主のオヤジに、俺は黙って言われた通りの額を支払った。

 こちらの足元を見られているのは承知の上だ。


「二度と来んじゃねぇぞ!」


 店主のオヤジは代金を受け取ると、こちらをにらみつけながら去っていった。


 氷の魔女はその一部始終を目にして、首をかしげた。


「アケビ、どうして代金を支払った?」


「どうしてって、トラブルを丸く収めるためだよ」


「意味不明。私は盗んでいないんだから、代金を支払う必要はないはず」


「まあまあ、いーからいーから。軽い事故だと思おうぜ」


 不満げな氷の魔女の背を押しながら、俺たちは近くの酒場に足を踏み入れた。


「とりあえず酒と鶏肉を」


「了解!」


 注文を終えたタオファが腰掛け、ようやく全員が腰を落ち着けた。


「紹介するよ。こちらは氷の魔女。アルカ王国にあるヨルケアっていう村で前に一度会ったんだ」


「どうぞよろしく」


「シエラとエーリカはまだ知らないよな」


「うむ。話には聞いておったがな」


〈きれいな人なのだ~〉


「不思議。頭の中に声が聞こえてくる」


「エーリカは幽霊だからな。普通の人間にはできないことが色々できるんだよ」


「アケビの仲間、みんな面白い」


「偶然そうなったっていうか、まあそんな感じだな。それより、あんたはどうしてナジアに?」


 氷の魔女はテーブルに届いた酒を一口飲んだ後、口を開いた。


空白(ブランク)に帰る方法の研究のために『聖地』を調べに来た」


「なんだ、あんたも俺たちと一緒か」


「アケビも『聖地』を?」


「ああ。『世界の果て』につながってるかもしれないからな」


「そう」


 そのとき、俺の頭の中に一つのひらめきが舞い降りた。


「せっかくだし、『聖地』まで一緒に行くか?」


「いいの?」


「ああ。『聖地』にはただでさえ入りにくいっていうしな。お互い、頼れる仲間がいた方がいいだろ?」


「それは確かにそう」


 この勧誘文句は俺の本音だった。何かあったときに、切れる手札はできるだけ多い方がいい。

 それに、世渡り下手な氷の魔女を見ているとなんだか心配になるというのもある。


「みんなもそれでいいよな?」


 振り向くと、パーティメンバーたちは一様に嘆息しながら首を振った。


「ダメと言っても、どうせ連れていくんじゃろう?」


「アケビの癖、もうあきらめた」


「好きなようにやるといいさ」


 なんだか呆れられているように見えるのは気のせいだろうか。

 ともあれ、一時的ではあるが、これで氷の魔女もパーティメンバーに加わったことになる。


「ありがとう。よろしく」


「こちらこそ」


 握手を交わすと、彼女の手のひんやりとした感触が伝わってきた。

 氷の魔女の強さは、ヨルケア村で出会った際に交戦し、身をもって知っている。そんな彼女が味方になってくれるというのは、とても心強いことだった。


「それにしても『氷の魔女』って呼びにくいよね」


「そうだなぁ。なんか他の呼び方ないのか?」


 氷の魔女は少し考え込んだ後、両手を合わせた。


「そういえば、空白(ブランク)ではサーニャって呼ばれてた」


「じゃあ、サーニャって呼んでもいいか?」


「うん」


「サーニャ! 言いやすい!」


 喜びながら抱きつくニアを、サーニャは優しく受け止める。

 彼女の本名を知って、俺たちと彼女との距離が少しだけ近づいた気がした。

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